↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
140/199

第39話 二百メートル

 太郎が消えた建物へ、イオはスコープを向け続けた。


 一階。


 二階。


 窓。


 建物脇の路地。


 動きはない。


 先ほどの一発は、太郎の右肩を掠めた。


 致命傷ではない。


 行動を止めるほどでもないだろう。


 イオは照準をゆっくりと上へ動かした。


 三階。


 四階。


 さらに上。


 太郎がどこまで上がるのかは分からない。


 このまま建物の中を抜けて、別の出口から移動する可能性もある。


 それでも、イオはスコープから目を離さなかった。


 やがて、最上階。


 一枚の窓の奥で、何かが動いた。


 人影。


 イオは照準を合わせる。


 太郎が、窓際へ姿を見せた。


 右肩には簡単な処置を施した痕がある。


 イオは引き金へ指を置く。


 太郎の手には、アサルトライフル。


 銃口がこちらを向いた。


 同時に、イオは引き金を絞った。


 轟音。


 太郎の姿が窓の奥へ消える。


 ほぼ同時に、乾いた連射音が遠くから届いた。


 屋上の縁が弾ける。


 コンクリートの欠片が頬の横を飛んだ。


 イオは僅かに身を引いた。


 次の瞬間。


 別の窓から、再び銃声。


 短い連射。


 イオは屋上設備の陰へ身体を滑らせた。


 銃弾が、その脇を叩く。


「この距離で撃ち合うか」


 イオはボルトを操作しながら、僅かに位置を変えた。


 太郎のいる建物までは、およそ二百メートル。


 高さは、こちらが三階ほど上。


 距離も。


 位置も。


 武器も。


 こちらが有利。


 イオは設備の脇から、再びスコープを覗いた。


 先ほど太郎が使った窓。


 いない。


 隣。


 さらに、その隣。


 人影。


 引き金を絞る。


 銃声。


 窓枠が弾けた。


 太郎は撃たれるより先に、身体を引いていた。


 直後。


 別の窓。


 アサルトライフルの銃口が覗く。


 連射。


 イオは頭を下げた。


 弾丸が屋上の床を削り、細かな破片を撒き散らす。


 太郎は同じ窓を使わない。


 撃つ。


 隠れる。


 移動する。


 また撃つ。


 イオも一発撃つたびに場所を変えた。


 太郎が顔を出す場所を読む。


 太郎もまた、こちらが身体を出す瞬間を狙っている。


 それを、数度繰り返した。


 互いの銃声だけが、二つの建物の間を往復した。


 太郎の銃口が火を噴いた。


 イオは身体を引く。


 ボルトを起こし、次弾を送り込んだ。


 スコープを覗く。


 隣の窓。


 その奥。


 さらに上──。


 人影がない。


 イオは照準を滑らせた。


 その時だった。


 先ほどの窓。


 太郎は、まだそこにいた。


 アサルトライフルの銃口が、すでにこちらを向いていた。


「──っ!」


 すぐさま照準を戻す。


 けれども、間に合わない。


 乾いた連射音。


 脇腹に熱が走った。


 イオは即座に身体を伏せた。


 屋上の床へ片膝をつく。


 右脇腹。


 軍服が裂け、血が滲んでいた。


 腕のバイタルデバイスへ視線を落とす。


【軽度出血】


【行動阻害:なし】


 浅い。


 問題はない。


 イオはバッグへ手を伸ばした。


 止血材を取り出す。


 服の上から傷口へ押し当てようとした、その時。


 向かいの建物で、何かが動いた。


 イオは止血材を握ったまま、スコープを覗き直した。


 最上階。


 太郎は、まだ先ほどの窓にいた。


 アサルトライフルの銃口が、僅かに下がる。


 その下。


 銃身に取り付けられた、もう一つの筒口がこちらを向いた。


「グレネードランチャーか」


 低い発射音。


 小さな影が、弧を描きながらこちらへ飛んでくる。


 イオは止血材を握ったまま立ち上がった。


 屋上の反対側へ走る。


 背後で榴弾が床を跳ねた。


 一度。


 二度。


 イオは屋上設備の裏へ身を投げた。


 爆発。


 衝撃が屋上を揺らした。


 細かな破片と埃が、頭上を通り過ぎる。


 イオはそのまま脇腹へ止血材を押し当てた。


 直撃が目的ではない。


 治療を邪魔するためか。


 再び、遠くから低い発射音が響いた。


 続けて、もう一発。


 イオは屋上設備の脇から顔を出した。


 道路へ、何かが落ちる。


 白煙。


 さらに、その奥でもう一つ。


 太郎のいる建物と、こちらのビルの間。


 道路を覆うように、次々と白い煙が膨らんでいく。


 イオは向かいの最上階へ視線を戻した。


 太郎の姿は、もうなかった。


「……そういうことか」


 イオは止血材を固定しながら、立ち上がった。


 スコープを覗く。


 太郎がいた最上階。


 誰もいない。


 下の階。


 窓。


 路地。


 どこにも姿はない。


 視線を道路へ移す。


 白煙。


 それ以外は何も見えない。


 煙の中を狙う。


 無意味。


 どこにいるのかも分からない相手へ、使う弾などない。


 イオはゆっくりとスコープを動かした。


 煙の先。


 自分のいるビル。


 正面入口。


 照準が止まった。


 太郎がこちらへ来るなら、最後にはここを通る。


 別の入口もある。


 だが、最短は正面。


 先ほどの太郎の動き。


 この距離を詰めるために、一発を取りに来た。


 ならば、遠回りをする理由は薄い。


 イオはスコープから目を離さなかった。


 距離。


 太郎の走力。


 煙が展開されてからの時間。


 建物を下りるまでの時間。


 白煙だけが、道路の上をゆっくりと広がっている。


 太郎の姿は見えない。


 イオは入口へ照準を置いた。


 まだ。


 あと少し。


 引き金へ指をかける。


 今。


 轟音。


 銃弾が白煙を切り裂き、入口脇の壁へ突き刺さった。


 イオは即座にボルトを起こす。


 だが、次弾を送り込んだ直後。


 腕の端末が短く振動した。


 イオの視線が落ちる。


【MOTION DETECTED】


 下層階。


 先ほど設置したモーションセンサー。


 イオはスコープから目を離した。


 太郎は、もう中にいる。


 狙撃銃を抱え、立ち上がった。


 迷う時間はない。


 イオは屋上の扉へ向かって走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。