第3話 通せんぼ
先ほどまでの張り詰めた空気は一変し、刹那は羨望の眼差しを向けられていた。
「お知り合いですか?」
美咲の言葉に、男が首を横に振った。
「いや! 俺らのことなんて刹那さんは知らないですよ」
「そうそう。こっちが勝手に知ってるだけなんで」
「この前の大会で初めて刹那さんのこと知って、決勝戦めっちゃ興奮しました」
「近接一本で戦う姿。パリィを正面から崩す度胸。バケモンみたいな攻防にシビレましたよ!」
男の一人がナイフを構える仕草をし、興奮気味に言った。
大会というワードに、美咲は「あー」と声を漏らした。
一ヶ月前。
刹那は、ARCADIAの宣伝のためにある個人大会に出場した。
最初は小さな大会だったが、気づけば有名プレイヤーが集う運営公認の大会に変貌していた。
公式配信。
実況解説。
巨大な大会用ドーム。
観客席を埋め尽くすほどの、数えきれないプレイヤー。
その中で刹那は激戦を勝ち抜き、見事優勝した。
刹那が望まない形で──
優勝から後日。
刹那が街に出ると、人だかりができた。
声をかけられ。
なぜか握手まで求められる。
一日で疲弊しきった刹那は、ついに仮拠点に三日間引きこもった。
それから大会の熱気もある程度落ち着き、以前ほど声をかけられなくなっていた。
美咲は、身振り手振りを交えながら熱心に感想を述べる二人を見つめた。
一ヶ月経った今も、こんなに熱心に語ってもらえるなんて。
あの大会の効果は絶大だったらしい。
美咲は、自分のことのように嬉しくなり微笑んだ。
やっぱり、刹那さんはすごいな。
そう思って隣を見ると、刹那は口を半開きにし、顔を歪めていた。
目の前の二人が刹那のファンかどうかはさておき、好意を向けてくれている人に対して、絶対にしてはいけない顔だった。
美咲は顔をひきつらせた。
こうなった刹那は、すべてが面倒になって喋らなくなる。
今は周囲に敵はいないが、いつ出てきてもおかしくはなかった。
いつまでも、ここで立ち話をしているわけにはいかない。
「あの、刹那さん。そろそろ」
美咲の声に、刹那の目に光が戻った。
「あ、あぁ。そうだな。盛り上がってるところ悪いんだけどさ、急いでるんで先に行くわ」
刹那が片手を上げて一歩踏み出すと、二人が喋るのをやめた。
「申し訳ないんですけど、ここは通せません」
刹那が立ち止まり、二人を見た。
「は? どういう意味だよ」
「現在、ここより先は調査のため封鎖中です。人を通すなと言われています」
「何の権利で、誰に?」
刹那の問いかけに、男たちは答えない。
ただ、男たちは銃口を下へ向けたまま、銃を構え直した。
刹那と美咲は顔を見合わせた。
「何の調査ですか?」
美咲が聞くが、二人は黙って首を横に振った。
これ以上、喋る気はないらしい。
刹那がさらに一歩踏み出すと、男の一人が銃口を向けた。
「お、おい! 流石に……」
もう一人の男が、慌てて制止の声を上げた。
刹那は向けられた銃口を見つめ、男の顔に視線を戻した。
「それを向けるってことは、覚悟はできてるんだろうな」
刹那の手が、腰のナイフポーチに伸びる。
「せ、刹那さん!」
このままでは、大変なことになる。
美咲は、ナイフに伸びる刹那の手を掴んだ。
「もちろんです。ですが、俺は瞬殺されると思います。なので、何も聞かずここは引いてください。お願いします」
銃口を上げた男は、刹那を見据えたまま静かに言った。
刹那は銃口を睨みつけたまま、ナイフの柄にそっと指を触れさせた。
それでも、男は銃口を下げなかった。
静寂。
「ちょっと、なにしてんの?」
張り詰めた空気に、落ち着いた、どこか中性的にも聞こえる声が飛んできた。
美咲は声のした方を見た。
視線の先には、灰色のトップスに黒い膝丈のスカート、黒のタクティカルジャケットを羽織った女性が立っていた。
女性は周囲を見渡すと、ゆっくり歩き出した。
高い位置で束ねた濃い青紫色のポニーテールは、毛先にウェーブがかかっており、歩くたびにふわりと揺れた。
「セラさん」
銃口を上げていた男が小さく呟いた。
セラと呼ばれた女性は男のもとまで歩み寄ると、銃口を手で軽く押し下げた。
「発砲許可なんか聞いてないけど」
「いや。撃つ気なんて……」
「ほんと? トリガーに指、かかってるよ」
「それは……」
「まあいいや」
セラは小さく息を吐き、振り返った。
焦げ茶色の瞳が美咲を見つめた。
次に刹那へ視線を移し、つま先から頭までゆっくり眺めた。
「聞いたでしょ、これより先には行けないの。諦めてくれない?」
落ち着いているが、どこか棘のある声。
その棘が誰に対するものなのか、美咲には分からなかった。
「あのさ、何の権利で諦めろって言ってんのか聞きたいんだよ。運営ならまだしも、お前らただのプレイヤーだろ?」
目の前の三人が気に食わないのか、刹那の口調は強くなっていた。
セラはそんな刹那から視線を逸らさなかった。
「あなた、刹那さんよね」
「だったら何だよ」
「なら知ってるはずね。私たちはBCCのメンバーよ」
BCC。
そのワードに美咲は、ガスマスクの男性と、オーバーポンチョを羽織った女性の顔を思い浮かべた。
刹那が優勝した大会に出場していた二人。
イオとなこ。
その二人も、BCCのメンバーだった覚えがあった。
イオとは古い友人だと、刹那は言っていた。
目の前の三人も同じクランのメンバー。
どうして。
美咲の頭に、いくつかの疑問が浮かぶ。
けれども、この状況では何一つわからなかった。
「で? だからなんだよ」
刹那が言葉を吐き捨てる。
「せ、刹那さん!」
美咲が刹那のジャケットの裾を引くが、刹那は黙らなかった。
「こっちは銃口まで向けられてるんだけど。大手クラン様の言うことは、黙って聞けって言いたいのか?」
セラは視線を後ろに向けた。
先ほどまで銃口を上げていた男が、気まずそうに視線を逸らした。
「それはごめんなさい。でも、この先は今危険なの、言うことを聞いて」
堂々巡り。
刹那が小さく舌を鳴らした。
「刹那さん。私は別に今日じゃなくてもいいので、この方たちの目的がすんだ後日にしましょう」
刹那は美咲に視線を向けた後、セラへ向き直り、見せつけるように大きく息を吐いた。
「……その調査とやらは、いつ終わるんだ」
セラは口元に指を当て、少しの間を置いてから答えた。
「言えない」
「え?」
予想外の返答に、美咲は声を漏らした。
「明日終わるかも……いや、それは絶対にありえないな……明後日。ううん、当分終わらないかもしれないし……」
セラは指を当てたまま、独り言のように呟いた。
「わからないって言った方が正しいかも」
「じゃあ待てない。美咲、行くぞ」
即答。
これ以上は話すことがないとばかりに、刹那が歩き始めた。
美咲は遠ざかる刹那の背中とセラを交互に見てから、三人に頭を下げた。
「ごめんなさい」
そう言って、刹那の後を追いかけた。
────────
BCCの三人は、遠ざかる二人を見つめていた。
その姿が見えなくなったところで、男の一人が口を開いた。
「セラ、大丈夫か?」
「勝手にさせとけばいいんじゃない。こっちは忠告はしたし。今はクルツが監視してるから、あれには近づけない。一応ハルさんとクルツに報告はするけど」
「いや、そうじゃなくて」
男は怪訝そうにセラを見ていた。
「なに?」
「なんかお前機嫌悪いなって」
「は? 別に普通だって」
セラはそう言い捨てると、二人から離れていった。
「ていうか、交代だから。お願いね」
二人の男は、どこか納得のいかない表情を浮かべたまま視線を交え、その場を離れた。




