第15話 楽しい射撃
美咲が射撃訓練場を出ていくのを見届けたあと、刹那は改めて周囲へ視線を巡らせた。
各射撃区画の後方には、ガンラックに整然と並べられた銃器。
その隣には、口径ごとに分けられた弾薬と、スコープやグリップをはじめとした多種多様なカスタムパーツが用意されている。
射撃位置に設置された端末には、標的までの距離や移動速度、出現する順番といった項目が細かく表示されていた。
どれも訓練の目的に合わせて、自由に変更できるらしい。
「街の訓練場でも、ここまで至れり尽くせりじゃないよな」
刹那が興味深そうに端末を眺めながら言うと、イオが頷いた。
「そうだな。訓練場、射撃場、シミュレーションルームは、特に設備が整っている」
「そりゃまた、なんで?」
「サジの意向だよ。プレイヤーが最も身を置く場所は戦場だ。ならば、それに備えるための設備には出し惜しみをしない、とね」
「とても合理的ね」
アリスの声が、わずかに弾んでいるように聞こえた。
こういった設備を見るのが、よほど楽しいらしい。
「君たちがいつか正式な拠点を持つ際、何か参考になりそうかな?」
「一つの形という意味では、参考になったわ」
「というと?」
「私たちが目指す姿とは、かけ離れているということよ。これほど大規模な設備も、高価な機材も必要ないわ」
アリスは訓練場を見渡し、淡々と続けた。
「私たちに必要なのは、もっと小さくて、当たり前のこと」
刹那は目の前に立つアリスを見つめた。
現実に理想など存在しない。
それでも、帰る場所は理想であるべき。
以前、アリスがこぼした言葉を思い出す。
冷たい表情で、怖いほど冷静に物事を判断する少女が、珍しく口にした願い。
こいつは──
「おうおうおう! ずいぶんと上から目線だなぁ、おい!」
聞き覚えのある声に、刹那の意識が引き戻された。
三人がそちらに顔を向けた。
不満げな表情を浮かべた青年が、両手をポケットへ突っ込みながら歩いてきていた。
中型のアバター。
短い黒髪。
どこか幼さの残る顔立ちに浮かぶのは、生意気という言葉がよく似合う表情だった。
あれはエリア41で《Zorn》に襲われた際、刹那に代わってヘイトを引き受けた青年だ。
青年はアリスの前まで来ると、その顔を下から覗き込むように睨みつけた。
「おう、何とか言えや」
「もしよければ、先ほど通りかかった共同休憩室も見せてほしいのだけれど」
アリスは青年など視界に入っていないかのように、イオとの会話を続ける。
「あ、ああ。美咲くんが戻ってきたら、そちらへ向かおうか」
イオも困惑しているのか、わずかに言葉を詰まらせていた。
「無視こいてんじゃねえぞ、おい!」
青年が声を荒らげる。
そこでようやく、アリスの瞳が青年を捉えた。
少しの間、その顔を見つめたあと、不思議そうに顔を傾けた。
「私に言っていたのかしら?」
「お前以外に誰がいんだよ!」
アリスはイオと刹那を順番に見たあと、再び青年へ視線を戻した。
「ごめんなさい。急にわけの分からないことを言っていたから、私ではないと思ったわ。それで、何かしら?」
「このレベルの拠点を持てねえからって、僻んでんじゃねえぞ?」
アリスは、青年の言いがかりを処理しきれずにいるのか、無言でその顔を見つめていた。
「……調子こいてんじゃねえぞ」
青年がさらに眉間の皺を深くした。
しかし、アリスは微動だにしない。
刹那は吹き出しそうになるのを堪え、固く口を結んだ。
それでも、唇の端が小さく震えた。
「……ちょ、調子のんじゃねえぞ」
今度は、わずかに声が弱まっていた。
「クルツ、そこまでにしろ」
ようやくイオが二人の間へ入った。
「止めないでくださいよ! こいつ、うちの悪口言ったんすよ!」
イオは小さく息を吐き、額を押さえた。
「そもそも、彼女は悪口など言っていない。それと、喧嘩をする相手は選べ」
「協力者とか関係ないっすね」
「違う。お前では、口喧嘩で彼女に勝てないと言っているんだ」
「はあ!? 俺が女に口喧嘩で負けると思ってるんすか!?」
「そう言っているだろう」
「ひでえ! イオさんでも聞き捨てならん!」
当人であるアリスを置き去りにして、クルツとイオの言い合いが始まった。
その様子を眺めていたアリスの眉間に、珍しく小さな皺が寄る。
「刹那。彼は一体、何を言っているの?」
「お前と遊びたいんだろ。相手してやれよ」
目の前では、イオが呆れたように首を振り、それにクルツが文句を言っていた。
「……刹那。何とかして。うるさくてかなわないわ」
珍しい。
アリスが自分に頼み事をするとは。
刹那は小さく息を吐き、口元の笑みを引っ込めた。
「任せろ」
そして、いまだに言い合いを続けている二人へ歩み寄った。
「なあ、クルツだっけ。そこまでこいつが気に入らないなら、勝負でもしたらどうだ?」
「刹那。貴女、何を言っているの」
背後からアリスの声が聞こえた気がした。
だが、ちょうど訓練場に響いた銃声にかき消された。
少なくとも、刹那はそういうことにした。
クルツが驚いたように眉を上げる。
「勝負?」
「そっ。生意気なやつは、実力で黙らせる」
クルツは一瞬、何かを考えるように視線を上げて、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「いいじゃん、それ。乗った」
クルツはアリスへ向き直った。
「お前、得意な武器は?」
アリスは答えない。
「スナイパーライフルだよ」
代わりに刹那が答えると、アリスがゆっくりとこちらを見た。
刹那は顔を背け、見なかったことにする。
「なるほどね。んじゃ、IPSCを模したハンドガン勝負なんてどうだ?」
刹那は再びアリスへ視線を向けた。
「それでいいってよ」
「言っていないわ」
「まあまあ。落ち着けって」
「なぜ貴女が私をなだめているの?」
「的は十五個。シューティングボックスから一発ずつ撃つ。中央に近いほど高得点。同点なら、タイムが短いほうの勝ちな」
「そして、貴方はなぜ話を進めているの?」
クルツはアリスの言葉を聞き流し、勝負の内容を決めていく。
「ハンドガンの種類も固定したほうがいいんじゃないか? あとから言い訳されても嫌だろ」
刹那の言葉に、クルツが頷いた。
「確かに」
「一度付き合ってやれば、こいつも静かになるだろ」
刹那が小声で言うと、アリスは冷たい視線を向けてきた。
しばらく刹那を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……貴女、あとで覚えておきなさい」
「こえーこと言うなよ」
クルツは壁際のガンラックへ歩み寄った。
並べられた銃器の中から、二丁のハンドガンを手に取って戻ってくる。
銀色のスライドを持つ、クラシックな形状のハンドガン。
どちらにも、目立ったカスタムは施されていない。
「こいつでいいだろ」
クルツが、そのうちの一丁をアリスへ差し出した。
アリスは目の前のハンドガンを見つめ、もう一度小さく息を吐いてから受け取る。
クルツは手元に残ったハンドガンからマガジンを抜き取った。
「マガジンは七発。薬室にあらかじめ一発送り込んでから、マガジンへ一発補充すれば八発。二本目と合わせて、ぴったり十五発ってわけだ」
抜き取ったマガジンを戻し、スライドを操作する。
「互いに感覚を掴むため、一、二回試し撃ちしてから本番。それでいいか?」
「なんでもいいわ。好きにして」
二人は数発ずつ試射を行い、本番用の弾数を揃えた。
「おっし。じゃあ、先に撃たせてやるよ」
クルツが近くの端末を操作する。
正面に並んでいた標的が格納され、代わりに一つの丸い標的が配置された。
それが不規則に動き始めた。
「準備できたぞ。弾を当てるか、一定時間経つと次の標的が出てくるからな」
アリスがシューティングボックスへ向かう。
刹那の横を通り過ぎる際、その足が一度だけ止まった。
「覚えておきなさい」
「二回言うほど怒ってんのかよ……」
アリスは答えず、クルツから端末の操作について説明を受ける。
「いいのか?」
黙って見ていたイオが、刹那の隣へ歩み寄ってきた。
「面白そうじゃないですか」
「いや、そうではなくてね。彼女、相当君に怒っていないか?」
「へーきへーき」
「拠点内で流血沙汰は勘弁願うぞ」
「へ、へーきだって」
一通り説明を終えたのか、クルツがシューティングボックスから一歩下がった。
アリスがハンドガンを握り、正面へ視線を向けた。
直後、甲高い開始ブザーが鳴り響いた。
その瞬間、アリスの表情から苛立ちが消える。




