第29話 二回戦開幕
『2回戦、第1試合。刹那選手対ボリス選手です!』
リリアの声に合わせて、会場中央のモニターに二人の名前が映し出された。
『しろさん、この組み合わせはどう見ます?』
『刹那選手にとっては、かなり厄介な相手ですね』
しろは静かに答えた。
『刹那選手は、当てて離れる近接型です。一方でボリス選手は、一撃を受けても止まらずに間合いへ入ってくる』
『受けて、捕まえるタイプってことですね?』
『ええ。一度捕まれば、刹那選手は終わるでしょう』
会場がわずかにざわめく。
『では、この試合の見どころは?』
『最初の一撃を、どう通すかです』
しろの言葉と同時に、照明が落ちた。
『それでは両選手、入場ですっ!』
歓声の中、フィールド脇に並んだ二つの通路から、刹那とボリスが姿を現した。
刹那は、まっすぐ前だけを見ていた。
ボリスも同じだった。
互いの姿は視界に入っているはずなのに、視線は一度も交わらない。
中央に設けられた所定の位置まで歩くと、二人は足を止めた。
『ではお二人、握手を──』
リリアが促す。
けれど、刹那は動かなかった。
ボリスも、手を差し出さない。
短い沈黙のあと、二人はほとんど同時に背を向けた。
それぞれの初期位置へ向かって歩き出す。
『あらら。殺気立ってますねぇ』
リリアが少し困ったように笑い、隣を見た。
しろはモニターを見つめたまま、わずかに口元を緩めている。
『ええ。いい試合になりそうです』
刹那とボリスが初期位置に立つ。
次の瞬間、二人を隔てる隔壁がせり上がった。
観客席と照明が壁の向こうへ消え、薄暗い金属の通路が広がっていく。
露出した配管。
半開きの扉。
ところどころ崩れた壁。
フィールドは、地下研究所。
『それでは、2回戦第1試合! 刹那選手対ボリス選手──開始ですっ!』
試合開始の電子音が、薄暗い通路に響いた。
刹那は小さく息を吐いた。
このマップには、身を隠せる部屋がいくつもある。
先に有利な場所を取るなら、どの通路を使うかも重要だった。
だが、今回は違う。
ポジションを争う必要はない。
ボリスは、必ず中央区画の広場にいる。
どれだけ部屋があっても、ボリスは隠れない。
相手を探しに行くような戦い方はしない。
ただ、正面から来る相手を待つ。
刹那は正面の通路へ足を踏み出した。
急ぐ理由もない。
あの人は、逃げない。
だから刹那も、ゆっくりと歩いた。
中央区画へ続く扉を抜ける。
研究所の中央を大きく抜いた広場には、崩れた壁の瓦礫が散らばっていた。
その瓦礫の山に、ボリスは腰を下ろしていた。
迷彩の戦闘服。
背には、いつものスレッジハンマー。
「おう。来たか」
ボリスが立ち上がる。
刹那は腰からアーミーナイフを一本抜き取り、逆手に構えた。
「言葉じゃねえわな」
ボリスは背中のスレッジハンマーを抜き取った。
大きな両手で柄を握り、ゆっくりと構える。
「こいや! 刹那ぁ!」
広場を囲む壁が震えるほどの大声。
その声を皮切りに、刹那が床を蹴った。
一気に距離を詰める。
狙いは、迷彩服の下に着込んだボディアーマー。
その側面にある、装甲の切れ目。
だが、ボリスは反応した。
スレッジハンマーが、横薙ぎに振るわれる。
刹那は足を止めず、身を低く沈めた。
頭上を、重量の唸りが通り過ぎる。
その下を潜りながら、刹那はナイフの狙いを喉元へ変えた。
けれど、ボリスはハンマーを振り抜いた勢いを殺さなかった。
そのまま、さらに身体を回す。
回転に乗せた蹴りが、横から刹那の胴へ迫った。
刹那は左腕を上げ、辛うじて蹴りを受け止める。
鈍い衝撃が腕を痺れさせ、身体が後ろへ弾かれた。
数歩ぶん床を滑り、どうにか踏みとどまった。
「まあ。これじゃ決まらないわな」
ボリスは追ってこない。
スレッジハンマーを構えたまま、まっすぐに刹那を見据えていた。




