第14話 見えない追跡者
フィールドの空気は、湿っていた。
衰退した街の片隅。
風が抜けた音が、割れたガラスの破片を転がす。
コンクリートは黒く焼け、壁には赤茶けた錆が残る。
美咲は、その中を歩いていた。
「……未踏破エリア、っと」
呟いた声は、装備品の金属に反響してほとんど聞こえなかった。
手にはMP-5、指は緊張でやや硬い。
美咲は目を左右に動かしながら、1本ずつ通りを抜け、角を曲がる。
何もいないことを確認してから、次の角へ。
──いた。
目の前の路地裏に、Typ:αが佇んでいた。
細く長い腕、鈍重な歩行、金属音の擦れるノイズ。
「まだ、バレてない……よし」
美咲は銃を構えると、照準を胴体に合わせる。
確実に。
パンッ。
銃声を合図に、Typ:αが振り向き、こちらにゆっくり向かってきた。
美咲は建物の角まで行くと、その先を覗く。
「……大丈夫」
曲がると、振り返り角に照準を合わせる。
Typ:αが現れた瞬間に──2発。
そして、また隠れる。
それを、繰り返す。
タイミング、移動、視界、すべてを慎重に。
──
目の前のTyp:αが静かに膝から崩れ落ちる。
指先にじっとり汗がにじむ。
「これで……最後」
銃を下ろし、小さく息を吐いたその瞬間だった。
キィイイイイイイイイイイ――!
不快な、悲鳴のような音が響いた。
美咲は咄嗟に携帯端末を腰のポーチから取り出す。
【Chaser Detected → Misaki.】
「……っ!」
思考よりも先に、足が動いていた。
瓦礫を跳ね、倒れた標識を飛び越える。
美咲の背後、金属が地面を抉る音が迫ってくる。
見えないのに、追われている。
その気配は、音よりも確実だった。
美咲の心臓を締め付けるその音は、どんどん近づいてくる。
──追いつかれる。
美咲はポーチから緑色の筒を取り出すと、ピンを抜き、地面に投げ捨てた。
爆発とともに広がる白煙。
視界を遮り、美咲は左の建物の中へ。
体をぶつけながら、建物を抜けて、別の通りに抜けた。
「これで、逃げ──」
美咲が視線を後方に向けた。
その時。
激しい衝撃音と共に、建物の壁が吹き飛んだ。
「うそ、でしょ……っ!」
建物から現れたそれは、獣のような機械。
鉄とケーブルが絡み合った四本の足を地面につけ、顔だけを左右に動かしている。
美咲が立ち尽くしていると、視線が交わった。
獣が動き出す。
美咲の目の前まで突進してくると、右前足を振りかぶり飛びかかってきた。
美咲は咄嗟に左へ身を投げ出す。
すぐに立ち上がり、チェイサーに体を向ける。
だが、目の前には鋭い爪。
後ろに飛び退くが、間に合わない。
鋭い鉄の先端が、美咲の左腕を掠めた。
「ッ……あっ……」
思わず呻き声が漏れる。
斬られた場所から血が滲み、腕が焼けるように熱い。
チェイサーは立ち止まり、顔を左右に動かした。
今なら、距離を取れる。
美咲は左腕を抑えながら、チェイサーを背に走り出した。
息が荒い。
体が重い。
背中のバッグを投げ捨てる。
せっかく集めた素材も、死なないための犠牲になる。
逃げなきゃ。
けれど、逃げ道は──ない。
目の前には瓦礫が行く手を塞いでいた。
後ろからは、地面を抉る足音。
「……ただ逃げて、死ぬだけなら」
振り返り、銃を構える。
そして、目の前の機械獣を見据えた。
手は震え、足取りもおぼつかない。
痛みで、銃が重い。
嫌な考えが、頭をよぎる。
(掠っただけで、あんなに痛かったのに……もし直撃したら……?)
(怖い……でも、もう……)
恐怖で視界が歪む。
チェイサーのスピードは、緩まらない。
銃の引き金が、固定されているかのように重い。
美咲は銃を構えたまま、立ち尽くした。
その時だった。
ズンッッ
電子音と衝撃が、美咲とチェイサーの間で爆ぜる。
視界が白く焼けた。
視界が戻ると、そこに『彼女』がいた。
空から降りるように機械獣に着地した少女。
スナイパーライフルを手に、銀髪と青と白の衣装を揺らす、碧眼の少女。
ズドン。
ズドン──
迷いのない射撃。
銃口を敵の頭に突き刺し、文字通りの至近距離から、撃ち抜いた。
チェイサーは、電子音と共に動きを止める。
激しく、地面に崩れ落ちる機械の音。
そして、少女はチェイサーから静かに飛び降り、美咲のほうへ歩み寄る。
表情も、声も、あの時と同じだった。
「先駆者の言うことは、素直に受け取るものよ」
その一言に、美咲は何も言い返せなかった。
震える口を開いたが、声は出ない。
美咲は、腰を抜かして地面に座り込む。
目の前には、あの銀髪の少女。
無表情で、静かに、冷たく。
けれど、その視線に美咲の震えは少しずつ和らいでいった。




