第17話 普段の姿
アリスは手元のハンドガンからマガジンを抜き取り、スライドを引いて固定した。
薬室に弾が残っていないことを確かめてからスライドを戻し、マガジンを差し込む。
最後に銃口の向きを確認すると、壁際のガンラックへハンドガンを戻した。
「アリスさん。かっこよかったですよ!」
戻ってきたアリスへ、美咲が声をかける。
「ありがとう」
短い返事。
けれど、その声はどこか満更でもなさそうだった。
勝負へ巻き込まれ、何度もクルツに付き合わされていたようだが、アリス自身も少しくらいは楽しんでいたのかもしれない。
そう思い、美咲は胸を撫で下ろした。
けれど、安堵したのもつかの間。
「いやー、アリスが困ってる姿も見られたし、私は満足だわ」
空気が、一瞬で凍りついた。
どうして丸く収まりかけていたのに、わざわざ火に油を注ぐようなことを言うのか。
アリスの顔が、ゆっくりと刹那へ向く。
いつも以上に、何の感情も浮かんでいない。
その冷え切った視線が、刹那を射抜いていた。
刹那は気づいているのか、いないのか。
アリスと目を合わせようとはせず、明後日の方向を眺めていた。
美咲は返答に困り、とりあえず笑うことにした。
「すまなかったな、アリスくん。変なことに付き合わせてしまって」
イオが申し訳なさそうに声をかける。
アリスは刹那からイオに視線を移すと、小さく息を吐いた。
「やると決めたのは私よ。貴方が謝る必要はないわ」
そこで言葉を区切り、静かに目を伏せる。
「ただ……」
「ただ?」
美咲は首を傾げた。
「身勝手な感情で、人を無理やり巻き込む人間には、言いたいことが山ほどあるわね」
視線が一斉に刹那へ集まる。
刹那は周囲を見渡し、自分を指差した。
「私?」
「ほかに誰がいるのかしら」
「いや、勝負を始めたのはクルツだろ」
「貴女が焚きつけたのでしょう」
「提案しただけだって」
「その提案が必要なかったと言っているのよ」
アリスはそれだけ告げると、刹那の腕を取った。
「ちょ、待て。どこ連れてく気だよ」
「ほかの方の邪魔にならない場所よ」
「話し合いならここでよくないか?」
「よくないわ」
刹那は抵抗する間もなく、アリスに射撃訓練場の隅へ連れていかれた。
そして、小言という名のお説教が始まる。
イオはその様子を見送ると、少し離れた長椅子へ向かった。
そこではクルツが前屈みになり、両手を組みながら何かを呟いている。
「ハンドガンじゃなければ……」
「クルツ」
「分かってますよ! 負けは負けっす!」
「なら、いつまでも武器のせいにするな」
今度はクルツのほうで、二度目のお説教が始まりそうだった。
美咲は小さく苦笑してから、隣に立つなこへ顔を向けた。
なこは、アリスに叱られている刹那をじっと眺めている。
戸惑いとは少し違う。
どこか、驚いているような表情だった。
二人のことをよく知らなければ、刹那が年下の少女に叱られているという状況は意外に映るのかもしれない。
特に刹那を恐れていたなこにとっては、この光景がある意味でよかったのだろう。
「驚きました?」
「え? あ、はい」
急に声をかけられ、なこがぎこちなく振り返った。
「いつもこうなんですよ。刹那さんが余計なことを言って、アリスさんがそれを叱るんです」
「いつも、ですか?」
「はい。親子か姉妹みたいですよね」
美咲が笑う。
そのとき、刹那がまた何か余計なことを言ったらしい。
アリスは呆れたように顔を傾け、刹那は納得がいかないとでも言いたげに両手を広げていた。
「だから、もっと肩の力を抜いていいと思いますよ」
なこが美咲を見る。
「それこそ、明日の天気を聞くくらいの気持ちで」
なこは、もう一度二人へ視線を向けた。
しばらく迷うように見つめたあと、小さく息を吸う。
「……やれそうですぞ」
その声には、先ほどまでなかった力があった。
やがて説教が終わったのか、刹那がアリスから解放された。
「はぁ……なんで私が怒られなきゃいけないんだよ」
不満を漏らしながら、こちらへ戻ってきた。
なこが美咲を見た。
美咲は何も言わず、静かに頷く。
なこは胸の前で手を握り、刹那に一歩踏み出した。
「刹那氏!」
刹那が顔を上げた。
「ん?」
「えっと……その……」
声をかけた勢いは、そこまでだった。
なこは口を開いたまま、続く言葉を探している。
沈黙が落ちる。
けれど、刹那は何も言わなかった。
茶化すこともなく、ただ、なこの言葉を待っていた。
「わ、私は!」
思いのほか大きな声が出たのか、なこは慌てて両手で口を塞いだ。
刹那がわずかに目を見開いた。
「落ち着けって。別に逃げたりしないから」
「えっと……」
なこは口元から手を下ろし、胸の前で指を絡めた。
徐々に俯き、肩が再び強張っていく。
これ以上は難しい。
美咲が助け舟を出そうとした、そのとき。
「そういやさ、この前の大会」
刹那が先に口を開いた。
なこの肩が小さく跳ね、唇が固く結ばれた。
「お前、私に自爆特攻しようとしただろ。あれ、イオさんにめちゃくちゃ怒られなかったか?」
「い、いえ。叱られはしましたが、怒られはしませんでした」
「へぇ……まじか。意外だな」
刹那は腕を組み、長椅子にいるイオへ目を向けた。
「私は根性あっていいなって思っちゃったけど、イオさんとかアリスは、捨て身の一撃って嫌うからさ」
「そうね」
少し離れた場所から、アリスが同意する。
なこは何も言い返さなかった。
俯いたまま、胸の前で絡めていた指をほどいた。
「刹那氏は……」
「あん?」
「刹那氏は、私のことをどう思っていますか?」
それは問いであり、願いのようにも聞こえた。
こぼれ落ちるような、なこの言葉。
刹那は眉をひそめる。
「なんだよ、急に」
刹那は腕を組んだまま、考えるように低く唸った。
「根性がある、面白いやつ?」
なこがわずかに目を見開く。
「てか、まだそんなに仲がいいわけでもないし、今の段階で聞かれても分からんだろ」
「まだ……」
その一言に、美咲は思わず口元を緩めた。
何気ない一言だったのだろう。
けれど、なこは顔を上げ、刹那を見つめ直していた。
「なら……私のことを、もっと知ってくださるのでしょうか?」
「そりゃ、せっかく知り合ったんだし。どんなやつかくらいは知りたいだろ」
慰めではない。
優しい言葉を選んだわけでもない。
ただ思ったことを、そのまま答えただけ。
だからこそ、それは刹那らしい言葉だった。
なこの表情から、少しずつ力が抜けていく。
「も、もし、刹那氏がよければ……」
胸元で、もう一度指を絡める。
頬をわずかに赤くしながら、恥ずかしそうに俯いた。
「私と、お友達になってなんかは……」
「おっ、いいね」
刹那は、あっさりと答えた。
なこが顔を上げた。
「こいつらが面倒くさいときは、なこに押しつけるわ」
また、余計な一言を。
美咲は小さく肩を落とした。
「せっかく、いい雰囲気だったのに……」
「は? なんだよ、雰囲気って」
刹那が顔をしかめた。
それを見たアリスが、静かに首を横へ振った。
「刹那に空気を読ませようとした、美咲の責任よ」
「はい……おっしゃる通りです」
「アリス。お前にだけは言われたくねえよ」
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味だよ」
「説明しなさい」
「嫌だね。また説教する気だろ」
再び言い合いを始めた二人へ、美咲は呆れて息を吐く。
そこにいたのは、優秀なプレイヤーでも、名の知られた精鋭でもない。
互いに呆れ、軽口を交わし合う、ごく普通の仲間たちだった。
それもまた、《ARCADIA》のありのままの姿。
なこは少し戸惑いながらその光景を見つめると、やがて小さく声を立てて笑った。




