第1話 頼る相手
「で、なんで私なんだよ」
前を歩く刹那が、足を止めることなく美咲へ顔を向けた。
ナナとれんから、エリア41について聞いた翌日。
美咲はログインしてきた刹那に予定がないことを確認し、安定器の回収について相談した。
ナナやれんが行くことをためらうマップなら、刹那も断るかもしれない。
けれど、刹那は二つ返事で了承した。
その後は刹那に急かされるまま準備を済ませ、二人は急遽エリア41へ向かった。
「刹那さんなら、快く引き受けてくれるかなぁって」
美咲の言葉に、刹那は美咲をいぶかしげに見つめると、顔を前へ戻した。
「たまにはアリスにも頼めよ」
「ア、アリスさんにですか?」
「何かあると毎回私だろ」
刹那にそう言われ、美咲はここ数ヶ月間のことを思い返した。
たしかに、刹那の言う通りだった。
美咲は、なにか困ったことがあれば最初に刹那の元に行く。
そのたび、刹那は一瞬、苦い顔をする。
それでも、最後には必ず付き合ってくれた。
アリスに相談するのが嫌なわけじゃない。
ただ、美咲はそんな刹那に甘えてしまっていた。
「……ごめんなさい」
美咲が謝ると、刹那は足を止めて振り返った。
美咲もつられて立ち止まった。
「は?」
刹那が間の抜けた声を上げた。
「え?」
それにつられて、美咲も声を漏らした。
「なんで謝るんだよ」
美咲は視線を落とすと、手元の銃を撫でる。
このまま甘えていては、いつか呆れられてしまう。
「えっと、刹那さんに甘えてばかりだったなって……。今後は、なるべく自分で何とか……します」
最後の言葉は、木々のさざめきに負けるほど小さかった。
美咲が肩を落としていると、刹那が小さく息を吐いた。
「別に、頼るのはいいんだよ」
美咲が顔を上げる。
「いいんですか?」
「いや、よくねーけど」
「……どっちなんですか」
刹那は言葉を探すように間を置き、再び口を開いた。
「なんでアリスには頼みごとしないんだよ」
そう聞かれると、美咲は返答に困った。
怖いわけでも、もちろん嫌いなわけでもない。
では、なぜ頼まないのか。
美咲は考えた末、ゆっくりと口を開いた。
「いつも、忙しそう……だから?」
刹那の口元が歪んだ。
「あ? 私は暇そうだから言いやすいって意味か?」
そんなことは言っていない。
少しは思っていたけれど。
「違います! 違います!」
美咲は慌てて首を横に振った。
「あいつも暇そうにしてるときあるだろ」
「ありますか?」
「紅茶飲んでるときとか、暇そうだろ」
仮拠点のロビーで、背筋を伸ばし、静かに紅茶を飲むアリスを思い浮かべた。
その時のアリスは、話しかけるなと言わんばかりの圧を放っている。
そんな気がする。
「その時は、なおさら話しかけづらいといいますか……」
「なんだそれ」
呆れ気味に刹那が言った。
「ちなみに、刹那さんだけですからね! 紅茶を飲んでるアリスさんに、平然と話しかけるの!」
「ナナもそうだろ」
「いえ、ナナさんも話しかけませんよ」
「まじ?」
美咲は力強く頷いた。
「ちなみに、あいつはなんか言ってるのか?」
「言ってはないですけど……。話しかけてるときのアリスさん、光のない眼で刹那さんを見つめてますよ」
刹那の顔が一瞬ひきつった。
「聞かなかったことにするわ」
刹那は背を向けて歩き始めた。
頼るのはいい。
先ほどの言葉を思い返し、美咲は口元を緩めた。
そして、何かをぶつぶつ呟く刹那の背中を、美咲もすぐに追いかけた。
二人は森林を抜け、荒野を進んだ。
やがて、視線の先に巨大な都市が姿を現した。
先ほどまでの穏やかな空気が消え、美咲は息を飲んだ。
「目当ての物ってドロップ品だっけか?」
「いえ、固定湧きみたいです。電子機器の制御装置から回収できるって、ログにありました」
美咲は携帯端末を取り出すと、【位相安定制御核】の目撃ログを画面に表示した。
「目撃された場所は、複数あるみたいですね」
刹那がその画面を覗いた。
「じゃあ、戦闘は必要最低限だな。見つからずに回収して、とんずらこく。いいな?」
「え? あ、はい」
あの刹那が、戦闘を避けることを優先した。
美咲には、それが意外だった。
けれど、だからこそ、この場所がどれだけ危険なのか理解できた。
「いくぞ」
刹那が歩き出した。
美咲はバッグから通信用のヘッドセットを取り出し、耳に装着した。
二人は、荒廃した都市へ足を踏み入れた。
地面を覆うコンクリートには亀裂が走り、いくつもの建物が崩壊していた。
進路を示す看板は、何もない壁へ向けて傾いていた。
道路に放置された車は、あらぬ方向へ向いていた。
それでも、崩壊の跡はどれもまだ新しい。
人が減ったというより、無理やり追い出された。
美咲には、そう思えた。
まず、二人は目の前のオフィスビルに入り、内部へ視線を滑らせた。
広いロビー。
敵影はない。
美咲は足元にモーションセンサーを設置した。
短い駆動音と共に、周辺の動体反応を探り始める。
反応はない。
刹那は出入り口から外を窺い、隣の建物へ滑り込んだ。
『いいぞ』
刹那の声が、ヘッドセット越しに届いた。
美咲も周囲を確認してから、刹那が入った建物へ駆け出した。
それを数回繰り返し、二人は最初の候補地点を目指した。
しばらくして、ログに記録された建物が見えてきた。
「あれか」
美咲は端末のマップと周囲を見比べ、頷いた。
「はい。目の前の建物です」
刹那が走り出し、建物に入ってから数十秒。
『クリアだな』
美咲も走り出そうとした時、足元が揺れた。
『ストップ』
遠くから、かすかに聞こえてくる駆動音。
コンクリートを踏み鳴らすような音が徐々に近づき、地響きが大きくなっていった。
美咲が扉から顔を覗かせると、巨大な戦車型の機械生命体が道路を進んでいた。
その後ろには、隊列を組むように数体の人型エネミーが続いている。
どれも三メートルを優に超える中型だった。
美咲が潜む建物の前で戦車型が止まり、砲塔を回転させた。
美咲は咄嗟に頭を下げ、息を飲んだ。
低い駆動音だけが、耳に張り付く。
息を殺した数秒が、ひどく長く感じられた。
やがて、敵の集団は地響きと駆動音を引き連れ、遠ざかっていった。
「ふぅ……」
美咲は息を吐き、刹那のもとに向かった。
建物の中に入った二人は、目に入る電子機器を片っ端からこじ開け、内部をくまなく調べた。
だが、安定器は見つからなかった。
すぐさま次の候補へ向かったが、二棟目にも安定器はなかった。
残る候補と周囲の状況を確認するため、二人は屋上へ向かった。
「これ以上先に行くと、中心部か」
刹那が額に手を当て、先の建物に視線を向けた。
目撃ログに記録された候補は、残り三棟。
そのすべてが、都市の中心部に固まっていた。
「私でも大丈夫ですかね」
中心部へ近づくほど、敵の数は多くなるはずだ。
不安を覚えた美咲は、思わず呟いた。
「普段より敵がいないから、大丈夫だろ」
「普段はもっといるんですか?」
「本来なら、数分に一回見かける程度じゃ済まないはずだな。まあ、もう少しだし──」
刹那の声が途切れた。
美咲が端末の画面から顔を上げると、刹那は目を細め、遠くを見つめていた。
「どうかしました?」
刹那は答えず、ただ一点を見つめている。
「刹那さん?」
「誰かいる」




