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第18話 怒りの理由

 刹那となこの話が終わるのを待っていたかのように、クルツとイオもこちらへ歩み寄ってきた。


「……あの」


 美咲が声をかけると、クルツが顔を向けた。


「なんだよ、ちびっ子」


 ちびっ子。


 美咲は頬が引きつるのを感じた。


 子供の姿をしたアバターへ向けた言葉で、現実の自分へ言ったわけではない。


 それは分かっている。


 分かってはいるけれど、面と向かって言われると少しだけ傷つく。


「俺、今へこんでるの。見て分かんねえ?」


 そう言うクルツの顔は、説教されたことなどもう忘れたように、あっけらかんとしていた。


 美咲は小さく息を吸うと、クルツへ深々と頭を下げた。


「昨日は、ありがとうございました」


 自分たちのせいで、クルツやセラ、それに名前も知らない二人の男性を危険へ巻き込んでしまった。


 《Zorn》から逃げ切ったあと、美咲も刹那も礼は伝えた。


 けれど、クルツとセラは聞く気がないように見えた。


 それがずっと、心に引っかかっていた。


 余計なことをするな。


 それくらい言われる覚悟はしていた。


 けれど、クルツは何も答えない。


 口にしたくないほど怒っているのだろうか。


 美咲が恐る恐る顔を上げると、クルツは眉をひそめ、徐々に首を傾けていった。


 まさか、別人だったのだろうか。


 しかし、セラは彼をクルツと呼んでいた。


 ほかの男性も、確かにクルツの名前を口にしていた。


 同じ名前のプレイヤーが、このクランに二人いる?


「エリア41で、《Zorn》の攻撃を引き受けてくれましたよね?」


 クルツは首だけでは飽き足らず、身体まで傾け始めた。


「せ、刹那さんと入れ替わりましたよね!」


 美咲が隣にいる刹那を手で示す。


 クルツは身体を傾けたまま刹那を見て、しばらく目を細めていたが、やがて声を上げた。


「あ、ああ! いた! いたわ!」


 身体を元へ戻し、両手を打ち合わせた。


「お前もいたわ! なんか生意気な子供がいるなって思ってた!」


 思い出してもらえてほっとしたのも束の間、余計な一言が胸へ突き刺さった。


 あのときの礼も、無視されたと思っていたけれど。


 そもそも、クルツには聞こえてすらいなかったのかもしれない。


「てか、そうだよ! お前らに文句言いたかったんだよ! 勝手に帰りやがって」


「文句……ですか?」


 美咲の肩が強ばった。


 それと同時に、隣で刹那が眉をひそめた。


「お前らのせいで、セラにめちゃくちゃ怒鳴られたんだからな!」


 クルツがセラに怒鳴られた。


 美咲や刹那なら分かる。


 二人は制止も警告も無視し、中心部へ向かったのだから。


 けれど、なぜクルツまで怒鳴られたのか、美咲には見当もつかなかった。


「そうなんですか?」


「そうだよ。俺が周辺を散策してたら、『バカクルツ! 何サボってんのよ! あの二人になんかあったら、あんたのせいだからね! 責任取りなさいよ!』って。めっちゃ必死だったんだぞ」


 美咲は刹那へ顔を向けた。


 刹那も驚いたように眉を上げている。


 セラは、美咲と刹那の安否を心配していた。


 勝手に入ったのだから自業自得だと、見捨てることもできたはずだ。


 それでもクルツを叱りつけ、わざわざ救援へ向かわせてくれた。


「俺がサボってないって言っても、『うるさい! さっさと向かって!』ってさ。散策してただけだっての」


 クルツが肩をすくめる。


 その隣で、イオがわずかに首を傾げた。


「お前はあのとき、見張りを任されていたんだろう? セラくんからも、持ち場の交代時に《Zorn》を見失っていたと聞いているが」


「あ」


 クルツは目を見開き、露骨に視線を逸らした。


「おい。何とか言え」


 イオが低い声で告げた。


 美咲は慌てて、イオとクルツの間に身体を差し込んだ。


「だ、大丈夫です! クルツさんのおかげで、私たちは怪我もせず助かっていますから」


「た、助けられた本人がそう言ってるので、ここは穏便に……」


 クルツは腰を低くし、イオへ揉み手をした。


 イオは首を横に振り、大きく息を吐いた。


「セラさんは、ほかに何か言っていましたか?」


「あー……いや。何も言ってなかったぞ。とにかく助けに行けの一点張り」


 セラが怒っていたのは、無理やり中心部へ入ったという事実だけではないのかもしれない。


 少なくとも、自業自得だと二人を見捨てられるほど、嫌っていたわけではない。


 それでも、あの刺々しい態度は消えなかった。


 セラには、もっと別の何かがある。


 今日、彼女について知るたびに、その思いが強くなっていた。


「ちなみに……セラさんって任務中、普段から不機嫌と言いますか……あんなふうに、ピリピリしているんですか?」


 美咲が尋ねると、なこは首を横に振った。


「いいえ。そんなこと、滅多にないですぞ」


「だから俺も、お前らに文句言いたかったんだよ。あいつがあそこまでブチギレるって、何言ったんだよ」


「それは、お前が持ち場を離れていたからだろう」


「いや、サボっててもあそこまで怒鳴られねーっすよ!」


「クルツ殿……威張って言うことではないですぞ」


 次々と声が飛び交い、頭の中で情報が絡まっていく。


 美咲が助けを求めるように視線をさまよわせていると、静かな声が落ちた。


「つまり、セラは任務前まで普段どおりだった。刹那と美咲に出会ってから、明らかに機嫌が悪くなった――そういうことでいいのね?」


 アリスの言葉に、クルツが記憶を探るように視線を上げた。


「多分」


「ただ、今の話だけでは、何に腹を立てていたのかまでは分からないわね」


「……普段と違うのは確かですぞ。何かあったのでしょうか」


 なこが呟き、眉をひそめた。


「……任務を乱したこと以外にも、何か理由があるんでしょうか?」


 美咲の言葉に、イオがわずかに眉を寄せた。


「よくないな」


「ええ。これから作戦を共にする以上、何が原因なのかは確かめておきたいわ」


 アリスの言葉が、美咲の胸へ重くのしかかった。


「けどさ、会ったのはあのときが初めてだぞ。怒らせるようなことなんて……」


「貴女のことだから、無意識に彼女を逆撫でするようなことを言ったのではなくて?」


「信用ねえな……。ないって、マジで。そんなこと言った覚えねえよ」


「……ふむ」


 まとまらない疑問を前に、イオが小さく頷いた。


「私が直接聞きに行こう。何か困っていることがないか、少し話してみる。もし皆には言いづらい内容なら、無理に共有する必要はない。こちらで対処する。それでいいかな?」


「それがいいっすよ。わざわざセラのわがままに付き合いたくねーですし」


「クルツ殿……言い方ですぞ」


「ええ。任せるわ。美咲も、それでいいわね?」


「え?」


 突然話を振られ、美咲は目を瞬かせた。


 たしかに、イオならうまく話をまとめられるのかもしれない。


 落ち着いた振る舞いに、穏やかな声。


 自分がセラの立場でも、彼になら話してみようと思える気がした。


「はい。よろしくお願いします」


 美咲はイオへ頭を下げた。

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