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第20話 勘違い

 イオの静かな声に、訓練場に残っていた熱がすっと引いていく。


 やはり、セラは何も話してくれなかったらしい。


「では、次は私が聞いてみますぞ。セラ氏とは普段からよく話しますし――」


「やめとけ」


 名乗り出たなこを、クルツが遮った。


「ですが、このままというわけにもいかないでしょう?」


「イオさんが聞いて駄目だったんだ。次はお前、その次は俺が行くのか? 寄ってたかって聞きに行ったら、あいつは余計に意地張るぞ」


 なこは反論しかけて口を閉じた。


「じゃあ、どうすれば……」


「とりあえず、ほっとけって。あいつのことだから、気まずくなったらそのうち自分から言い出すだろ」


「クルツ殿がそう言うのであれば……」


 納得しきれてはいないのか、なこは眉尻を下げた。


「私も、もう少し気をつけて見てみよう。何か分かるかもしれないしな」


 イオの言葉に、美咲は小さく頷いた。


 結局、セラがなぜ自分たちにあれほど刺々しい態度を取っていたのかは分からないままだ。


 重たい沈黙が落ちる。


「てかさ、イオさん」


 それを断ち切ったのは、刹那だった。


「なんだ?」


「《BCC》のメンバーに、整備専門のクラフターっています?」


「いることにはいるが……どうした、急に」


「こいつを見てもらおうと思って」


 刹那が両腿のナイフポーチを指さした。


 イオは何か言いかけたまま、数秒ほど動きを止めた。


「あのな……普通、それを外部の人間に任せようとは考えないぞ」


「優秀な人に見てもらった方がいいでしょ」


「君なら、専属の整備士がいるだろう」


「いないから、ここに来てるんですけど」


 刹那が普段から使っている、二本のナイフと専用のポーチ。


 刹那が手にすると刃の縁が赤く発光する、特殊な武器だということは美咲も知っている。


 けれど、イオの反応を見る限り、ただ珍しいだけの武器ではないらしい。


「本当にいいんだな?」


「しつこいですよ。私が見せていいって言ってるんです」


「分かった。では――」


 イオが歩き出そうとしたとき、短い電子音が鳴った。


 彼は足を止め、携帯端末を取り出した。


 少しの間を置き、通話を繋いだ。


「私だ。……分かった。すぐに向かう」


 それだけ告げると、端末をしまった。


「なんっすか?」


「分からん。ハルから呼び出された」


「わざわざハルさんが呼び出すって……嫌な感じっすね」


「どうだろうな。クルツ、なこくん。彼女たちをことねくんのところまで案内してやってくれ」


「はい!」


「えー」


 対照的な返事を背中に受けながら、イオは足早に訓練場を出ていった。


────────


 《BCC》の拠点、その二階。


 なこに案内された美咲たちは、《整備室》と書かれた扉の前で足を止めた。


 なこがそっと扉を開く。


 部屋の中から、小さな話し声と金属の擦れる音が聞こえてきた。


「失礼しますー……」


 先ほどまでの勢いはどこへいったのか、なこも声を抑えて中へ入っていく。


 そのあとに、美咲たち三人が続いた。


 広い室内には、作業机がいくつも並んでいた。


 数人のプレイヤーが顔を上げた。


 けれど、来客だと分かると、すぐに手元の装備へ視線を戻した。


「皆さん静かで、なんだか緊張しますね……」


「こんなもんじゃね?」


 美咲は周囲に合わせて声を抑えたのに、クルツは気にした様子もなく答えた。


 大手クランで、整備を専門にしているクラフター。


 その響きだけで、美咲の中に勝手な人物像が出来上がっていく。


 やはり、寡黙な職人なのだろうか。


 もしくは、頑固な親方のような人物かもしれない。


 それとも、顔すら見せず、謎に包まれた――。


「ことね氏。今、大丈夫ですか?」


 想像を膨らませていた美咲は、なこが足を止めたことに気づき、慌てて立ち止まった。


 なこの視線の先で、赤茶色の長いウェーブヘアを後ろでまとめた女性が顔を上げた。


 髪留めからこぼれた後れ毛が、頬へするりと垂れる。


「なこちじゃ〜ん。どったの?」


 静かな室内に、これでもかというほど明るい声が響き渡った。


 美咲は目を丸くする。


 近くで作業していたプレイヤーが迷惑そうに顔を上げたが、何も言わず、諦めたようにまた手元へ視線を落とした。


「お客さんを連れてきまして。刹那氏ですぞ」


 なこが手で示すと、刹那が軽く頭を下げた。


「……刹那?」


 ことねは一瞬だけ首を傾げ、すぐに顔をほころばせた。


「あー、はいはい! 刹那さん! なこちをボコボコにした人ね!」


 なこと刹那の顔が同時に引きつった。


「配信見てたよ~。えぐっ、そこまでやんのって、見ながら笑っちゃった」


 ことねは机の上で手を組むと、快活に笑った。


「お互い本気だったし、あれくらいはな」


 刹那が少し気まずそうに答えた。


 すると、ことねは興味津々といった様子で机から身を乗り出した。


「優勝者から見て、なこちは実際どうだった?」


「おい、ことね。そんな話をしに来たんじゃねえっつうの」


 クルツが制止すると、ことねは今気づいたと言わんばかりに目を瞬いた。


「あれ? クルツじゃん。いたの?」


「ずっといたわ! ……じゃなくて、こいつの装備を見てやってくれよ」


「私が? 刹那さんの?」


「お願いできるか?」


 刹那は両腿からナイフポーチを外し、机の上へ置いた。


 ことねの視線が、ナイフポーチと刹那の間を行き来する。


「できるけど……私でいいの?」


「イオさんからのご指名だよ」


「うわぁ……逆にやりづらい……」


 ことねが口元を歪めた。


 目の前のことねは、美咲が想像していた整備士とは、あまりにもかけ離れていた。


 寡黙でもなければ、頑固でもない。


 どちらかといえば、アパレル店員のように人当たりのいい女性だった。


「それで、これをどうしてほしいの?」


「見て、何もなければそれでいいよ。もちろん報酬は払うし」


「そんな雑な――」


 ことねはナイフポーチを手に取り、収められていた一本をわずかに抜いた。


 その瞬間、彼女の動きが止まった。


 先ほどまで整備室中に響いていたことねの声が、ぴたりと消える。


 今の一瞬で分かるほどの問題があったのだろうか。


 美咲が少し離れた場所から机の上を覗き込んだ。


 ことねは黙ったままナイフをポーチへ戻し、それを机へ置くと、刹那の前へそっと滑らせた。


「さすがに今の一瞬じゃ、何も分からないだろ」


 刹那が怪訝そうに眉をひそめた。


「無理無理無理! これ、ユ……」


 ことねは途中で口を閉じ、刹那へ顔を近づけた。


「ユニーク武器じゃん……! そんなの見れないって……!」


 声を潜めたつもりなのだろう。


 しかし、すぐそばにいたなことクルツには、しっかり聞こえていた。


 二人が同時に刹那へ顔を向ける。


「まじかよ……」


 クルツが呆れたように笑った。


「せ、刹那氏……本当にいいのですか?」


 刹那は、またこの話かと言いたげに小さく息を吐いた。


「何がだよ」


「だって、ユ……ユニークですぞ。こんなもの、まじまじと人に見せるものではございませんぞ」


 ことねも何度も頷いた。


「イオさんとの話、聞いてなかったのかよ。私は構わないって、何度も言ってるだろ」


「ですが……」


 なこの視線が、机の上のナイフポーチへ落ちる。


「何でもいいから見てくれって。せっかくここまで来たんだからさ」


 全員の視線がことねに集まった。


 ことねは腕を組み、悩むように唸る。


 その横から、クルツが何かを思いついたような顔でナイフポーチへ手を伸ばした。


「じゃあ、俺が見て――」


「触るな! バカタレ!」


 ことねが、その手を勢いよく叩き落とした。


 そして、壊れ物を扱うように、両腕でそっとナイフポーチを囲い込む。


「痛えな! お前がぐずぐずしてるからだろ!」


「黙らっしゃい!」


 ことねは威嚇する猫のようにクルツを睨んだ。


「話が進まないんだが……。見てくれるのか、くれないのか、はっきりしてくれ」


 ことねは一瞬黙り、やがて観念したように口を開いた。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


 ようやく話がまとまり、刹那が安堵の息を漏らす。


「頼んだ」


「それと……壊しても怒らないでね?」


「なんで壊す前提なんだよ。その程度で壊れねえよ」


 ことねは恐る恐る、ポーチから一本のナイフを取り出した。


 刹那が持ったときは刃の縁が赤く発光するはずだが、今はただの黒いナイフにしか見えない。


「《Karmesinblitz《カルメジンブリッツ》》だっけ?」


「へえ……知ってんだ」


 名前まで知られているとは思っていなかったのか、刹那が眉を上げる。


「名前くらいはね。あと、何でも斬れるっていうのも。これ、私の指がすぱんって切れたりしないよね?」


「私が握って起動させない限り、普通のナイフだよ」


「へぇ……なるほど」


 ことねは刃の腹を指でゆっくりとなぞった。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、その目は真剣だった。


 ナイフを目の高さで水平にすると、刃先から根元までを確かめるように目を細める。


「歪みはない。刃こぼれも見たところなさそう。起動したときの出力は一定?」


「弱、中、強の三段階」


「何でも斬れるのは?」


「強だけ。中なら普通の鉄はほとんど抵抗なく斬れるけど、特殊な金属はさすがに引っかかる。弱はもっと落ちるな」


「ずっと強にしてれば最強じゃん」


 クルツが口を挟むと、刹那は首を横に振った。


「それができないんだよ。内部のエネルギーを使うから、強のままだとすぐにただのナイフになる」


「最大出力は、どれくらい保つの?」


 ことねの問いに、刹那は少し考えてから答えた。


「多分、三分くらい」


「多分?」


「測ったことないし、残り時間が数字で表示されるわけでもないからな。光り方と感覚で見てる。それに、出力を切り替えるだけでも結構使うし」


「へー。意外と不便なんだな」


「切れたら、このポーチで充電?」


 クルツを無視して、ことねがナイフポーチへ目を向けた。


「そう。完全に切れたら、満充電まで一日くらい」


「なるほどね……」


 ことねは呟くと、ポーチの内側と接続部を丁寧に確かめていく。


 ひと通り見終えたのか、一本目を戻し、もう一本のナイフを手に取った。


 美咲は、少し置いてけぼりになりながら三人のやり取りを眺めていた。


「美咲氏は、ご存じでなかったのですか?」


 なこに小声で尋ねられ、美咲は頷いた。


「特殊な武器を使ってるなとは思ってましたけど、詳しいことは……」


「隠してたわけじゃないぞ。聞かれなかっただけ」


 刹那が少しだけ申し訳なさそうに呟く。


 その横顔が、どこか可愛らしく見えた。


「気にしてませんよ」


 やがて、ことねは二本目も確認し終え、そっとポーチへ戻した。


「二本とも、刃に歪みも欠けもないね。ポーチとの接続も問題なさそう。さすがに内部までは開けられないけど、今のところ異常はないと思う。洗浄して、軽く研ぐくらいで大丈夫」


 その言葉を聞いた刹那が、目を伏せて静かに笑った。


「それが聞けてよかった」


「どういうことですか?」


「《BCC》の整備士が問題ないって言ったなら、アリスも文句言わねえだろ」


 刹那が不敵に口元を歪める。


「あー……やっぱり」


 刹那は、アリスに普段どおり使っても問題ないと言い返せる根拠が欲しかっただけなのかもしれない。


「急に来て、無理言って悪かったな」


「ううん。いいもの見せてもらった。こっちこそ、ありがとうね。洗浄と研磨もやっていく?」


「せっかくだし、任せるわ」


「壊しても……」


「その程度で壊れねえって」


 ことねは笑いながら、机の引き出しから洗浄道具を取り出した。


 ポーチから再びナイフを取り出した。


 布に洗浄液を染み込ませると、慣れた手つきでナイフの汚れを落としていく。


「それにしても、意外だったかも」


「何が?」


「刹那さんって、試合を見てた感じだと冷酷で、もっと怖い人なのかなって思ってたけど、意外と普通なんだね」


「よく言われる」


「あはは。勘違いされやすそうだもんね。セラも勘違いしてるだろうし」


 ことねの何気ない一言に、四人の動きが止まった。


 最初に口を開いたのは、クルツだった。


「なんでセラが?」


「なんでって、大会の配信を一緒に見てたから」


 ことねは手を動かしたまま答えた。


「ほら、ボリスさんだっけ? あの人に刹那さんがとどめを刺したときも、『やりすぎでしょ』って呟いてたし。なこちとの試合も、ずっと眉間に皺を寄せて見てたから。多分、刹那さんにあんまりいいイメージがないんじゃない?」


 そこまで言ってから、ことねは顔を上げた。


「あ。本人の前で言うことじゃなかったか。ごめんごめん」


「別に、それくらいはいいけど……」


 刹那は答えながら、考え込むように眉を寄せた。


 美咲の中で、これまで繋がらなかったものが、一本の線になっていく。


 セラは、エリア41で出会う前から刹那を知っていた。


 大会で見た刹那を、勝つためなら相手を容赦なく傷つける人だと思っていたのかもしれない。


『あなたはいいでしょうね、強いから。でも、そっちの子は?』


『自分勝手に振り回してるんじゃないの?』


 あのときの言葉が蘇る。


 セラは中心部へ入ったことだけに怒っていたわけではない。


 自分の力を過信し、仲間まで危険に巻き込む人物だと、刹那をそう見てしまっていたのかもしれない。


「だから、最初から刹那さんにだけ、あんなに厳しかったんですね……」


「なるほどな。大会で勝手に勘違いして、実際に会ってもそのままだったってことか」


 クルツが納得したように頷く。


「セラ氏らしいといえば、らしいですなぁ……」


 なこも困ったように眉尻を下げた。


 刹那だけは、まだ腑に落ちない様子で腕を組んでいる。


「だからって、あそこまで怒るか?」


「心配性だからな、あいつ。危ないと思ったら、関係ない奴にまで口出すぞ」


「それで助けに来てくれたのなら、悪い人ではないんですよね」


 美咲の言葉に、刹那はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「まあ、理由が分かったならいいけどな」


 ことねは四人の話を聞きながら、「ふうん」と小さく呟いた。


 そして、再びナイフへ視線を戻した。


 結局、セラ本人の口から聞けたわけではない。


 それでも、ずっと胸に引っかかっていた疑問に、ようやく答えが見つかった。


 そして、分かってさえいれば前に進める。


 刹那が怖い人じゃないと理解してもらうのは、至極簡単なことなのだから。

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