エピローグ 勝利の置き場所
大会から、三日。
熱は、まだ冷めていなかった。
SNSも、匿名掲示板も、動画サイトも──まるで同じ波を共有しているかのように、あの日の試合の話題で埋まっている。
PVPランキング圏外から優勝を掴み取った、《ARCADIA》所属の刹那。
名実ともに大会の顔となった彼女は、大会が終わって以来、一歩も仮拠点から出ていなかった。
街へ出れば、刹那を一目見ようとするプレイヤーたちに囲まれるのは目に見えていた。
「いい加減、外に出たらどうなの? 一日中そこに居られるのも、正直迷惑なのだけれど」
アリスは紅茶を口にしながら、目の前の優勝者──現・引きこもりへ冷ややかな視線を送った。
「んー……あー」
ソファへ深く沈み込み、天井を眺めていた刹那から返ってきたのは、魂の抜けたような声だけだった。
刹那はこの三日間、ずっと同じ調子だった。
生返事の種類は、「んー」と「あー」の二つしかない。
「……聞いているのかしら?」
「んー? あー」
アリスは無言でティーカップを置いて立ち上がると、腰のホルスターへ手を伸ばした。
「ちょ、ちょっとちょっと! アリスさん! シャレになりませんって!」
美咲が慌てて二人の間へ入る。
「邪魔をしないで。私は今、このナマケモノを叩き直さないといけないのよ」
「いやいやいや! 叩き直すんじゃなくて、撃ち殺すつもりですよね!?」
「……冗談よ」
アリスはホルスターから手を離し、何事もなかったように椅子へ戻った。
「絶対、本気だった……」
美咲は顔を青くしながら呟いた。
「でも、仕方ないですよ。外へ出れば、大勢に囲まれてしまいますし。少しくらい、そっとしておいてあげましょう」
「そう言って三日よ。気の長い私にも、限界というものがあるわ」
「気が長い……?」
美咲が眉をひそめ、首を傾げる。
アリスが無言で美咲に視線を向けた。
「いえ、なんでもありません!」
そんな平和な空気をかき乱すように、仮拠点の呼び出し音が鳴った。
「……大人しくしていてくださいね!」
美咲はアリスへ釘を刺し、玄関へ向かった。
数分後。
美咲が大きな段ボール箱と、一通の封筒を抱えて戻ってきた。
「刹那さん宛て、だそうです」
アリスが箱の側面に記された発送元を確認する。
「大会運営からね」
「あっ!」
美咲が端末へ届いていた通知を開いた。
「優勝報酬ですよ! 賞金とクラフトポーチです!」
「……そんなものもあったわね」
アリスは興味なさげに答えた。
「刹那さーん! 優勝報酬ですよー!」
美咲が声をかけると、虚空を見つめていた刹那が跳ね起きた。
「忘れてた!」
刹那は美咲から封筒と箱を受け取り、乱雑に封を開けた。
封筒の中には、百万キャッシュ。
箱の中には、白いエナメル調の小さなクラフトポーチが収められていた。
その外側には、小さな花の刺繍が施されている。
「ん? 三十万だったよな。優勝賞金、多くね?」
刹那はキャッシュの入った封筒を、アリスへ放った。
受け取ったアリスが、表示された金額に目を落とす。
「口止め料ってところかしら」
刹那の眉が、わずかに寄った。
けれど、刹那は何も言わず、アリスが封筒を共有金庫へ持っていくのを見送った。
残されたポーチに、美咲が目を輝かせる。
「わぁ……やっぱり可愛いですね!」
「ほら」
刹那はポーチを持ち上げ、美咲へ差し出した。
「え?」
「私がこういう可愛い系、使うと思うか?」
「いやいや、もらえませんよ!」
「私がいいって言ってるんだから、素直に受け取れよ」
「じゃあ、売ってクラン資金にしましょう!」
「お前、それ結構最低だぞ?」
「えぇー!」
そんなやり取りをしている間に、アリスが戻ってきた。
「じゃあ、アリスさんに!」
「私はクラフトなんてやらないわ」
きっぱりと断られ、美咲は行き場を失ったポーチを見下ろした。
「一番有効に使えるのは……美咲、お前だよ」
刹那が、もう一度ポーチを差し出す。
その小さなポーチが、美咲には妙に重く感じられた。
美咲はしばらく迷ったあと、それを両手で大切そうに抱き締める。
「……ありがとうございます!」
「ああ」
刹那は、ようやく少しだけ笑った。
「てか、なんでわざわざ箱で送ってくるんだよ。インベントリに直接入れろよ」
「こっちのほうが、実感が湧きませんか? 優勝したぞー! って」
刹那は眉をひそめ、しばらく黙った。
「いや、全然」
「そ、そうですか」
美咲は苦笑いを浮かべ、壁際の棚へ向かった。
クラフトポーチをそこへ置くと、満足そうに頷く。
「だから、お前が使えって」
「これが私の使い方なんですから、いいんです」
美咲は棚から離れ、元の椅子へ腰を下ろした。
「まっ……お前がいいなら、それでいいわ」
刹那が小さく笑う。
棚に置かれた白いクラフトポーチ。
その隣には、表彰式で受け取った小ぶりなトロフィー。
そして、トロフィーには小さな銀のドッグタグが掛けられていた。




