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第13話 ようこそ、BCCへ

 サジの部屋を後にした三人は、エレベーターへ乗り込んだ。


 アリスが一階のボタンを押す。


 扉が静かに閉まった直後、美咲と刹那はほとんど同時に大きく息を吐いた。


「息苦しかったぁ……」


「窒息するかと思った……」


 二人の声が重なった。


 顔を見合わせると、どちらからともなく苦笑する。


 そんな二人を、アリスだけは腕を組んだまま眺めていた。


 二人が気疲れする理由が分からないといった顔のアリスに、刹那が肩をすくめた。


「お前は、何一つ変わんねえんだな」


「私達はお願いをされた側よ。要求の内容さえ破綻していなければ、過度に気を遣う必要はないわ」


「それができたら苦労しないんですよ……」


 美咲が小さく返すと、隣で刹那も何度か頷いた。


 やがてエレベーターが一階へ到着する。


 扉が開くと、ロビーの片隅で待っていたイオが三人へ歩み寄ってきた。


「話はまとまったようだね」


「ええ。正式に依頼を受けたわ」


 アリスが答えると、イオは静かに頷いた。


「ありがとう」


「礼は必要ないわ。まだ何も成し遂げていないもの」


「それでも、引き受けてくれたことには礼を言わせてほしい」


 それ以上は何も返さず、アリスは小さく会釈した。


「ハルから、拠点内の案内を頼まれている。時間があるのなら、見ていくかい?」


「お願いします!」


 美咲がすぐに答えた。


 ARCADIA以外の拠点を訪れるのは、初めてだった。


 どんなものがあって、どんな場所があるのか、美咲はずっと気になっていた。


 そして、あわよくばなこに出会えれば、少しでもいいから話をしてみたい。


「せっかく来たんだ。見せてもらおうぜ」


 刹那も乗り気らしく、すでに周囲へ視線を巡らせていた。


 最後に二人の視線を受けたアリスが、わずかに息を吐いた。


「今後の参考にはなるでしょうね」


「では、こちらだ」


 イオに案内され、三人は拠点内を巡っていった。


 複数人で使用できる広さの訓練室。


 壁一面に大型モニターが設置された会議室。


 負傷者の処置を想定した診療所に、用途ごとに分けられた倉庫。


 どの施設も、数十人のプレイヤーが使用することを前提に作られていた。


 同じ拠点と呼ばれる場所でも、ARCADIAの仮拠点とは何もかもが違う。


 美咲は感心しながら、忙しなく視線を動かしていた。


「すごいですね……。これだけ揃っていたら、拠点の中だけで何でもできそうです」


「最低限の準備は、ここで済ませられるようになっている。任務のたびに街を回るのは効率が悪いからね」


「私たちのところにも、何か一つくらい欲しいな」


 刹那が呟いた。


「置く場所と、資金がないわ」


「現実を突きつけてくんな」


 アリスの即答に、刹那が肩を落とした。


 いくつかの施設を巡ったあと、イオは厚い扉の前で足を止めた。


 扉の横にあるパネルへ手を触れる。


 短い電子音と共に扉が開き、乾いた破裂音が四人を迎え入れた。


 扉の先には広い空間。


 横一列に並んだ射撃区画。


 正面には距離の異なる複数の標的が配置され、さらに奥では人型の標的が不規則に動き続けている。


 何人かのプレイヤーが、それぞれの区画で射撃を繰り返していた。


 弾丸が命中すると、標的の一部が赤く点滅する。


「ここが射撃訓練場だ。訓練室と並んで、利用者の多い設備になる」


 イオの説明を聞きながら、美咲は室内を見渡した。


 けれど、ここにもなこの姿は見当たらない。


 美咲は少し考えた後、イオに顔を向けた。


「あの、なこさんって……」


 そこまで口にしたが、その後が思いつかない。


 急になこのことを聞いたら、変に思われないだろうか。


 美咲が言葉に詰まっていると、イオが来た道を振り返った。


「ああ。装備の整備に行くと言って別れたよ」


「そうなんですね……」


 それだけ答え、美咲はもう一度、射撃訓練場へ視線を向けた。


 控室で会った時とは違う、沈みがちな表情。


 話そうとしては、何も言えずに俯いていた姿。


 ここへ来るまで、ずっと気になっていた。


「気になるなら、行くといい」


 不意に言われ、美咲はイオへ顔を向けた。


「えっ?」


「受付で来客用のカードキーを貰ってくれ。でないと、途中で閉じ込められてしまうからね。受付には私から連絡しておこう」


「いいんですか?」


 戸惑いがちに問いかけると、イオは頷いた。


「あ、ありがとうございます!」


 美咲は勢いよく頭を下げた。


 アリスと刹那にも一声かけようと、二人へ振り返った。


 アリスは何も言わず、美咲の姿を横目で見ていた。


 その隣では、刹那が少しだけ口元を緩めている。


「行ってこいよ。ここでイオさんとバトってるわ」


「はい。少しだけ行ってきます」


 二人へ一礼し、美咲は射撃訓練場を後にした。


 来た道を戻り、受付のあるロビーへ向かう。


 受付へ着くと、すでに話は伝わっていたらしい。


「美咲様ですね。イオ様から伺っております」


 受付に立つ女性プレイヤーが、一枚のカードを差し出した。


「こちらが来客用のカードキーです。お帰りの際に、ご返却をお願いいたします」


「分かりました。ありがとうございます」


「なこ様をお探しとのことですが、整備室はこちらになります」


 続けて、受付の端末に拠点内の地図が表示される。


 美咲は示された経路を確認し、受付を離れた。


 カードキーを使っていくつかの扉を抜け、整備室へ向かう。


 やがて辿り着いた部屋には、複数の作業台が並んでいた。


 分解された銃器やガジェットを前に、何人ものプレイヤーが作業を進めている。


 しかし、ここにもなこの姿はなかった。


 美咲は周囲を見渡し、近くの作業台に立っていたプレイヤーへ声をかける。


「すみません。なこさんを見かけませんでしたか?」


「なこ?」


 プレイヤーは手を止め、少し考えるように視線を上げた。


「ああ。少し前まで、そこで装備を整備してたよ」


「もう出ていかれたんですか?」


「整備を終えて、共同休憩室の方へ向かってたと思う」


「共同休憩室……」


「ここを出て右に進めば、すぐに案内表示が見えるよ」


「ありがとうございます!」


 美咲は頭を下げ、教えられた場所へ向かった。


 廊下を進むと、ほどなく《共同休憩室》と表示された扉が見えてくる。


 カードキーをかざすと、短い電子音が鳴った。


 美咲は扉を開き、静かに中へ足を踏み入れる。


 その瞬間、ふわりと木の香りが鼻をくすぐった。


 暖色で統一された室内。


 ナチュラルな色合いのテーブルや椅子、柔らかそうなソファが並んでいる。


 先ほどまで目にしてきた機能性を重視した施設とは、明らかに雰囲気が違っていた。


 どこか落ち着く。


 室内にいるプレイヤーは少なかった。


 美咲は視線を巡らせた。


 そして、部屋の奥に置かれたソファに、一人で座るなこの姿を見つけた。


 俯いたまま、膝の上で両手を重ねている。


 美咲は一度だけ足を止めた。


 ここまで来たものの、何と声をかければいいのかまでは考えていなかった。


 それでも、引き返そうとは思わなかった。


 ゆっくりとなこのもとへ歩み寄る。


「なこさん」


 呼びかけに、なこの肩が小さく揺れた。

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