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第48話 最短の答え

 道路の脇に、捨てられたアサルトライフル。


 もう、あの銃口を警戒する必要はない。


 残るのは、太郎の右手にあるリボルバーと、左手のナイフ。


 刹那は血に濡れた左手を開いた。


 止血材から溢れた血が、指先まで伝っている。


 痛みはない。


 だが、呼吸はさっきから整わなかった。


 薬が効いている間に、終わらせる。


 これ以上、出し惜しみする理由はない。


 刹那は腰のナイフポーチへ左手を伸ばした。


 もう一本のナイフを引き抜く。


 両手の刃を逆手に構えると、太郎の視線がわずかに動いた。


 左手の刃を見て、刹那の顔へ戻ってくる。


 その口元には、まだ笑みが残っていた。


 一本目を弾かれても、そこで止まらなければいい。


 白い訓練室で、ボット君に通した連撃。


 弾かれた腕を戻すより先に、もう一本を必ず通す。


 刹那は地面を蹴った。


 太郎がナイフを前へ出す。


 刹那の右手が、その脇を抜けて喉元へ走った。


 太郎はナイフを動かさなかった。


 上体を引き、刃をかわす。


 刹那は右腕を戻さず、そのまま横へ踏み込んだ。


 身体を沈め、左の刃を走らせた。


 太郎が斜め後ろへ足を逃がした。


 二本目も、首筋のすぐ前を通り抜ける。


 右手のリボルバーが動いた。


 刹那は銃口が向くより先に、太郎の側面へ跳んだ。


 発砲。


 着地と同時に、弾丸が背後を抜けた。


 太郎が振り返る。


 目が合った。


 二本とも避けたか。


 刹那は息を吐き、すぐに踏み込み直した。


 右の刃を、再び喉元へ。


 太郎は顎を引き、首を捻ってかわす。


 そこへ、左。


 太郎のナイフが、わずかに遅れて下から持ち上がった。


 狙いは二撃目か。


 刹那は身体をさらに沈めた。


 迎えに来た刃の先を、左手のナイフが抜ける。


 袖が裂けた。


 太郎の左前腕に、細い赤い線が走る。


 傷は浅い。


 それでも、届いた。


 ──いける。


 太郎が右肘を開く。


 胸元のリボルバーがこちらを向ききる前に、刹那は外へ跳んだ。


 太郎は追ってこない。


 左腕を戻し、ナイフを構え直す。


 その切っ先が、先ほどより低い。


 刹那は血で滑りかけた柄を握り直した。


 今度こそ、抜く。


 三度目の踏み込み。


 右手の刃が届くより早く、太郎の左腕が動いた。


 硬い音が鳴る。


 刃の腹を擦られ、右手がわずかに外へ流れた。


 だが、跳ね上げられてはいない。


 刹那はそのまま左手を走らせる。


 太郎が肩を引いた。


 切っ先は襟元を掠め、布を浅く裂くだけに終わる。


 刹那はそれ以上踏み込まず、横へ抜けた。


 早くなっている。


 さっきまで二本目を追っていた刃が、今は一本目に触れた。


 こちらの連撃に、合わせてきている。


 刹那は短く息を吸った。


 まだ、抜ける。


 合わせきられる前に、終わらせる。


 太郎が構え直したのを見て、刹那は地面を蹴った。


 距離を潰す。


 右手の刃が、喉元へ迫る。


 太郎の左手が、その下へ入った。


 金属音。


 右腕が、肩ごと跳ね上がった。


 あの衝撃。


 パリィ。


 視界の下端で、黒い銃口が光った。


 銃声が響く。


 腹の奥を、何かに押された。


 それでも、踏み込んだ足は止まらなかった。


 刹那は右腕を戻そうとしない。


 弾かれた勢いに身体を乗せ、横へ沈める。


 太郎の左腕は、まだ上へ流れていた。


 その下を、刹那の左手が抜ける。


 二撃目。


 太郎の目が、わずかに開いた。


 リボルバーを握った右手が、喉を隠すように跳ね上がる。


 刃が銃身を叩いた。


 刹那は止めずに、振り抜いた。


 黒い銃が、太郎の指から抜ける。


 斜め後方へ飛び、路面を二度跳ねた。


 直後、太郎の左腕が戻ってくる。


 刹那の顔へ、切っ先が迫った。


 上体を反らす。


 鼻先を刃が通り過ぎると同時に、刹那は地面を蹴り返した。


 数歩分の距離が開く。


 太郎の視線が、落ちたリボルバーへ一度だけ向いた。


 すぐに戻る。


 空になった右手を軽く開く。


 刹那を見つめる太郎の眉が、わずかに寄った。


 それでも、左手のナイフを構え直した。


 刹那は荒く息を吐いた。


 潰した。


 残るのは、ナイフだけだ。


 これなら、五分以上でやれる。


 そう思った時だった。


 口元を、何かが伝う。


 刹那はそれを手の甲で拭った。


 血。


 視界の端で、赤い光が点滅した。


 腕のバイタルデバイス。


 総合状態は、〈緊急〉。


 刹那は視線を落とした。


 腹部の生地に、小さな穴が開いている。


 そこから溢れた血が、黒いスーツを濡らしていた。


 さっきの銃声。


 腹を押された、あの感覚。


 撃たれていた。


 痛みはない。


 ただ、心臓の鼓動に合わせて、銃創の奥が脈打っていた。


 まずい。


 靴底が路面を擦る音。


 刹那が顔を上げた。


 太郎が、踏み込んでいた。


 左手の刃が、首筋へ走る。


 刹那は右のナイフで受け、外へ流した。


 太郎がさらに足を詰める。


 戻ってくる刃を、今度は左で受けた。


 衝撃が腕へ抜ける。


 治療どころか、傷を確かめる時間もない。


 刹那は太郎の腕の下へ、右の刃を差し込んだ。


 太郎の肩が引かれる。


 刹那は追った。


 右手を引くより先に、左。


 かわされた切っ先を戻しながら、もう一歩踏み込む。


 今度は右。


 太郎のナイフがそれを受け止めた。


 刹那は刃を押しつけたまま、左手を走らせる。


 太郎が、後ろへ跳んだ。


 胸元の生地が裂ける。


 刹那の足が、また前へ出る。


 太郎は下がった。


 一歩。


 さらに、一歩。


 息が熱い。


 腹の奥で、拍動が続いている。


 それでも、刃は振れる。


 この距離なら、押せる。


 刹那が右手を引いた時、太郎の足が止まった。


 左肩が前へ出る。


 ナイフの切っ先が、わずかに下がった。


 刹那は踏み込みを止めた。


 太郎は追ってこなかった。


 構えたまま、刹那を見ている。


 また、それかよ。


 ナイフを握る指に、力がこもった。


 銃は潰した。


 攻めてきた太郎も、押し返せた。


 それでも、あのパリィが残っている。


 自分から崩しに行かなければならないのは、変わらなかった。


 太郎は待っていればいい。


 こちらの足が止まるまで。


 刹那は短く息を吐いた。


 一度、引くか。


 建物の中へ入って、止血を。


 視線を横へ走らせる。


 近くの入口まで、遮るものはない。


 今の身体で、追ってくる太郎を振り切れるのか。


 駄目だ。


 投擲物。


 ポーチから取り出して、投げる。


 その間、二本の刃はどうする。


 手を離せば、詰められる。


 リボルバー。


 太郎の向こう側に落ちている。


 拾いに行くには、あいつを越えなければならない。


 間に合わない。


 腹部の濡れた範囲が、また広がった。


 喉の奥に血が込み上げ、咳とともに吐き出された。


 その血が顎を伝い、路面へ落ちる。


 どうする。


 左腕が、わずかに疼いた。


 止血材の下。


 消えていたはずの痛みが、薄く戻り始めている。


 どうする。


 薬が切れたら、もう動けない。


 その前に、決めなければ。


 どうする。


 刹那は右の拳を持ち上げた。


 ナイフを逆手に握ったまま、こめかみへ一度打ちつける。


 大きく、息を吐いた。


 ごちゃごちゃ考えるな。


 私は、あいつみたいに頭が切れるほうじゃない。


 刹那は顔を上げた。


 太郎を、睨みつける。


 得意なことを、真っ直ぐぶつける。


 最短で。


 真っ直ぐに。


 刹那は、太郎に背を向けた。


 数歩、道路を戻る。


 襲ってくるとは、思っていない。


 太郎は、待っている。


 刹那が、次に何をするのかを。


 刹那は足を止め、振り返った。


 太郎は同じ場所に立っていた。


 刹那を見据えたまま、口元を緩める。


「考えは、まとまりました?」


「ああ。待たせて悪かったな」


 刹那は、低く腰を落とした。


 左の刃を身体へ寄せ、右の刃を前へ構える。


 踏み出す先には、何もない。


 太郎まで、一直線だった。


「いえ」


 太郎が左肩を刹那へ向けた。


 後ろの足を引き、路面を踏みしめる。


 左手のナイフが、静かに構えられた。


「いつでもどうぞ」


 刹那は、長く息を吐いた。


 腹の奥で、また一つ脈が打つ。


 吐き切る。


 地面を蹴った。


 一歩。


 次の一歩で、さらに速度を上げる。


 左右の建物が、視界の端へ流れた。


 太郎は動かない。


 構えたナイフだけが、こちらを待っている。


 狙う先は、最初から同じだった。


 喉元。


 一撃で、終わらせる。


 刹那は右手を走らせた。


 太郎の左腕が動く。


 迷いのない刃が、こちらの切っ先へ向かってくる。


 二つの刃が、触れ合う寸前。


 視界が、赤く染まった。


【速度情報に同期誤差を検出しました】


【位置情報を再同期します】


 踏み込んだ右足が、路面へ縫いつけられたように止まる。


 全身の動きが、そこで途切れた。


 太郎のナイフが、切っ先のすぐ前で空を切った。


 次の瞬間、足が動く。


 崩れた姿勢を、戻せなかった。


 右手は、伸ばしたままだった。


 太郎の胸元へ、倒れ込む。


 二人の身体が重なった。


 刹那のナイフは、太郎の喉元に突き立っていた。


 刹那は顔を上げた。


 目が、大きく開く。


 驚きとも、困惑ともつかない表情が浮かんだ。


 唇がわずかに開いたが、声は出なかった。


 右手の指が、ほどける。


 ナイフを残したまま、太郎の身体がゆっくりと後ろへ倒れた。


《WINNER:刹那》

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