第44話 選ばされた道
刹那は壁に背を預けながら、一度息を整えた。
次は、今までのようにはいかない。
速度も、間合いも、すでに見せた。
太郎は刹那の攻撃を見誤ったわけではなかった。
喉を狙う。
そう判断し、正しくアサルトライフルを間へ入れた。
ただ。
その動きより、刹那の方がわずかに速かった。
だから、前腕を切れた。
次は、最初から来ると分かった状態で待たれる。
同じ攻撃は通らない。
それでも。
傷を治療させるより先に、もう一度仕掛ける。
刹那は壁から背を離した。
向こうから足音は聞こえない。
離れていく気配もなかった。
逃げないのか。
刹那は壁の端から、そっと向こうを覗いた。
太郎は、道路の向こうに立っていた。
前腕には赤い線が走っている。
だが。
止血材へ手を伸ばすこともなく、アサルトライフルを構えていた。
銃口は、こちらの角へ向いている。
刹那は小さく息を吐いた。
そっちがその気なら──
このまま押し切る。
刹那は地面を蹴った。
角を抜ける。
太郎の銃口が動いた。
右へ。
刹那が身体を振った。
直後。
二発。
一歩先のアスファルトが弾けた。
踏み込むより先に、左へ切り返す。
太郎の銃口が跳ねる。
追ってくる。
違う。
刹那はさらに身体を振った。
今いる場所ではない。
次に行こうとした場所へ、銃口が置かれていた。
三発。
刹那が踏もうとしていた路面が砕けた。
右。
左。
歩幅を変える。
切り返す間隔も変える。
それでも。
太郎の銃口は、刹那の身体を追わない。
踏み込もうとした場所へ先回りし、数発だけ撃ち込んでくる。
左右へ動くたび、使える場所が消えていった。
正面。
太郎へ続く、最短の道。
そこだけが残っている。
誘っている。
だが、時間を与える理由はない。
太郎の前腕からは、いまだ血が流れていた。
刹那は地面を強く蹴った。
左右へ振っていた身体を、正面へ向ける。
速度を上げる。
銃口は、刹那の身体の中心へ向きかけている。
距離が消えていく。
一歩。
もう一歩。
この距離なら。
刹那は腰を落とした。
右足を踏み込む。
ナイフを走らせる。
太郎は、アサルトライフルを盾にしなかった。
上体も引かない。
銃口をこちらへ向けたまま、動かない。
防がない。
刹那の瞳が、わずかに細くなる。
こいつ、最初から。
刹那は伸ばしかけた腕を引いた。
喉へ向けていた刃を戻し、踏み込んだ足へ力を込めた。
攻撃へ使うはずだった勢いを、横へ逃がす。
身体を低く沈める。
直後。
銃声。
何発もの弾丸が、刹那の身体があった場所を通り抜けた。
風が頬を叩く。
刹那は太郎の横を抜けた。
着地。
振り返る。
太郎も身体を回していた。
銃口が、再び刹那へ向く。
刹那は地面を蹴ろうとした。
その時。
金属音。
太郎が弾倉を地面へ落とした。
新しい弾倉を叩き込む。
刹那は、その隙へ踏み込んだ。
ボルトを前進させる動作がない。
銃口が、想定より一動作早く持ち上がった。
──撃ち切ってなかったか。
刹那が攻撃へ移るより先に、銃声が響いた。
足元が弾ける。
刹那は身体を横へ流した。
次の銃声。
今度は、その先。
刹那が着地しようとしていた場所へ、弾丸が突き刺さった。
攻撃へ移れない。
一度避ける。
その間に、次の場所が撃たれる。
太郎が前へ出た。
傷を治療するでもなく。
距離を取るでもなく。
アサルトライフルを構えたまま、一歩ずつ刹那との距離を詰めてくる。
刹那は近くの建物へ身体を寄せた。
右の角。
銃口が向く。
三発。
角の壁が砕けた。
そちらへは出られない。
刹那は左へ走った。
隣の建物。
その裏へ身体を滑り込ませる。
銃撃が、一瞬だけ途切れた。
太郎の片手がアサルトライフルから離れる。
黒い影が、建物の角を越えた。
硬い音を立て、足元へ転がる。
「っ──」
グレネード。
戻るか。
このまま先へ進むか。
その考えが浮かんだ瞬間。
今しがた抜けてきた建物の角へ、もう一つ黒い影が転がった。
戻れば、巻き込まれる。
なら。
前へ。
刹那は残った道を選んだ。
入ったばかりの遮蔽を捨て、さらに奥へ飛び出す。
背後で、鈍い破裂音。
空気が震えた。
その先に、太郎の姿が見えた。
アサルトライフルは、すでにこちらへ向けられている。
銃声。
刹那は身体を捻った。
脇腹が熱を持つ。
レザースーツが裂け、皮膚の表面に赤い線が走った。
浅い。
足は止まらない。
刹那は次の建物の陰へ、身体を滑り込ませた。
壁に片手をつく。
脇腹に触れる。
指先に、血が付いた。
前腕。
脇腹。
一度ずつ。
刹那が顔を上げる。
今しがた通ってきた建物の陰から、白い煙が立ち上っていた。
「……は?」
煙だけが、建物の角を覆っていく。
刹那は目を細めた。
一つ目で、グレネードから逃げる選択を植え付けた。
二つ目を同じものだと思わせ、戻る道を自分から捨てさせた。
刹那が選んだはずの前進。
その出口へ。
太郎は、最初から銃口を置いていた。
「……やってくれるじゃねえか」
壁の向こうで、銃声が続く。
二発。
三発。
角の縁が削られる。
刹那は壁へ身体を寄せたまま、ナイフを握り直した。
銃撃が途切れる。
一瞬。
再び来る。
そう思った。
だが。
聞こえない。
銃声が、消えた。
刹那は動かなかった。
足音もない。
弾倉を替える音もしない。
白煙だけが、道路へゆっくり広がっていく。
何をしている。
刹那は建物の角から、わずかに顔を出した。
道路の向こう。
太郎は立っていた。
アサルトライフルは、スリングに預けて背中へ回している。
右手には、ナイフ。
切られた前腕から、まだ血が流れている。
それでも。
太郎は笑っていた。
空いた手をゆっくり持ち上げる。
指先を、刹那へ向けて二度曲げた。
「少し、遊びましょうか」




