第27話 正解
《WINNER:なこ》
『決まったぁぁぁぁっ!』
静まり返っていた会場を、リリアの声が揺らした。
『勝者、なこ選手! 最後はバグース選手の仕掛けたC4を利用して、建物ごと吹き飛ばしました!』
大型モニターに、決着までの映像が映し出される。
デコイBOT。
入口に集まる機械生命体。
そして、バグースのいた建物で爆発した、もう一つのC4。
『しろさん。私、途中から何を信じればいいのか分からなくなったんですけど……』
『それで合っていますよ』
『合ってるんですか?』
『二人とも、相手に間違った情報を信じさせようとしていましたから。決着まで自分の仕掛けを悟らせなかったのが、なこ選手です』
しろは、画面に表示されたセンサー反応を指でなぞった。
『バグース選手は、この反応を頼りに動いていました。ですが、そこに映っていたのが、なこ選手とは限らなかった』
『最後まで、どの反応が本物か分からなかったんですね』
『ええ。強いて言うなら、バグース選手はC4に固執しすぎましたかね』
リリアが小さく息を漏らした。
『ガジェット使い、怖いですねぇ……』
会場に笑い声が広がる。
その後も、1回戦は続いた。
第5試合。
第6試合。
第7試合。
三つの勝者が決まり、残す試合はあと一つ。
中央モニターに、新たな対戦カードが表示された。
《1回戦・第8試合》
《HOUND VS 太郎》
太郎の名前が表示された瞬間、会場のあちこちから歓声が上がった。
『さあ、1回戦もいよいよ最終試合! まずはハウンド選手! ランキング圏外ながら、慎重な立ち回りと近距離戦を得意とする実力者です!』
片方の入場口から、灰色の戦闘服に身を包んだ男が姿を現した。
観客席には目も向けない。
腰に下げた短機関銃の位置を確かめながら、まっすぐ指定の位置へ向かっていく。
『そして、対するはランキング7位! 射撃、近接、ガジェット。あらゆる状況に対応する万能型──太郎選手です!』
反対側の入口から、黒いタクティカルスーツ姿の男が歩いてきた。
派手な装備も、観客へ向けたパフォーマンスもない。
太郎は歓声に軽く片手を上げると、先に待っていたハウンドへ頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ああ。胸を借りるつもりでいくよ」
「お手柔らかに」
ハウンドが短く笑う。
それぞれの初期位置に立つと、二人は壁に囲まれていった。
地下研究所。
景色が切り替わる。
白い壁に囲まれた細い通路。
割れた照明が不規則に明滅し、左右には実験室や整備区画へつながる扉が並んでいる。
長い射線はほとんど通らない。
『しろさん。このフィールド、近距離戦が多くなりますよね?』
『そうですね。遮蔽物も多い。ハウンド選手にとって、不利なフィールドではありません』
『ということは、ジャイアントキリングもあり得ると?』
『太郎選手と正面から撃ち合わなければ、十分に』
しろはそこで言葉を止めた。
『もっとも、それを太郎選手が許すかは別ですが』
《試合開始まで、00:03》
《START》
ハウンドは動かなかった。
扉脇の壁に背を預けたまま、目の前に表示された簡易マップを拡大する。
中央区画へ続く経路は三つ。
正面の連絡通路。
右側の整備区画。
左側の実験棟。
長い射線の通る正面は、アサルトライフルを持つ太郎が有利。
近距離へ持ち込むなら、左右のどちらかを選ぶ必要がある。
だが、先に動けば、それだけ足音を拾われる。
ハウンドは開始地点に小型のモーションセンサーを置き、少しの間待った。
反応はない。
『ハウンド選手、動きませんね』
『太郎選手を相手に、先に居場所を教える理由はありませんから』
『でも、待っていれば太郎選手のほうから来るかもしれませんよ?』
『そのためのセンサーでしょう。背後を警戒して、自分は別の経路から中央へ向かうつもりです』
ハウンドは短機関銃のストックを肩に押し当て、左側の実験棟へ入った。
薄暗い室内に、割れた培養槽が並んでいる。
床には透明な液体が広がり、天井から垂れ下がった配線が火花を散らしていた。
物陰を一つずつ確認しながら進む。
太郎の姿は見えない。
ハウンドは携帯端末を開いた。
開始地点に残したセンサーに反応はない。
太郎がこちらへ回り込んだ気配はない。
すでに正面から中央区画へ入ったか。
次の部屋へ移ろうとした時、遠くで金属扉の閉まる音が響いた。
右側。
整備区画の方向。
ハウンドの足が止まる。
太郎が右へ入った。
一瞬そう考え、すぐに捨てた。
音が大きすぎる。
自分の位置を教えるような真似を、ランキング7位がするとは思えなかった。
こちらを右側へ誘っている。
ならば、向かう理由はない。
ハウンドは予定どおり、実験棟の奥へ進んだ。
『物音には見向きもしません!』
『あからさますぎますからね』
『太郎選手の仕掛けを見破った、ということでしょうか?』
『少なくとも、ハウンド選手はそう判断したでしょう』
中央区画へ近づくにつれ、床に広がっていた液体が途切れていく。
その境目に、濡れた靴底の跡が残っていた。
足跡の先は、中央へ続く扉。
ハウンドは身を低くする。
右側で鳴った扉は、こちらから意識を逸らすためのもの。
太郎はすでに中央へ入っている。
そう考えれば、音と足跡の両方に説明がつく。
短機関銃を構え、扉の開閉端末に触れる。
反応しない。
故障ではない。
開閉機能だけが切られ、扉はわずかに開いた状態で止まっている。
隙間から中を覗く。
見える範囲に人影はない。
銃口を先に通し、ゆっくりと扉を押し開けた。
中央区画へ続く連絡路。
左右に並ぶ観察窓。
通路はいくつも折れ曲がり、奥までは見通せない。
壁際に沿って進みながら、背後に二つ目のセンサーを置く。
どちらのセンサーにも、反応はない。
太郎はこちらの背後にはいない。
足を止める。
角の向こうから、短い足音が聞こえた。
一歩。
続いて、床を擦る音。
すぐに途切れる。
ハウンドは短機関銃を構えたまま、観察窓の下に身を屈めた。
窓の先にあるのは、吹き抜けになった中央区画。
崩れた柱。
停止した搬送装置。
そのさらに奥。
黒い背中が、通路を横切っていく。
太郎。
こちらを見ていない。
ハウンドはすぐに銃口を向けた。
指が引き金に触れる。
だが、撃たなかった。
距離は40メートル近い。
短機関銃で、遮蔽物へ消える前に仕留めきれる保証はない。
仕留めきれなければ、次は位置を知られた状態で撃ち合うことになる。
『撃ちません!』
『いい判断です』
『太郎選手、完全に背中を見せていましたよ?』
『距離が遠い。仕留めきれなければ、次は太郎選手から狙われます』
『では、ここは我慢ですか?』
『ええ。もう少し近づきたいでしょうね』
ハウンドは中央へ出ず、観察窓に沿って移動した。
太郎の背後を追う。
まだ気づかれていない。
この状況を捨てる理由はない。
姿勢を低く保ち、隣の実験室へ入る。
室内を横切れば、太郎が進んだ通路の側面へ回り込める。
呼吸を抑え、さらに距離を詰めた。
扉の隙間から中央区画を確認する。
太郎は柱の陰にいた。
アサルトライフルを構え、ハウンドとは反対側を警戒している。
距離、およそ20メートル。
短機関銃が生きる距離。
今なら、先に撃てる。
ハウンドは扉を押し開けた。
その音に、太郎の肩が動く。
引き金を引く。
太郎は振り向きざまに柱の裏へ飛び込み、弾丸が脇を掠めた。
『ハウンド選手が先に仕掛けたぁっ!』
リリアの声と同時に、会場から歓声が上がった。
ハウンドは床を蹴った。
太郎が隠れた柱の脇へ短く撃ち込み、そのまま隣の遮蔽物まで走る。
柱の陰から返された弾丸が、すぐ背後を抜けた。
だが、当たらない。
ハウンドは滑り込むように遮蔽物の裏へ入った。
無傷。
先に撃った。
距離も詰めた。
流れはこちらにある。
太郎のアサルトライフルが火を噴く。
ハウンドの右側にある壁が、連続して弾けた。
右からは出られない。
ならば、左。
左側の機材なら、太郎との距離も詰められる。
ハウンドは迷わず機材の陰へ飛び込んだ。
再び銃声。
今度は、その先の床へ弾丸が突き刺さった。
直進は塞がれた。
ハウンドはさらに左の遮蔽物へ移る。
太郎との距離が縮まる。
『ハウンド選手、銃撃をかわしながら接近していきます!』
『……そう見えますね』
『え?』
『いえ。続けてください』
ハウンドは遮蔽物から銃だけを出し、短く撃ち返した。
太郎が柱の裏へ隠れる。
距離は15メートル。
ここまで詰めれば、取り回しはこちらが勝る。
あと一度、太郎を遮蔽物から動かせばいい。
ハウンドは太郎の発射音を数えていた。
短い連射が、一度。
二度。
三度。
規則正しく続いていた銃声が途切れる。
直後、乾いた作動音が響いた。
弾切れ。
柱の脇から覗くアサルトライフルの銃口が下がる。
続いて、太郎の左手が胸元の予備マガジンへ伸びるのが見えた。
ハウンドが遮蔽物から飛び出した。
『仕掛けたぁっ!』
ハウンドが引き金を引く。
太郎は再装填を捨て、アサルトライフルを手放した。
そのまま横の通路へ飛び込む。
弾丸が、太郎の背後で壁を削った。
逃がさない。
ハウンドは速度を落とさず、短機関銃を撃ち続けた。
太郎は低い姿勢のまま、通路沿いの機材を縫って走る。
こちらも動きながらでは、照準を合わせきれない。
それでも、振り返る余裕は与えていない。
弾丸が太郎の左右を抜けるたび、距離が縮まる。
残弾を撃ち切った。
短機関銃から、空虚な作動音が鳴る。
太郎との距離は、すでに5メートルもない。
今から装填するより、刃を抜くほうが早い。
ハウンドは短機関銃を手放し、腰のナイフを抜いた。
太郎が振り返る。
アサルトライフルは手放したまま。
ナイフも抜いていない。
右腰のホルスターには、6連発のリボルバーが収まっている。
だが、抜かれる前にこちらの刃が届く。
3メートル。
ハウンドはナイフを低く構えた。
2メートル。
太郎は動かない。
銃へ手を伸ばす気配すらない。
撃たないのではない。
間に合わない。
ハウンドは低い姿勢から、太郎の胸元へ刃を突き出した。
回避する余地はない。
ナイフの切っ先が太郎へ迫る。
その瞬間。
太郎の上体が、わずかに刃の軌道から外れた。
同時に、右手が腰へ落ちる。
ホルスターの留め具が外れ、黒いリボルバーが引き抜かれた。
腕は伸びていない。
照準を合わせる動きもなかった。
腰元で銃口がわずかに持ち上がる。
ハウンドは、すでに踏み込んでいた。
止まれない。
刃の軌道も変えられない。
視界の下で、撃鉄が落ちた。
轟音。
胸の中央を、巨大な塊で殴りつけられた。
指先から力が抜け、突き出した刃が太郎の脇を抜ける。
遅れて、焼けた鉄を押し込まれたような痛みが胸部へ広がった。
膝が折れる。
床へ倒れるより先に、視界が暗くなった。
《WINNER:太郎》
太郎は、倒れ込んできたハウンドの身体を左腕で受け止めた。
一瞬の静寂。
遅れて、会場全体が揺れた。
『決まったぁぁぁぁっ! 太郎選手、至近距離からの一発で1回戦突破です!』
太郎はリボルバーをホルスターへ戻し、ハウンドを静かに仰向けにする。
腕のバイタルデバイスを確認し、駆け寄ってきた医療スタッフへ場所を譲った。
『今の、いつ抜いたんですか?』
『ハウンド選手が踏み込んだあとです』
『それで間に合ったんですか?』
『抜くのが速い。ですが、それだけではありません』
しろは、医療スタッフの隣に立つ太郎を見つめた。
『距離がある状態で抜けば、ハウンド選手は止まれます。太郎選手は、止まれなくなるまで待った』
『でも、照準も合わせていませんでしたよね?』
『照準器を覗く必要のない距離です』
『イオ選手のような正確さとは、違うんでしょうか?』
『イオ選手なら、離れていても当てるでしょう。太郎選手は、腰だめでも外さない距離まで撃たなかった』
リリアは「はえー」と感嘆の息を漏らした。
『ハウンド選手は、太郎選手を追い詰めたように見えましたけど』
『そう思うように、選ばされていたのでしょう』
『最初から?』
『ええ。扉の音も、足跡も、射撃も、弾切れも。太郎選手は、ハウンド選手が自分で選ぶための情報だけを置いていた』
『では、ハウンド選手はどこかで判断を間違えたんでしょうか?』
『どこでもありません』
しろは、太郎から目を離さない。
『正しい判断を重ねた先に、太郎選手が用意した答えがあっただけです』
《1回戦・全試合終了》




