第2話 待つ者たち
刹那の言葉に、美咲も屋上の縁に移動した。
「どこですか?」
「あの交差点の先。四百メートルくらい」
刹那が指した先に、美咲も目を凝らす。
崩れた建物の合間。
そこに、何かが立っていた。
「……何か、いますね」
「人に見える」
「プレイヤーの方でしょうか?」
「いや、わからん」
美咲はさらに目を細めた。
けれども、建物の合間に立つ影が、人なのか、人型の機械生命体なのかまでは分からなかった。
「あっ」
美咲は何かを思い出し、バッグを地面に下ろした。
「どうした?」
「そういえば、これを持ってきてました」
バッグの中を漁り、カスタム用の三倍スコープを取り出した。
いざというときの索敵用として、用意していたものだ。
美咲は屋上の縁にある手すりへ肘をつき、スコープを目元に当てた。
「準備いいな」
「私も、今の今まで忘れてましたけどね」
美咲はそう言い、先ほどと同じ方角へスコープを向け、焦点を合わせた。
レンズ越しの影が、徐々に輪郭を現していく。
影の正体は、一人の男性プレイヤーだった。
黒と灰色のタクティカルスーツに身を包み、アサルトライフルを手にしていた。
しきりに周囲を見回し、何かを警戒しているようだった。
「プレイヤーの方みたいです。アサルトライフルを持っています。周囲を警戒しているようですね」
美咲はスコープを目に当てたまま言った。
「一人か?」
美咲は男からスコープをずらし、周囲を見回した。
左右の建物の中。
瓦礫の陰。
交差点の先。
「……見えるのは一人だけです」
「サンキュ。もう大丈夫」
美咲はスコープを目元から外し、顔を上げた。
「どうしましょう」
「向こうの目的や正確な人数が分からない限り、接敵はしたくないな」
「別ルートから行きますか?」
美咲は端末の画面にマップを表示させ、中心部までのルートを確認した。
中心部に向かうルートは二つ。
一つは、プレイヤーがいる交差点をまっすぐ進むルート。
もう一つは、外周を回り、反対側から中心部へ向かうルート。
そちらへ向かうには、ここまで来た距離の三倍近くを移動しなければならなかった。
隠れ。
潜み。
やり過ごす。
ここに来るだけでも、かなりの時間と神経を消費した。
それを、三倍。
美咲が苦い顔をすると、刹那が小さく笑った。
「そりゃそんな顔にもなるわ。私も反対側になんていきたくないな」
「じゃあ、ドローンを飛ばして情報だけでも──」
「いや、それは無し」
美咲が言い終わるより先に、刹那が言葉を被せた。
「私たちはここまで一発も撃ってない。向こうは、まだこっちに気づいていない可能性が高い」
「あっ、そっか」
「例えば、美咲が一人で探索してて、飛んできたドローンに気づいたらどう思う?」
「えっと……近くに誰かいるのかなって思いますね」
「正解」
刹那が指を立て、美咲に向けた。
「わざわざ、近くに誰かいるって教える必要はないだろ」
「確かに」
「今、どっちが有利なのか。何をすればその差は縮まるのか。それを考えるといいぞ」
そこまで気が回らなかった。
ドローンなら、安全に周囲の情報を確認できると思っていた。
けれどもそうじゃない。
安全だと思ってる行動が、捉え方次第では危険にもなる。
刹那はそこまで考えていた。
「ほぇ……」
美咲が感嘆の息を漏らすと、刹那は眉根を寄せた。
「なんだよその目」
「いえ、流石だなって。戦闘の事になると別人みたいになりますよね」
「馬鹿にしてんのか?」
「褒めてます! 褒めてます!」
「ったく」
刹那は不服そうに目を細めた。
「じゃあ、どうしましょう」
「少しリスクはあるけど、声が聞こえる場所まで近づく」
「私は、何かあったときのために、ここで待機してますか?」
「そうだな……」
刹那は周囲に視線を巡らした。
「いや。ここに一人で残すほうが危険だ。一緒に来い」
「分かりました」
「相手がプレイヤーを狙ってるようなら、即撤退。いいな?」
「はい」
二人はすぐさま階段を下り、男がいた交差点へ向けて移動を始めた。
刹那はタクティカルナイフを抜き、ついてくるよう美咲に手で合図した。
見晴らしのいい道路は避けて、建物の内部を通り抜けていった。
移動の最中、美咲の頭にふと疑問が浮かんだ。
「あの、モーションセンサーが仕掛けられてたらどうするんですか?」
美咲は小声で問いかけた。
刹那の足が一瞬止まる。
そして、すぐにまた歩き始めた。
「刹那さん?」
刹那は少し間を置いて、口を開いた。
「持続時間は無限じゃないし、大丈夫だろ」
「でも、仕掛けた時間はわかりませんよね?」
また沈黙。
「あの」
「しっ」
刹那が立ち止まった。
曲がり角。
壁を隔てた向こう側から足音が聞こえてきた。
そして、男の声。
しかも、一人ではない。
「お疲れ。どうよ?」
「今のところ反応なし。向こうはクルツとセラが見張ってる」
「セラさんは、なんて?」
「とりあえず、時間が来るまでは交代で見張るってさ」
「継続ってわけね。それにしても、みんな気にしすぎじゃね」
「ハルさんの提案だし、断れないだろ」
「このエリア、プレイヤーにも狙われるから嫌なんだけど」
「大丈夫だって。ここ、めったに人なんか来ないんだから」
「それでも怖くね? はぁ……せっかくなら、セラさんとペアがよかったなー。最悪、クルツでもいいけど」
「ふざけんな。俺だってお前となんか嫌だよ。撃たれたら、お前を盾にしてやる」
聞こえてきた声は、思ったより和やかだった。
刹那が美咲に視線を向け、指を四本立てた。
少なくとも四人。
美咲が頷く。
話の全容はつかめないが、少なくともプレイヤーを狙って待ち伏せている集団ではなさそうだった。
「どうしますか?」
「出るぞ」
「え?」
「このまま隠れて中心部に入っても、残りのメンバーの位置がわからない以上、見つかった時に面倒になる。少なくとも、プレイヤーを狩る目的じゃなさそうだしな」
「でも、いきなり出て大丈夫でしょうか」
「先に声をかける。安全を確保するまで、お前は出てくるなよ」
刹那は手に持っていたタクティカルナイフをしまった。
美咲もSMGの銃口を下げた。
美咲が準備を終えたことを確認してから、刹那は壁の向こうに声を投げた。
「なあ! 楽しそうだな!」
それまで続いていた雑談が、ぴたりと止まった。
「撃つなよ。こっちは二人だ。敵意はない」
沈黙が落ちる。
「武器を下ろしたまま、ゆっくり出てこい」
男が言った。
刹那は頷き、建物の角から身を晒した。
二人の男は、引き金に指をかけたまま、刹那に銃口を向け続けていた。
一人の男が銃口を、美咲の隠れる建物の角に向けた。
「もう一人はどうした」
「あんた達が撃ってくるかもしれないだろ。心配すんなって、安全だと分かるまでそこにいるだけだから」
「……信用できない」
「こっちのセリフだよ」
刹那が目を細め、前方を睨みつけた。
もう一人の男が刹那を見つめ、眉を上げた。
「なあ。あれって……」
隣の男に何かを囁いたあと、二人は確かめるように刹那の顔を見つめた。
やがて互いに頷き、銃口を下げた。
「刹那さんですよね?」
見知らぬ男の口から、刹那の名前が出てきた。
美咲が建物の陰から様子を窺うと、刹那は眉をひそめ、首を傾げていた。




