第41話 次
会場を離れ、イオは控え室へ続く選手通路を歩いていた。
背後から、リリアの声が微かに聞こえる。
その隣で、しろが何かを話している。
歓声。
拍手。
大会は、まだ続いていた。
けれど、それらは妙に遠い。
軍靴が床を叩く。
今は、その音の方がよく聞こえた。
先ほどまで腕にあった、狙撃銃の重さもない。
銃声も。
爆発音も。
もう、何もない。
ただ、自分の足音だけが一定の間隔で通路へ響いている。
しばらく歩き、イオは一つの扉の前で足を止めた。
自分の控え室。
背後から、また歓声が上がる。
誰かの名前を、リリアが大きな声で呼んでいた。
イオは扉へ視線を向ける。
「……大見得を切って、このザマとはな」
小さく呟き、ドアノブへ手をかけた。
扉を開く。
控え室は静かだった。
一歩、中へ入る。
「イオ氏〜!」
背後の廊下から声が飛んだ。
振り返るより早く、身体へ何かがぶつかる。
小さな身体。
「……なこ君?」
胸元へしがみついたなこが、顔を上げる。
目元まで伸びた前髪。
その隙間から、潤んだ瞳がイオを見上げていた。
「あと一歩……惜しかったですぞぉ……!」
声は少し震えている。
イオは、しばらく何も言えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……あれだけ言っておいて、この結果だ。すまなかったな」
「いえいえ! かっこよかったです!」
即答だった。
イオはなこを見下ろす。
「少し、座ってもいいかな?」
「…………」
なこが瞬きをする。
そして、イオへ回したままの両腕を見た。
「……あっ」
勢いよく離れる。
「し、失礼しましたぞ!」
「ああ」
イオは特に気にした様子もなく、長椅子へ歩いた。
背後で、扉が静かに閉まった。
深く腰を下ろす。
両手を顔へ伸ばし、ガスマスクを外した。
隣へ置く。
冷たい空気が、直接頬へ触れた。
なこは少し離れた場所に立ったまま、何も言わない。
イオも、しばらく口を開かなかった。
会場の歓声は、ここまでは届かない。
静かな控え室。
イオは背もたれへ身体を預け、天井を見上げた。
「……彼とは、よく戦うが」
少し間を置く。
「今日の負けは、思ったより堪えたな」
なこは黙って聞いていた。
「彼の方が、一歩上手だった」
イオは視線を正面へ戻した。
「最後まで私を信じて、私が取る行動を予測した。その上で──真正面から潰されたよ」
会議室。
爆発。
扉を抜けた瞬間。
目の前にあったのは黒い銃口。
太郎の、薄く笑った顔が脳裏に蘇る。
イオは眉を下げ、小さく笑った。
「銃口を突きつけられた時、久々に悔しいと思った」
それきり、言葉が途切れる。
なこは何も言わなかった。
ただ、イオの隣へ静かに歩き、少し間を空けて腰を下ろす。
数秒。
やがて、なこが口を開いた。
「なら……まだ未来はありますぞ」
イオが、なこへ顔を向ける。
なこは正面を見たまま続けた。
「その悔しさを糧にして、次へ挑めばいい。今は届かなくても、次も同じとは限りません」
言い終えてから、なこが少しだけ視線を逸らした。
「……受け売りですが」
前髪の奥で、わずかに笑う。
「私が言われた時、嬉しかったので。イオ氏にも」
イオはしばらく、なこの横顔を見ていた。
それから正面へ向き直る。
「……随分と説得力のない言葉だな」
「そんなことないですぞ!」
なこが勢いよく振り向く。
その瞳はまっすぐイオを見つめていた。
「とても良い言葉だと思います!」
先ほどまでの静かな声が嘘のように大きい。
イオの口元が緩んだ。
「……ふっ」
「なんで笑うのですか!?」
「いや」
イオは小さく首を振る。
「そうだな……」
一度、長く息を吐いた。
「お互い、まだ次がある」
「……はい」
なこが頷く。
控え室に、再び静寂が戻った。
先ほどまでとは違う静けさだった。
イオは長椅子から立ち上がる。
置いていたガスマスクを手に取り、再び顔へ装着した。
留め具を固定し、いつもの姿へ戻った。
「さて」
なこが顔を上げる。
「刹那君の応援にでも行こうか」
「はい!」
イオが扉を開く。
その向こうから、微かに歓声が流れ込んできた。
先ほどよりも、少しだけ近く聞こえた。




