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第16話 また会いましょう

 安全圏に戻った街の空は、まるで何事もなかったかのように穏やかで、柔らかな光が地面を照らしていた。


 3人の影が、並んで歩く。


 その中で、ひときわ小さな影が──その場に、へたりと座り込んだ。


「はあぁぁ……」


 深いため息と共に、全身の力が抜けていく。


「おい、大丈夫かよ?」


 刹那が顔を覗かせる。


「あはは……」


 美咲は顔を上げると、小さな声で笑った。


 刹那が呆れたように笑いかける。


「……緊張がきれたんだな」


「かもしれません……」


 刹那は顎に手を添え、視線を上げた。


「よし。じゃあ、生還祝いになんかおごってやるよ」


「え……いやいや、そういうつもりじゃ……申し訳ないです!」


 さらに何かをもらうことに抵抗があった美咲は、両手を大きく振る。


「気にすんなって。……アリスも来るよな?」


 刹那が振り返り、アリスに視線を向ける。


「……そうね。暇になったから行こうかしら」


 アリスは、静かに、けれど拒まない声音で答えた。


「決まりだな」


 刹那が再び歩き出す。


 その背中を、アリスと美咲が追いかけた。


 夕陽に染まる道の先へ、3人は歩いていく。


 ──


 刹那が足を止めた。


 その先にあったのは、木造とガラスを基調にした静かな店構え。


 看板には、優雅な筆記体でこう記されていた。


《CRESCENT CANTEEN》


「……ここって、マリアさんが言ってた……」


 思わず呟く美咲。


 名前に、心当たりがあった。


 美咲の記憶の中で、やけに元気な声が浮かび上がる。


 刹那とアリスが迷いなく扉を押し開ける。


 美咲も、遅れないように後に続いた。


「いらっしゃ〜いっ!」


 店内に入ると、声が飛んできた。


 テンションが高く、でもどこか包み込むような柔らかさを持つ声。


「ん? 刹那とアリスやん? 予約なしで来るとか、図々しいやっちゃな〜」


 振り返ると、関西弁の女性が腕を組み眉根を寄せていた。


 黒髪を後ろで束ね、エプロン姿がよく似合う女性。


「レイナさん、空いてる?」


 刹那がその言葉を無視して、淡々と尋ねる。


「無視かいっ!」


 アリスは、まったく気にした素振りも見せず、既に入店準備に入っていた。


「ったく……奥の席、空いとんで」


 レイナが渋々空いてる席を指差す。


「ありがとう」


「お邪魔するわね」


 刹那とアリスがそれぞれに言いながら席へ。


 美咲もぺこりと頭を下げながらついていこうとする。


 そのときだった。


「嬢ちゃん……ちょい待ち」


 レイナの低い声に、美咲の肩がわずかに跳ねた。


(え……ダメ、なのかな?)


 刹那とアリスはどう見ても常連。


 でも、自分はただの初心者。


 ゆっくりと振り返ると、レイナがじっとこちらを見つめていて──


「……お嬢ちゃん、可愛いなぁ〜。アリスよりちっこいやん〜!」


 そう言うなり、ほっぺたをむにっと触ってきた。


「なんや、初心者みたいやけど……あいつらと知り合いなーん? あのねーちゃんたち怖いから、気ぃつけな〜」


「あ、ひゃい……!」


 奥の席に腰を下ろした刹那が、呆れたように目を細めていた。


 アリスは、黙ってメニュー表を開き──黙って閉じた。


 そのまま黙って鞄から本を取り出し、読書タイムに入る。


 厨房の奥から、もうひとつ声が。


「レイナさん、遊んでないで仕事してください……」


「すまんすまん」


 レイナはその声の主に向かって謝る。


 そして、今度は聞こえないように小さな声で美咲に呟く。


「うちの相方、怒らしたら怖いねん。またな〜、お嬢ちゃん」


 にかっと笑いながら、レイナは厨房に戻っていった。


「……ふぁい……」


 気圧されつつも返事をし、ようやく席に着く美咲。


 刹那は肩をすくめて笑いながら呟く。


「たく、あの人……余計なことしかしねぇな……」


「いつものことよ。気にしたら負け」


 アリスは本を開いたまま、微動だにしない。


 落ち着いたので、美咲もようやくメニューを開く──が。


(た、高い……!)


 飲み物だけでも1000キャッシュ。料理は4000を超える。


 払えない金額ではない。


 けれど初心者の美咲には、気軽とは言い難かった。


 悩みに悩んで、美咲はようやく決めた。


 4500キャッシュの料理セット、紅茶とクレープ。


 今までの人生で一番贅沢な仮想の食事。


 でも、それでも。


 今日、生き延びたこと。ここにいること。誰かと、同じテーブルを囲めること。


 それは、美咲にとって、本物のごちそうだった。


 注文を終えた後、美咲が口を開く。


「ありがとうございました……! 助けていただいて!」


 深々と頭を下げた美咲の声は、少しだけ震えていた。


 テーブルには、先に運ばれていた紅茶とスコーン。


 その湯気の向こう側で、アリスは無言のままカップに口をつけていた。


 まるで、それが答えの代わりであるかのように。


「気にすんな。気まぐれだったからな」


 刹那が肩をすくめる。


 その仕草も、どこか様になっていた。


「でも、お二人とも……すっごく格好良かったです」


 美咲は目の前で両手を握ると、視線を落とした。


「まるで……物語の主人公みたいで」


 刹那は俯く美咲を見つめ、小さく息を吐いた。


「だってよ。お姫様」


 刹那の軽口に、アリスは顔を上げ無言で刹那を一瞥する。


 そして、美咲が真剣な声で尋ねる。


「……私も、あんな風に戦えますか?」


 刹那が眉を上げ、何かを言いかけたその瞬間。


「──貴女にもできるわ。その気があれば」


 アリスが、そっとカップを置いた。


 その声は静かで冷たいのに、なぜか美咲の心を熱くする。


 刹那が、驚いたようにアリスを見つめた。


 だが、アリスはそれ以上なにも言わず、ただスコーンを小さく割って口に運ぶ。


 顔を上げた美咲は、小さく笑っていた。


「そうですか……。私もお二人のように……」


 その笑顔に、刹那は言いかけた言葉を飲み込んだ。


 そう、誰にでも始まりはある。


 彼女も、いつか──


「お待ち〜っ!」


 その空気を割るように、レイナが皿を両手に持って登場する。


「刹那はいつものやな。で、ちっこい嬢ちゃんは……えーっと……」


「美咲です」


「美咲ちゃんな。ほな、美咲ちゃんはミルクティーとクレープな。クレープは今旬のフルーツ使っとるで〜! ゆっくりしてってな〜」


 レイナは手を振ると、跳ねるように去っていく。


「わぁ……美味しそうですね」


 クレープの上に乗る果実たちは、まるで宝石のように輝いていた。


 VRの中の料理。


 けれど、それがなぜだか本物よりも温かく見えた。


「いただきますっ!」


 元気に手を合わせた美咲。


「……いただきます」


 刹那も静かに続いた。


 アリスは無言のまま、そっと紅茶に口をつける。


 3人のテーブルに、あたたかな時間が流れ始める。


 やがて、美咲が話し出したのは、戦闘のこと。


「チェイサーでしたっけ? あの敵は、なんで見えない私を追ってこれたんですか?」


 美咲が首を傾げると、刹那は椅子の背もたれに体を預ける。


「熱源感知型だっけな。あいつのシステムを止めないと、何処に隠れても見つかるんだよ」


「対策としては、EMPが主流だな」


「あー、だからアリスさんが……」


 美咲の脳裏に、現実で見た銀髪の姿がよぎる。


 美咲が口を開きかけた瞬間、刹那が話し始める。


「こんな顔の怖いやつに、急に話しかけられたら誰でも逃げるわな」


 アリスは無表情のまま、二人に視線を向けた。


「い、いえ! 別にそういう訳では……!」


 必死に否定する美咲を前に、刹那は喉を鳴らしながら笑った。


 そしてアリスも──ほんの少し、ほんの一瞬だけ。


 唇の端が、やわらかく上がった気がした。


「そろそろ帰るわ」


 アリスの声は、まるで時計の針のように静かに刻まれる。


 食後のティータイム、テーブルにはまだ温もりが残っていた。


「もう行くのか?」


 刹那がマグカップをくるりと回しながら尋ねる。


「ええ。これ以上は、必要ないわ」


 言葉自体に刺々しさはなかった。


 けれど、美咲にはその響きがほんの少しだけ冷たく感じられた。


 刹那は特に気に留めることもなく、手をひらひらと振る。


「ああ、またな」


 立ち上がるアリスの背を見て、美咲も反射的に立ち上がった。


「あ、あの……アリスさん、また……」


 そのまたの先が出ない。


 一緒に、何を? 戦う? 食べる? 話す?


 わからない。


 でも、何かを伝えたかった。


「──美咲、また会いましょう」


 アリスは言葉を遮るように、けれど、どこか優しく言い残して去っていった。


「はいっ!」

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