第5話 違和感
刹那の言葉に反応するように、アンドロイドの頭が持ち上がった。
錆びついた関節が軋み、曲がった両腕がだらりと垂れる。
頭部に顔らしきものはない。
それでも、見られている。
美咲がそう感じた直後、アンドロイドの巨体が沈み込んだ。
「来るぞ!」
刹那が前へ飛び出す。
次の瞬間、アンドロイドが地面を蹴った。
踏み砕かれた地面がひび割れる。
速い。
巨体に似合わない速度で迫ったアンドロイドが、角のようにひん曲がった右腕を勢いのまま振り下ろした。
刹那は上体を横に反らして、それをかわした。
振り下ろされた腕が、コンクリートの地面を大きく陥没させた。
砕けたコンクリート片が刹那へ降り注ぐ。
その衝撃で、離れた場所にいた美咲の足元まで大きく揺れた。
反撃のために踏み込んだ刹那の体勢が、大きく崩れた。
立て直す暇もなく、続けて左腕が横薙ぎに振られた。
「刹那さん! 続けて来ます!」
刹那は身体を屈めるが、わずかに遅い。
美咲はアンドロイドの膝を狙って引き金を絞った。
連続した銃声が響き、弾丸が関節へ集中する。
アンドロイドの体がわずかに傾き、横薙ぎに振られた左腕が刹那の頭上を通り過ぎた。
その隙を刹那は見逃さなかった。
刹那がアンドロイドの脇を駆け抜け、背中へ二本のナイフを滑らせた。
甲高い音と共に、赤い火花が散る。
刹那は後方へ跳び、距離を取った。
そして、確かめるように何度もナイフを握り直した。
アンドロイドは、地面へ振り下ろした右腕をゆっくり持ち上げた。
身体を反転させ、再び刹那を捉える。
一歩踏み出し、刹那との距離を大きく詰めた。
刹那が後ろに跳んだ。
また一歩。
お互いの距離は縮まらない。
刹那が一瞬背後に視線を向けた。
後方には建物。
これ以上は下がれない。
美咲はアンドロイドの背中に銃弾を浴びせた。
いくつもの火花が散ったが、巨体は美咲に見向きもしない。
刹那だけを追っている。
次の瞬間、アンドロイドが上体を倒した。
歪んだ腕一本で体を支え、獣のように刹那へ跳びかかる。
刹那は迫る巨体を横へかわした。
アンドロイドは壁へ激突し、外壁を大きく破壊した。
瓦礫が降り注ぐ中、何事もなかったように体を起こした。
「どんだけ硬いんだよ」
刹那の声から余裕が消えた。
二人の攻撃は確かに当たっている。
なのに、削ったはずの外装にも、撃ち込んだはずの関節にも、損傷らしい損傷が見当たらない。
ただ硬いだけではない。
そんな違和感が、美咲の身体を駆け巡った。
刹那はアンドロイドを視線で捉えたまま、跳ぶように駆け寄ってきた。
「美咲、下がるぞ!」
「はい!」
二人は建物から距離を取りながら、来た道へ走り出した。
「あ、あれ……き、傷一つ付いていませんよね」
美咲は呼吸を荒らげながら問いかけた。
「ああ」
刹那は走りながら、赤く発光するナイフへ一瞬だけ視線を落とした。
「こいつを使って、ダメージが入っている気がしないのは普通じゃない」
刹那が向きを変えても、アンドロイドはぴたりと背後に張りついてくる。
美咲が撃っても、グレネードを投げても、その足は止まらなかった。
「しつこいな、こいつ!」
「このままじゃ剥がせません!」
美咲はバッグへ手を入れ、EMPグレネードを掴んだ。
効くという保証はない。
それでも、これ以上追いつかれれば──。
「顔、逸らして!」
突然、女の声が響いた。
美咲は咄嗟にしゃがみ込み、顔を伏せた。
刹那は振り返り、自らアンドロイドとの距離を縮めた。
アンドロイドが刹那へ腕を振り下ろした。
刹那は半身になって避けると、地面へ突き刺さった腕を踏み台にして跳ぶ。
空中で後方へ一回転し、着地と同時に顔を背けた。
白い光が辺りを塗り潰す。
遅れて、腹に響く破裂音が鳴った。
アンドロイドが動きを止めた。
「クルツ! サボってたんだから仕事しろっ!」
その声に遅れて、美咲の横を風が駆け抜けた。
小柄な青年が、ショットガンを片手にアンドロイドへ向かっていく。
青年は走りながら銃床を肩につけ、頭部へ二発撃ち込んだ。
散弾を受けたアンドロイドの頭部が、青年へ向く。
「下がれよ。交代だってさ」
まるで他人事のような口調に、刹那は眉を寄せた。
「よく分からんけど、まかせた」
刹那は駆け戻ると、しゃがみ込んでいた美咲を抱え上げた。
「ちょ、刹那さん!? 走れます!」
「こっちの方が速いっての!」
刹那が美咲を抱えたまま走り出した。
「こっち!」
声のした方を見ると、曲がり角でセラが手招きしていた。
「セラさん!?」
「話はあと! 早く!」
刹那がセラの横を通り過ぎた直後、隣の通りから二人の男が飛び出してきた。
その背後から、見慣れた砲塔が姿を現す。
戦車型の機械生命体。
一人はそのまま反対側の路地へ走り去った。
もう一人が振り返って数発撃つと、戦車型は履帯を軋ませながら速度を上げた。
「おい、こっちだ!」
男がアンドロイドの元まで駆け込んでいく。
その男に向けられた砲塔が、轟音と共に砲弾を発射した。
クルツと男が着弾の直前で横へ飛び退いた。
砲弾が、腕を振り上げていたアンドロイドに直撃した。
爆煙が立ち上る。
その煙から、鉄が軋む音が聞こえてきた。
風が煙を運び、無傷のアンドロイドが姿を現した。
戦車型だけがアンドロイドの前へ取り残された。
頭部が、戦車型へ向く。
横へ飛び退いた男を追い、砲塔がゆっくりと旋回する。
アンドロイドの腕が、その側面へ突き刺さった。
厚い装甲がひしゃげ、耳障りな金属音が通りに響いた。
戦車型は反撃することなく、歪んだ両腕に引き裂かれていく。
それでも、砲塔は男に向こうとしていた。
「今のうちよ。走って!」
セラの声で、全員が一斉にその場を離れた。
建物を二つ通り過ぎ、細い路地を曲がり、さらに走る。
背後から金属を叩き潰す音が何度も聞こえた。
音が遠ざかったところで、セラが足を止める。
遅れてクルツと男が路地へ入り、別方向へ逃げていたもう一人も合流した。
《BCC》の四人。
そして、美咲と刹那。
誰一人欠けていないことを確かめたセラが、大きく息を吐いた。
刹那もようやく美咲を地面へ下ろした。
「助かりました。ありがとうございます」
美咲が頭を下げた。
セラは答えず、その隣に立つ刹那を睨んだ。
「迷惑かけるのやめてくれない?」
刹那が睨み返した。
「あ? そっちが勝手に手出してきたんだろ」
「あなたはいいでしょうね、強いから。でも、そっちの子は?」
セラは刹那の隣に立つ美咲を見た。
話の矛先が自分に来るとは思っていなかった美咲は、咄嗟に両手を振った。
「私は大丈夫です!」
「自分勝手に振り回してるんじゃないの?」
刹那の視線がさらに鋭くなった。
「お前が、私たちの何を知ってんだよ」
睨み合う二人。
その横から、間の抜けた声が聞こえてきた。
「なんでもいいけどよ。まだヘイト切れてないぞ」
クルツは両手を頭の後ろに回して、今通り抜けてきた道を見た。
セラが眉をひそめた。
「行くよ」
そう言い捨て、早足で歩き始めた。
その後を男二人が追いかける。
刹那は小さく舌を鳴らすと、歩き始めた。
「ま、嘘なんだけど」
美咲がクルツを見ると、彼は小さく肩をすくめ、歩き始めた。
《BCC》のメンバーのおかげで逃げ切ることはできた。
けれども、何一つ解決はしていなかった。




