第11話 期待
「えぇ……これですか……? 拠点というより……上場企業の本社みたいですね……」
その例えに、イオが小さく笑う。
「企業本社か。確かにそう言われれば、そうかもしれない。なかなか鋭いね」
「そうなんですか?」
「数あるレイドクランを各支部に例えるなら、統括のBCCは、本社に当たるかもしれないな」
「……なるほど」
ここに来るまでの道中、イオから説明されたことを思い返す。
クランには、主な活動内容によっていくつかの呼び方がある。
BCCは、その中でもレイドクランと呼ばれるクランを束ねているという。
どこよりも早く新たな高難易度任務を遂行し、時には人材派遣もこなす。
大規模レイドになれば、先陣を切って道を開く。
美咲はもう一度、建物を見上げた。
そんな人たちが、自分たちに手を貸してほしいと言っている。
「つまり、私たちは業務委託……」
「初めて間近で見たけど……確かにデカいな……」
隣で刹那も顔を上げていた。
その声に、なこが振り返る。
「人が多いですので、必然的に拠点も大きくなるのです」
「今、何人くらいいるんだっけ?」
刹那が尋ねると、それまで沈みがちだったなこの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
「えっと……四十名ほどです。さらに加入希望者の空席待ちがあり、そちらも含めれば六十〜七十とも言われておりますが……一般メンバーには、正確な数字までは分かりませぬ」
少し考え込むように体を揺らし、なこは続けた。
「ハル殿なら把握していると思いますが……」
「なるほど。私たちより、よっぽど大先輩ってわけだ」
刹那はなこの肩を軽く叩く。
「なこ先輩、しっかり案内よろしく」
「そ、そんな! 刹那氏の方が先輩です!」
「有名企業のメンバー様は、謙遜もお上手ですなぁ」
なこは何か言おうと口を開いた。
けれど、続く言葉は出てこない。
そのまま、困ったような笑みを浮かべる。
美咲は、その笑顔を見つめていた。
やっぱり、控室で会った時とは何かが違う。
そのやり取りを横目に、アリスは刹那へ視線を向け、ため息をついた。
「なんだよ」
「なんでもないわ」
「なんでもないことないだろ。あれか、緊張でお腹痛いのか?」
冗談めかす刹那に、アリスは冷たい視線を送った。
「貴女こそ、緊張を冗談で紛らわせてるのでは?」
「私が緊張? 冗談だろ」
「ちょ、ちょっと……二人ともこんな所でやめてください……! 恥ずかしいです!」
美咲が慌てて割って入る。
イオとなこだけではない。
通りすがりのプレイヤーや、拠点へ入ろうとするBCCメンバーらしき人たちまで、こちらを見ていた。
刹那とアリスは同時に黙り、正面へ顔を向ける。
イオが、どこか優しげな声で言った。
「君たちは本当に仲がいいね。それに……刹那君もアリス君も、昔に比べたら、ずいぶん感情豊かになった」
刹那は軽く手を振った。
「お喋りはおしまい。行きましょう」
入口へ歩き出す刹那に、アリスが無言で続く。
「もう……」
美咲も小さくこぼし、二人を追いかけた。
「恥ずかしがることはない。いいことだろう?」
イオの穏やかな声が、後ろから追いかけてきた。
中に広がっていたのは、外観に引けを取らないロビーだった。
受付にはプレイヤーが常駐し、その前を多くの人が行き交っている。
立ち止まって談笑する者。
誰かを待つ者。
配置された販売NPCの前で装備を吟味する者。
美咲はあちこちへ目を向けながら、小さく呟いた。
「立派……」
「私たちのオンボロに比べたら立派だわな」
刹那の言葉に返事をする間もなく、近くを通ったプレイヤーがイオへ声をかけた。
再び先導するイオとなこは、すれ違うたびに挨拶を受けている。
二人の背中を眺めていた、その時だった。
「な〜こ〜ち〜!」
ロビーに、やけに通る大声が響き渡った。
振り向くより早く、美咲たちの横を何かが駆け抜ける。
「わっ……!」
美咲は思わず足を止めた。
刹那もそちらへ顔を向け、アリスは揺れた髪を押さえた。
「せ、セラ氏……! いきなりは驚きますぞ……!」
少し先で、なこが困惑した声を上げていた。
青紫色のポニーテールの女性が、なこへ勢いよく抱きついている。
昨日、エリア41で出会ったセラだった。
あの時は、自分と刹那に向けられる言葉の端々が刺々しく、冷たい人だと思った。
けれど、今はそんな雰囲気が微塵もない。
髪型も、タクティカルジャケットも、間違いなく同じなのに。
隣で、刹那の目が一瞬細まった。
「なこち〜! 今日も可愛いね〜!」
「や、やめてくだされ」
なこは身を縮め、困ったように笑っている。
美咲たちが足を止める中、イオが咳払いをした。
「セラ君。客人の前だ、やめないか」
「ん? あれ? イオさんも一緒じゃないですか。おかえりなさ〜い」
セラは顔だけをイオへ向け、快活に笑った。
「ああ、そんなことより……離すんだ」
「え〜」
不満そうな声を上げながらも、セラはなこから腕を離した。
その視線が、美咲たちに止まる。
「あれれ? この前のちっちゃい子に……そっちは、忠告を無視して人に迷惑をかけた……刹那さん?」
笑顔のままなのに、声にははっきりと棘があった。
「あんたらの親分に呼ばれてな。ちょっと邪魔するよ」
「ふーん……あんたたちをね……」
セラが目を細め、刹那を見た。
刹那もその視線を受け、口を開いた。
「強い連中に囲まれて、お山の大将気取りか?」
近くで交わされていた会話が途切れた。
周囲のプレイヤーの視線が睨み合う二人に集まる。
「ちょ、ちょっと刹那さん……!」
美咲が止めに入ろうとし、イオがセラの肩へ手を伸ばしかけた。
そこへ、落ち着いた声が割って入った。
「セラさん、ダメですよ。お客さんに喧嘩売っちゃ」
視線を向けると、困ったような表情の青年が歩いてきていた。
その姿を見た途端、セラの表情が変わる。
「……ヤバ」
次の瞬間には、もう体をロビーの奥へ向けていた。
「じゃ! 私はこの辺で!」
セラはそそくさと立ち去っていく。
「……なんだったんだ、あいつ」
不満げに呟く刹那の隣で、美咲はようやく息を吐いた。
「うちのメンバーが失礼しました。申し訳ありません」
青年が三人へ深々と頭を下げると、アリスが静かに一歩前へ出た。
「いえ、気にしておりません。ですので、頭を上げてください」
その言葉に顔を上げた青年は、ほっとしたように微笑んだ。
「そう言っていただけると助かります。あっ、自己紹介が遅れました。私、BCCでサブマスターを務めております。ハルと申します」
その穏やかな物腰は、先ほどのセラとは対照的だった。
「ご丁寧にありがとうございます。私がARCADIAのクランマスター、アリスです」
「はい、噂は耳にしてます! とても冷静で、指揮能力にも優れているとか!」
ハルの声は明るく、美咲には素直に感心しているように聞こえた。
アリスは軽く会釈し、紹介を続ける。
「こちらが刹那。クランの前衛担当です」
「どうも」
刹那が軽く頭を下げた。
「そして、こちらが美咲。支援全般を担ってもらっています」
「美咲です! 本日はよろしくお願いします!」
美咲は背筋を伸ばし、敬礼した。
ハルは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑みを戻した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは、クランマスターのサジのもとまでご案内します。こちらへどうぞ」
ハルがロビーの奥を示すと、イオが口を開いた。
「彼が一緒なら、私は必要ないな。ここで失礼するよ」
そう言って踵を返す。
「イオさん、ありがとうございましたー!」
ハルの声に、イオは振り返らず、軽く手を挙げて応えた。
その後ろ姿を見送ってから、ハルがなこへ視線を向ける。
「なこさんは……どうしますか?」
なこは一瞬だけ迷うように視線を動かした。
「私も、ここで失礼しますぞ。皆さん、それではまた」
小さく頭を下げ、少し早足で去っていく。
美咲はその背中を目で追った。
声をかけようと思っていたのに、結局、何も話せていない。
「行きましょう」
ハルの声に、美咲は顔を戻した。
先を行くハルの後を、三人で追った。
エレベーターに乗り込むと、ハルは操作パネルへ手を伸ばした。
四階のボタンが点灯する。
「今回、皆さんの力を借りようと言い出したのは……イオさんなんです」
扉が閉まり、足元がかすかに揺れた。
「サジさんは、他のクランは信用できないからBCC内部で処理すると言ったんですけど……イオさんは聞かなかった」
美咲はハルの横顔を見た。
「『彼女たちは信頼できる。自分を信用してくれ』って」
表示灯の数字が切り替わっていく。
自分たちをここまで案内してくれたイオの後ろ姿を、美咲は思い浮かべた。
「そこまで信用されている皆さんに、私も少し興味があります」
四階への到着を告げる音が鳴った。
扉が開き、ハルが三人を振り返る。
「……彼の期待に、皆さんがどんな答えを返すのか。楽しみにしています」
穏やかに微笑み、ハルは先に降りた。
美咲が刹那と顔を見合わせた。
その隣で、アリスが口を開いた。
「期待は、あらゆる苦悩の元です。するなとは言いませんが……過度な期待は、私達にも、貴方方にも、良い結果をもたらさないかと思います」
淡々と言い切り、アリスも廊下へ出る。
「私、期待って言葉、嫌いなんですよね。なんか……胡散臭くて」
刹那は口の端を歪め、後に続いた。
美咲は少しだけ視線を落とす。
期待されても、必ず応えられるわけではない。
自分に何ができるかさえ、まだ分からない。
それでも。
「でも……誰かが信じてくださるなら、私は、何とかしてあげたいです」
そう言って廊下へ踏み出すと、アリスが横目で美咲を見た。
刹那が肘で美咲の肩を軽くつつく。
美咲は困ったように、二人を交互に見上げた。
背後で、エレベーターの扉が静かに閉まる。
ハルは小さくうなずき、再び歩き出した。
進んだ先にある一室の前で、ハルが足を止めた。
「ここです。クランマスターのサジさんは……見た目や雰囲気は少し怖いですけど、本当は良い人なので、安心してください」
最後の言葉だけ、声が小さくなった。
「……小声で言うあたり、あんまり信用できないですけどね」
刹那が苦笑い混じりに返すと、ハルは思わず吹き出した。
「確かに、それはそうですね。それでは改めて──ようこそ、BCCへ」




