第7話 束の間の団欒
荒廃した都市を背に、二人は歩き続けた。
崩れた建物が遠ざかり、視界を遮るものが少なくなっていく。
荒野を抜け、森へ入る頃には、美咲もようやく肩の力を抜くことができた。
結局、あの異形のアンドロイドが再び出てくることはなかった。
それ以上、何事も起こらないまま、二人はまっすぐ仮拠点へ戻った。
「もういい時間だな」
室内へ入った刹那が、端末を開きながら言った。
「私は落ちるけど、お前は?」
「私も、これを片付けたら終わりにします」
美咲がバッグへ手を添えると、刹那は短く頷いた。
「おう。んじゃ、またな」
「はい。今日はありがとうございました」
刹那は片手を上げた。
その姿が消えると、室内は急に静かになった。
美咲は机へ歩み寄り、バッグから安定器を取り出した。
気になることは、いくつもある。
あのアンドロイドは何だったのか。
BCCは、なぜあの区域を封鎖していたのか。
そして、セラの態度。
どれも、答えは出ていない。
それでも、刹那と二人で目的の部品を持ち帰ることはできた。
美咲は安定器を、作りかけのパルスシールドの隣へ置いた。
足りなかった最後の一つ。
並べて眺めると、ようやく実感が湧いてきた。
明日、ナナさんとれんさんを呼ぼう。
三人で、これを完成させる。
美咲は机の上をもう一度確かめてから、ログアウトした。
────────
「じゃあ、取り付けますね」
翌日。
机を囲んだ二人へ、美咲は安定器を持ち上げて見せた。
ナナがすかさず前屈みになる。
その隣で部品の最終チェックをしていたれんも、手を止めて顔を上げた。
奥のソファに寝そべっていた刹那が、こちらへ顔を向けた。
美咲はパルスシールドを手で押さえ、側面に空いたスロットへ安定器を差し込んだ。
奥まで押し込むと、小さな手応えがあった。
直後、低い駆動音が鳴り始めた。
美咲は思わず顔を上げた。
れんが頷く。
ナナは腕を組み、なぜか自分がやり遂げたように胸を張った。
「ご苦労であった」
美咲とれんは顔を見合わせ、揃って苦笑した。
けれど、すぐに視線は机の上へ戻る。
動いている。
何度も部品を並べ、足りないものを調べて、そのたびに三人で集めてきた。
最後は刹那にも手伝ってもらった。
その全部が、今、目の前で一つになっていた。
「……完成しましたね」
美咲は両手でパルスシールドを持ち上げた。
初めてのガジェット製作。
何より、四人で作り上げたものだった。
持ち上げる角度を変えて、側面を眺める。
安定器は、最初からそこにあったように収まっていた。
「ちょい、美咲。落として壊さないでよ? 高いんだから、それ」
「あ、すみません」
慌てて机の近くまで下ろす。
ソファから身体を起こした刹那が、れんを見た。
「高いんか、あれ?」
「売値は100万キャッシュですね」
「お、おぉ……」
刹那の視線がパルスシールドへ移った。
美咲も改めて手元を見下ろした。
高価なものだとは分かっていた。
それでも、完成品を手にした状態で金額を聞くと、少し落ち着かなくなる。
「それで、これ、誰が持つ?」
ナナが言った。
美咲は顔を上げた。
パルスシールドは一つ。
もう一つ作るには、費用も素材も集め直さなければならない。
気軽に手を出せる代物ではなかった。
素材は三人で集めた。
費用も出し合ったが、ナナとれんの負担の方が多い。
完成させることばかり考えていて、その後のことまでは決めていなかった。
ナナは、目の前の二人を交互に見た後、美咲に視線を止めた。
「美咲が持てば?」
「いやいや! 私は素材集めを手伝っただけですし! 費用だって、お二人の方が多く出してくださってますから」
「私だと速攻で売っぱらうけど、いい?」
「そ、それは……」
手元へ視線を落とす。
せっかく完成したばかりなのに。
まだ一度も、使ってすらいない。
美咲がれんを見ると、れんはあっさり頷いた。
「俺も、美咲さんでいいですよ」
「でも……」
「二人ともいいって言ってるんだから、いいの」
ナナが美咲の言葉を遮った。
それから、パルスシールドを指さす。
「大事にしなさいよ? 大金払ってるんだから」
美咲は二人の顔を交互に見た。
ナナは腕を組み直し、椅子に深く腰掛けた。
れんも答えを変えるつもりはなさそうだった。
パルスシールドを持つ手に、力がこもった。
「……ありがとうございます。大切にします」
「良かったな」
刹那の声に顔を向ける。
ソファの背へ腕を預けた刹那が、こちらを見ていた。
美咲は微笑んだ。
「はい」
手の中では、低い駆動音が続いていた。
美咲はそれを、そっと机へ戻した。
「それにしても、さすが刹那さん。美咲を連れながらエリア41を攻略とは、恐れ入りました」
ナナが感心したように言った。
れんも刹那へ顔を向ける。
「やっぱり刹那さんなら、余裕なんですか?」
「当然だろ。誰だと思ってんだよ」
「かっくいー!」
昨日の出来事を思い返し、美咲は苦笑した。
余裕、だっただろうか。
刹那がこちらを見たので、美咲も視線を返した。
刹那は何も言わず、顔を逸らした。
それよりも、一つ気になることがある。
「ナナさん。私を連れながらって言い方、ものすごく気になるんですけど」
「バカにはしてないよ?」
「そこまで言ってませんよ?」
「あ」
ナナはわざとらしく片手で口を覆った。
美咲は少しだけ身を乗り出した。
「ほらー! やっぱりそうじゃないですか!」
「ほんとだって!」
ナナが慌てて手を振った。
「私たち三人でも行きたくない場所に、二人で行ってきたのがすごいって話!」
「最初から、そう言ってください」
「伝わると思ったんだってば」
隣でれんが笑いを噛み殺していた。
「れんも笑ってないで、何か言ってよ」
「いや、今のはナナの言い方が……」
「あんたまで!」
美咲も、とうとう笑ってしまった。
その横で、刹那が口を開いた。
「そういや、れん」
れんが顔を向ける。
「お前、エリア41の敵って、どのくらい知ってる?」
「行くかもしれなかったので、一通りは調べましたけど」
「妙なアンドロイドがいたんだよ。腕が角みたいになってるやつ。心当たりあるか?」
美咲とナナはじゃれ合うのをやめ、れんを見た。
れんはすぐには答えなかった。
少し視線を落とし、考え込む。
「……いえ。その特徴は、覚えがないですね」
「でかくてな。斬っても、ろくに効いてる感じがしなかったんだよ」
「装甲が厚いんですか?」
「そういう感じじゃなかったかな」
昨日の戦闘を思い返しているのだろうか、刹那の眉が寄った。
美咲にも、あの感触はうまく説明できなかった。
撃っているのに、止まらない。
何をすれば倒せるのか、最後まで分からなかった。
「何それ、本当にアンドロイドなの?」
ナナが首を傾げた。
「見た目はな」
「個体認証は?」
「逃げることを優先したので、そこまではできていません」
美咲が答えると、ナナの視線が刹那へ移った。
「……余裕だったんじゃないんですか?」
「無傷で帰ってきただろ」
「まあ、そうですけど」
ナナはそれ以上追及しなかった。
れんが携帯端末を開く。
「少なくとも、俺が調べた範囲では見ていません。似た個体がいないか、もう少し探してみます」
「頼むわ」
刹那は短く答えると、続けて言った。
「あと、BCC。あいつらについて、何か知ってるか?」
「BCCですか?」
端末へ向かいかけていたれんの手が止まった。
「イオさんたちのところですよね。何かあったんですか?」
「エリア41の一部を封鎖してたんだよ」
「封鎖?」
ナナが聞き返す。
「ああ。危険だから入るな、の一点張りだ。何がいるのかも、まともに説明すらしない」
昨日、銃口を向けられたときのことが蘇る。
理由も分からず足止めされ、何を聞いても答えてくれなかった。
「それで、中に入ったらそいつがいた。あいつら、何か知ってんじゃねえのかなって」
「その後、助けてくださったのもBCCの方たちです」
美咲が付け加えた。
ナナがこちらを見た。
「じゃあ、本当に危ないから止めてたんじゃない?」
「それはそうなんだろうけどな。だったら、最初から説明すりゃいいだろ」
刹那がソファへ背中を預けた。
美咲は机の上へ目を向けた。
セラにも、理由があったのだろうか。
けれど、それをナナたちに聞いても、答えが出るとは思えなかった。
「気になるなら、情報クランにでも聞けばいいんじゃないです? 刹那さんなら、知り合いとかいますよね?」
ナナが言った。
「BCCが情報を漏らすとは思えないけどねぇ」
れんが端末を操作しながら呟いた。
「いることにはいるけど……できることなら、あいつらに借りは作りたくねえわ」
刹那は顔をしかめた。
心当たりはあるらしい。
ただ、その表情を見る限り、あまり頼りたい相手ではなさそうだった。
れんの指が、端末の画面を滑っていく。
美咲はパルスシールドへ触れた。
目的のものは完成した。
これを持って、また三人で素材を集めに行くこともできる。
それなのに、昨日の違和感はまだ胸に引っかかっていた。
そのとき、来訪者を知らせるブザーが鳴った。
美咲は顔を上げた。
ナナとれんも、入口へ視線を向ける。
「誰だ?」
刹那が立ち上がり、仮拠点入口を映し出しているモニターに向かった。
外に立っていた人物を見て、刹那の動きが止まった。
「……イオさん?」
その名前に、美咲も席を立った。
モニターを見ると、そこにはイオがいた。
そして、その隣にはなこ。
つい今しがたまで話題にしていた、BCCの二人。
美咲は思わず刹那を見た。
「珍しいですね。どうしたんですか?」
『少し、話があるんだ』
イオが答えた。
刹那は少し間を置いて、端末を操作した。
「……とりあえず、どうぞ」
『ありがとう』
すぐにロビーの扉が開いた。
イオが室内に入ってきた。
なこは軽く頭を下げた後、イオに続いた。
美咲は机の脇へ寄り、二人が通れるように場所を空けた。
イオは室内をゆっくり見渡した。
それから、ナナとれんに顔を向けた。
「すまないが、席を外してもらえないかな?」




