第12話 触れた灯り
「……夜になっちゃった……」
空はすっかり薄墨色に染まり、朧に浮かぶ月が静かに、森を照らしていた。
回復キットのクラフトを終えた美咲は、荷物を整えながら小さくつぶやいた。
「もう少しだけ素材集めしてから帰ろうかな……」
美咲は携帯端末を取り出し、マップを開いた。
周囲で一箇所だけ、踏み入っていない場所が霧に覆われていた。
美咲は、その場所に向かって歩き始める。
森の奥へと続く獣道。
月の光も届かないその道は、視界が悪く、風が枝葉を揺らしていた。
美咲が歩いていると、草木が音を立て不自然に揺れた。
(……何か、いる?)
木々の間で、何かが蠢いている。
美咲は声を潜め銃を構える。
そして、動く草木を見つめ続けた。
草が擦れる音だけが、暗い森の中に響き渡る。
美咲が銃のグリップを握り直した瞬間、端末が激しく鳴り響いた。
美咲は肩を跳ね上げ、慌てて端末を確認する。
【接敵警告:非登録ユニット接近中】
(な、なにそれ……!?)
美咲の視界の端、木の影からそれは現れた。
一瞬だけ、木々の合間に見えたその姿。
細い脚に、長い腕。
顔のようなものはなく、代わりにぶら下がった赤いランタンが仄かに灯っていた。
(……聞いてない、そんなの……!)
異形のそれはまっすぐ、美咲の方へと歩いてくる。
音もなく。
まるで、何かを見つけたように。
「ひっ……!」
美咲は反射的に後ずさり、足を滑らせて地面に尻もちをついた。
その間にも、赤いランタンの光が徐々に近づいてくる。
(だめだ……逃げなきゃ……!)
MP-5を構え直し、震える指でトリガーを握った、
ランタンの灯りが美咲の顔の間近まで近づく。
灯りの背後から伸びた機械の触手が、美咲の肩に触れる。
そして、ゆっくりと頬まで触手が移動する。
異形はランタンを傾け、美咲の顔を覗き込んだ。
その瞬間、異形は音もなく目の前から消えた。
「……え?」
そこにいたはずの異形の姿は、もうどこにもなかった。
代わりに、草の葉に落ちた赤い油のような液体がじっとりと染みていた。
「……消えた?」
美咲は呼吸を整えながら、しばらくその場に座り込んだ。
背中に冷や汗が伝い、膝が少し震えている。
それでも──
「……なんか……ゲームってすごいな……」
さっき作ったクラフト品を、無意識にもう一度バッグにしまい直す。
「……帰ろう。今日の分は、もう十分……」
立ち上がる美咲の後ろで、さっきの赤い液体が、静かに地面へと染みていった。
美咲は街に戻ると真っ先にマリアの元へ向かった。
「マリアさん!」
雑貨屋の扉が勢いよく開く。
小さなベルがちりんと鳴って、木造の店内に高い音を響かせた。
「作れましたよ! 回復アイテム! ちゃんと、全部!」
美咲は両手を広げて、できた証を見せるように、ポーチを差し出す。
「まあ〜ほんとに? 見せて見せて〜」
カウンターの奥では、マリアが脚を組んで椅子に腰かけ、本を片手に店番中だった。
その手をふわりと止めて、興味深げに身を乗り出してきた。
マリアはポーチから医療用包帯を取り出すと、軽く眺めた。
「うんうん、品質も悪くないわね〜。初回でこれは上出来よ」
「意外と簡単でした! フールっていう敵も倒せたんですよ」
美咲は椅子に腰を下ろすと、バッグを地面に置いた。
「ムカデみたいなやつね〜。あれ気持ち悪いわよね〜」
「そうなんです! ちょっとびっくりしました……なんか足いっぱいあって、動きもキモくて……」
「分かるわ〜私も最初に見たとき、うげぇ……ってなったもの〜」
二人は顔を見合わせ、微笑む。
「そういえば、街を出る前にすごい行列のお店があったんですけど」
「えっと、月の……厨房? あれってプレイヤーの方が運営してるんですか?」
その言葉に、マリアの眉がぴくりと動く。
「ふふふ……よくぞ聞いてくれました〜」
マリアは口元を吊り上げると、不敵に笑う。
「それはね〜《月の厨房(CRESCENT CANTEEN)》っていうお店よ。私のお友達がやってるの〜」
「お友達、なんですか?」
「そうよ〜。レイナちゃんって子と、カエデちゃんって子が経営している、人気のお店なの〜」
マリアは嬉しそうに語る。
美咲は相槌も忘れて、じっと聞いていた。
「へー……すごいんですね……」
「今度紹介してあげるわ〜。美咲ちゃんがもうちょっとこの世界に慣れてきたらね〜」
「いいんですか? ありがとうございます!」
美咲は机の上の医療用包帯を手元に寄せる。
それを見つめる美咲の口元が、ゆっくりと緩んだ。




