第19話 信用する練習
BCCの拠点を訪れてから三日が経った。
サジからの連絡は、まだなかった。
《Zorn》など、最初からいなかったのではないかと思わせるほど、穏やかな日々が過ぎていく。
アリスは、『連絡がないのはいいことよ』と言っていたが、美咲にはそう思えなかった。
何も解決していないのに、ただ待っているのが落ち着かなかった。
だからこそ、美咲は少しでも準備を進めようと行動した。
昨日、美咲はなこに、ガジェットの使い方を教えてほしいと連絡を入れた。
返信はものの数秒で返ってきた。
『私に協力できることがあればぜひ!』
即答だった。
しかも、相当急いで返信したらしい。
美咲は思い出し笑いを浮かべて、時間を確認した。
今から出れば、約束の十分前には着く。
パルスシールドが入ったバッグを手に持ち、美咲は椅子から立ち上がった。
「どこか行くのか?」
刹那が声をかけてきた。
刹那はソファーに座りながら、手に持った愛用のナイフを見つめていた。
「ちょっとなこさんのところに」
「気をつけてけよ」
「刹那さんも、一緒に行きませんか?」
「面倒臭い」
こちらも即答。
少しは考えてくれてもいいのにと、美咲は唇を尖らせた。
「刹那さんが来たら、なこさん喜ぶだろうなぁ」
残念そうに言いながら、横目で刹那を見た。
刹那は、ナイフを水平にしたり、垂直にしたりと隅々まで見ていた。
その目は、かなり真剣に見えた。
付き合いはまだ短いが、刹那が真剣に武器を整備する姿など初めて見た。
「何しに行くんだよ」
「パルスシールドの使い方を教わりに!」
美咲は手元のバッグを軽く叩いた。
「尚更私が行く意味ないだろ」
刹那は視線すら美咲に向けなかった。
「そういうんじゃないんですよ。でも、忙しそうですし、一人で行ってきますね」
美咲が話を切り上げようとしたとき、刹那が顔を向けた。
「そういやさ。BCCって整備士いるんかね?」
「あれだけ大きければ、いるんじゃないですか?」
刹那はナイフをポーチにしまうと、立ち上がった。
「やっぱ私も行くわ」
美咲は首を傾げた。
「なんで急に?」
「アリスに昨日言われてさ、たまには整備しろって」
「今やってたんじゃないんですか?」
「いや、今のはただ見てただけ。プロに任せた方が確実だろ」
刹那はそういうと、美咲より先に部屋を出ていった。
「めんどくさくなっただけな気が……」
────────
「ようこそー! 刹那氏もご一緒でしたか!」
広いBCCの訓練場に、なこの声が響き渡った。
「本日はガジェットについてと伺ってます! それなら、なこにお任せですぞ!」
美咲が答えるより先に、なこは羽織ったオーバーポンチョへ手を差し入れた。
「ドローンは、美咲氏も使えた方がいいですな。迫撃砲は少々かさばるのでおすすめしませんが……榴弾ランチャーなら持ち運びもできて便利ですぞ!」
次々と取り出されたガジェットが、訓練場の地面へ並べられていく。
「あー! EODボットなんかも良いかもしれませんなぁ」
その上へ、操作端末まで積み重ねられていく。
いつの間にか出来上がった山を前に、美咲と刹那は揃って口元を引きつらせた。
「てか、テンション高いな……先日のしおらしいなこは、どこに行ったんだよ……」
刹那が呟くと、なこは途端に顔を赤らめた。
「あれは……忘れてくだされ……」
なこは頭をかいた。
「今日は、これを教えてほしくて」
美咲はバッグからパルスシールドを取り出した。
その瞬間、なこの目が輝いた。
「お、おおー! APDSではございませんか! また珍しいものをお持ちで!」
「えーぴーでぃーえす?」
「別名、アクティブ・パルス・ディフェンスシステム。略してAPDSですぞ。接近する物体を検知し、超高周波のエネルギーパルスを瞬間的に放射することで、敵の攻撃や高速弾を無力化、あるいは偏向させる防御装置でして――」
「あー、ストップストップ。仕組みはまだいいから」
刹那は額に手を当て、なこの言葉を遮った。
「そ、そうですか……ここからが面白いのですが……」
「また今度、詳しく聞かせてください」
「は、はい! えっと……つまり、使い方を知りたいと?」
「そうです。効果的な使い方だったり、そもそもの操作方法だったりを教えていただければなって」
「お任せくだされ!」
なこは胸を張ると、美咲が持つパルスシールドを指差した。
「まず、内蔵されたセンサーで周囲を常に監視しますぞ。飛んでくる弾や攻撃を見つけると、その軌道と着弾地点を瞬時に計算します」
「瞬時に……ですか?」
「ミリ秒単位ですな。攻撃が届く直前に、必要な場所だけへパルスを発生させて防ぎますぞ」
「えっと……つまり、危ないものが飛んできたら、勝手に見つけて防いでくれるってことか?」
「ものすごく簡単に言えば、そうですな」
なこが少しだけ不満そうに答えた。
説明をそこまで噛み砕かれて、ようやく美咲にも理解できた。
「操作自体は簡単ですぞ。側面のボタンを押せば起動します。待機状態にしておけば、投げた際の衝撃でも自動的に展開されますな」
「投げてもいいんですか?」
「設置する余裕がない場合を想定した機能ですぞ。この大きさであれば、有効範囲は横幅およそ五十メートルです」
「ごじゅ……」
思っていたよりも、ずっと広い。
「常に全体へパルスを流すわけではありませんぞ。五十メートルの範囲を監視し、攻撃が通過する地点にだけ発生させるのです」
その時、訓練場の入り口から騒がしい足音が近づいてきた。
「辛口女、来てるか!」
飛び込んできたクルツが、辺りを見回す。
「アリスなら来てねえよ」
「なんだよ……来てないのか……」
「お前も懲りないな。またボコられるぞ」
「いや、この数日、毎日練習してたからな。今度は勝てる!」
クルツはもう一度、訓練場を見回した。
「でも、来てないなら仕方ねえな……」
行き場を失ったクルツの視線が、刹那のところで止まった。
「そういや、あんたさ。この前、イオさんとなこが出た大会で優勝してたよな?」
「あ? ……まあ、したけど」
「ツラ貸せよ。一本やろうぜ」
「く、クルツ殿!」
なこが慌てて止めようとする。
しかし、クルツは聞く耳を持たず、刹那へ不敵な笑みを向けた。
「俺が仇を討ってやるよ」
「へえ……面白いじゃん。泣かされても文句言うなよ」
「刹那さん!?」
刹那は美咲の呼びかけに答えず、訓練場の中央へ向かった。
二人がルールを決め始めるのを横目に、なこは説明を続けた。
「ほかにも、複数台を同期させて対象を囲うように展開できますが……お持ちなのは一つですかな?」
「はい」
「高価ですからなぁ。そう何個も用意できるものではありませんぞ」
なこはパルスシールドの側面を指した。
「このボタンを押して、ランプが緑色になれば準備完了ですぞ。設置すれば即座に展開されますので、まずはランプの確認をお忘れなく」
「なるほど……」
美咲は慎重にボタンへ指を伸ばした。
「なんだその動き! チートだろ!」
「仕様だよ。いちゃもんつけんな」
「もっかい!」
背後では、早くも一戦を終えたらしい二人が言い合っている。
美咲がボタンを押すと、ランプが緑色に点灯した。
「それで準備完了ですな」
「簡単ですね」
「一点注意ですが、爆風や炎など、明確な弾体を伴わない攻撃には少しだけ弱いですぞ」
「というと……グレネードとか、火炎放射器とかですか?」
「ですです。グレネードそのものがパルスシールドを通過すれば、内部へ電流を流して信管を焼き切ることができます。しかし、展開面の手前で爆発した場合、こちらへ届くのは破片や爆風、熱ですからな」
「それは、防げないんですか?」
「防げないわけではありませんぞ。破片は先ほどの仕組みで防ぎます。爆風に対しては、展開面の空気を瞬間的に膨張させ、逆向きの圧力波を発生させます。それを爆風へぶつけ、威力を削るのです」
「相殺する、ということでしょうか?」
「完全には相殺できませんな。圧力のピークを抑え、残りを周囲へ逃がすものと考えてくだされ。火炎放射器などの継続攻撃にも弱いですぞ」
話している間にも、刹那とクルツの勝負は続いていた。
「ふっざけんな! 絶対おかしいだろ!」
「おかしくないって。身体能力も上がってんだし、人間にできる範囲だろ」
「普通はできねえよ!」
「でも、一発当てただろ。やるじゃん」
「上から目線!」
どうやら、ちょうど二戦目が終わったらしい。
「終わりましたな。クルツ殿~!」
なこが手を振ると、刹那はクルツの背中を軽く押し、こちらへ歩き始めた。
「んだよ」
「ボコられたところ、すみませんな」
「ボコられてねえし! 一発当てたから!」
この短時間で、刹那に一撃を当てた。
美咲は驚き、刹那へ目を向けた。
「BCCは伊達じゃないってことだな」
刹那は肩をすくめた。
「なんでもいいですぞ。ではクルツ殿、あちらに立ってくだされ」
なこが訓練場の開けた場所を指差した。
「なんで?」
「グレネードを投げますので」
「なんで?」
「じっと立っていてくだされ」
「だから、なんでだよ!」
「APDSの実演ですぞ」
なこが美咲のパルスシールドを指さした。
「はあ? 誰のだよ、これ」
「美咲氏のものです。爆風をどこまで防げるか、実演したいのです」
クルツが、美咲の手にあるパルスシールドへ疑いの目を向けた。
「本物か、これ」
「友人と数か月もかけて作った、本物ですよ!」
「使ったことは?」
「……まだですけど」
「やだね。確信がない。てか、ダミーでいいだろ」
「確かに……」
美咲も頷いた。
「問題ありませんのに……」
なこは不服そうにしながら、訓練場の奥から人型のダミーを運んできた。
その隣へ並んで立ち、美咲へ手を振る。
「どうぞ。まずはパルスシールドを投げてくだされー」
「なこさんは、そこにいていいんですか?」
「いいですぞー」
「じゃあ最初から自分が行けよ……」
「まあ、怖いもんな」
「怖くねえし」
二人のやり取りを横目に、美咲は手元のランプが緑色に点灯していることを確認した。
壊してしまわないよう、パルスシールドをそっと放り投げる。
「優しっ!」
刹那とクルツの声が重なった。
パルスシールドはなこのもとまで届くことなく、美咲の数十センチ先へ落下した。
支持脚が開き、装置は美咲の足元で起き上がった。
「……もう少し強く投げても壊れませんぞ?」
「す、すみません……」
美咲はなこに教わって展開を解除すると、パルスシールドを拾い上げた。
「もっと勢いよく投げろよ」
クルツに言われ、先ほどよりも少しだけ強く腕を振った。
「えいっ!」
パルスシールドは緩やかな放物線を描き、なこの目の前へ落下した。
直後、底部から支持脚が開き、装置がひとりでに起き上がる。
「ではクルツ殿~。グレネードを投げてくだされ」
クルツは腰のポーチからグレネードを取り出した。
ピンを引き抜くと、なこ目がけて勢いよく投げつけた。
グレネードがパルスシールドの頭上を通過しようとした、その瞬間。
鋭い放電音とともに、空中へ青白い電流が走った。
グレネードは不自然なほど急激に勢いを失い、地面へ落下する。
「おおー!」
美咲と刹那の声が重なった。
数秒が経過しても、落ちたグレネードは爆発しなかった。
「通過した瞬間に内部へ電流を流し、勢いを削ると同時に起爆装置を焼き切ったのですぞ」
なこが装置側面の表示を指差した。緑色だったゲージの一部が、黄色へ変わっている。
「攻撃を防ぐたびに、こちらの負荷ゲージが上昇します。今の程度であれば、すぐに元へ戻りますぞ」
説明している間にも、黄色い表示は少しずつ短くなっていった。
「攻撃を立て続けに受けると冷却が追いつきません。口径や着弾位置にもよりますが、一般的なアサルトライフルであれば数マガジンほどですな。LMGで連続して撃ち込まれれば、そう長くは保ちませんぞ」
「ゲージが全部埋まったら?」
「オーバーヒートして、一時的に防御機能が停止します。冷却が終わるまでは再励起できませんな」
やがて、負荷ゲージの黄色い表示がなくなった。
「次は、パルスシールドの手前へ落としてくだされ」
「本当にやるのかよ……」
今度はクルツがグレネードを下手から放った。
床へ落ちたグレネードが転がり、パルスシールドの手前で止まる。
なこの指示で、三人は防護壁の陰へ移った。
轟音とともにグレネードが爆発した。
同時に、パルスシールドの頭上で空間が歪んだ。
衝撃が訓練場を揺らし、近くにいたほかの利用者たちも、何事かと一斉にこちらを振り返った。
巻き上がった爆煙がなこを覆い、その姿を完全に隠してしまう。
「だ、大丈夫ですかね……?」
美咲は不安げに呟いた。
「大丈夫じゃね? 本物なんだろ?」
「そ、そうですけど……」
美咲が固唾を呑んで見守るなか、ゆっくりと爆煙が晴れていく。
その向こうから、両手を小さく振るなこの姿が現れた。
「無傷ですぞー」
三人は防護壁の陰から出て、パルスシールドの手前まで歩み寄った。
ダミーにも傷らしい傷はない。
ただ、爆風を完全に消せたわけではないのか、立っていた位置がわずかにずれていた。
「煙までは防がないんですね」
「有害物質を濾過する装置ではありませんからな。防いだのは爆風の圧力と、飛散した破片ですぞ」
負荷ゲージの黄色い部分は、先ほどよりも長く伸びている。
「なあ。私がそこを通ったらどうなる?」
刹那がパルスシールドの向こう側を指差した。
「何も起こりませんぞ。プレイヤーの身体は迎撃対象から除外されていますからな。普通に歩いても、走っても――」
説明の途中で、刹那が境界を通り抜けた。
放電は起こらない。
「おお、本当だ。バチッていくのかと思ったわ」
「思っていたなら入らないでくださいよ!」
「最後まで説明を聞いてくだされ!」
美咲となこの声が重なった。
「いや、気になったから」
「ちなみに、敵も通れるのか?」
「通れますな。ただし、武器を振り抜けば話は別です。攻撃の速度と軌道を検知し、武器が展開面を通過する瞬間にパルスが発生しますぞ」
「つまり、人間を閉め出す壁じゃなくて、攻撃だけを止める盾ってことか」
「その認識で間違いありませんな。内側へ入り込まれてから攻撃されると、十分な効果を発揮できませんのでご注意くだされ」
「結局、前衛は必要ってことだな」
大体の説明はこんなところですな、と、なこが手を打った。
「何か分からないことはありますかな?」
美咲は、教わった内容を頭の中でもう一度整理した。
側面のボタンを押して、ランプが緑色になれば準備完了。
あとは設置するか、地面へ投げれば自動的に展開される。
攻撃の軌道と着弾地点を予測し、必要な場所にだけパルスを発生させる。
ただし、守ってくれるのは負荷が限界に達するまで。
そして、人が境界を通り抜けても問題はない。
「な、ないです」
「なら、あとは恐怖に慣れることですな!」
「と、言いますと?」
「実際に守られていると分かっていても、攻撃が飛んでくれば怖いものですぞ。目の前に透明な板があったとしても、自分へ向かってボールを投げられたら、思わず避けたくなりませんかな? あれと同じです」
なんとなく、なこの言いたいことは分かった。
「ガジェットを信用する練習ですぞ!」
「なるほど……」
「では、美咲氏はパルスシールドの内側へ~」
「え?」
「私が外から攻撃しますので、逃げずに立っていてくだされー」
「待ってください! まだ心の準備が!」
「心配ありませんぞ! あのパルスシールドは完璧です!」
「そういう問題じゃ……ちょっ、なこさん!」
なこに腕を引かれ、美咲はパルスシールドの内側へ連れていかれた。
その場へ残された刹那に、クルツが顔を向けた。
「暇なら、もう一戦やるか?」
刹那は答える代わりに、無言で頷いた。
それからしばらく、訓練場には美咲とクルツの悲鳴が交互に響き続けた。
美咲が銃弾を前に身を竦ませれば、なこが逃げないよう声を張り上げた。
なこは負荷ゲージを確認しながら、冷却のための間を挟んで射撃を続けていた。
すぐ隣では、刹那が楽しそうにナイフを振るい、何度倒されてもクルツが立ち向かっていた。
「……なんなんだ、これは」
訓練場へやってきたイオは、目の前に広がる光景を見て足を止めた。
イオの姿に気づいたなこが、銃撃を止めた。
ほぼ同時に、刹那の一撃がクルツを捉えた。
クルツは声を上げる間もなく、地面へ突っ伏した。
「イオ殿~。どうしたのですかな?」
「セラくんのことで、報告があってな」
その言葉に、パルスシールドの内側で頭を抱えてうずくまっていた美咲が顔を上げた。
「結論から言えば、駄目だった。彼女は何も話してくれなかった」




