第26話 王手
バグースは、人気のない歩道をゆっくりと歩いていた。
片手に持った端末には、フィールド周辺の簡易マップが表示されている。
同じ場所に長く留まれば、機械生命体が集まってくる。
待ち伏せる理由もない今、足を止める必要はなかった。
バグースは周囲へ視線を巡らせながら、交差点を右へ曲がった。
道路脇のフェンスには、細いワイヤーが張られたまま残っている。
なこが通らなかった場所に仕掛けていたものだ。
バグースは腰を落とし、トリップワイヤーを回収した。
そのまま数十メートル先へ進み、民家と倉庫の間にある狭い通路に張り直す。
さらに、倉庫の中に入り、壁にC4を設置した。
端末に新たな位置が登録されたことを確認し、再び歩き始める。
その時、遠くで爆発が起きた。
バグースは足を止めず、音がした方角へ顔だけを向けた。
起爆操作はしていない。
だが、勝利を知らせる表示も出ていなかった。
「機械生命体かな」
どこかに残していたトリップワイヤーに引っ掛かったのだろう。
簡易マップへ視線を戻す。
先ほどC4を起爆してから、なこの反応は一度も出ていない。
爆発を受けて、動けなくなっているのか。
それとも、モーションセンサーに気づいたか。
仮に後者でも、構わない。
慎重に動く限り、なこは自分を追えない。
ひととおり仕掛け直したあとで、先ほど起爆した場所を確認すれば、答えが分かる。
バグースは簡易マップを閉じ、通りの先へ向かった。
しばらく歩いたところで、端末から短い電子音が鳴った。
簡易マップを開く。
赤い反応が一つ、バグースとは逆の方向へ素早く移動していた。
周囲に、ほかの反応はない。
機械生命体がこの速度で動いているのなら、その前方には追われている対象の反応があるはずだった。
つまり、今動いているのはなこで間違いない。
「あちゃー。まだ気づいてないのか」
バグースは簡易マップに表示されているC4の位置を確認した。
なこがすでに通り過ぎた場所に、一つ。
そして、進行方向にある建物の中に、もう一つ。
建物へ入ってくれれば、一番楽に終わる。
バグースは進路を変え、なこの向かう建物へ歩き始めた。
赤い反応はまっすぐ建物へ近づき、その手前で動きを止めた。
少し間を置いて、建物の中に一つの反応が現れた。
ほぼ同時に、入口にも別の反応が現れる。
さらに周辺から、複数の反応が入口へ向かって集まり始める。
「ありゃ。なこちゃんピンチ」
バグースの口調は、他人事のように乾いていた。
入口に集まった反応は、次々と建物の中へ流れ込んでいく。
入口にあった反応も、あとから重なった反応に紛れ、どの個体のものか判別できなくなった。
「これで決まりかな」
バグースは建物内のC4を選択し、起爆ボタンを押した。
前方で爆発が起こり、建物の窓から炎と煙が噴き出した。
同時に、簡易マップに表示されていた反応がすべて消えた。
それでも、勝利判定は表示されない。
「……なかなかしぶといな」
バグースは背負っていたアサルトライフルを下ろし、建物へ向かった。
入口から中を覗く。
崩れ落ちた天井。
広間を埋める瓦礫。
辛うじて上階を支えている数本の柱。
その間には、爆発で破壊された機械生命体が転がっていた。
どの機体も装甲が大きくひしゃげ、内部まで焼けている。
爆発は直撃していた。
反応も、すべてこの中にあった。
勝利判定が出ていない以上、なこは建物のどこかで生きている。
バグースは銃口を前へ向け、慎重に中へ入った。
瓦礫の陰。
機械生命体の下。
ひび割れた柱の裏。
広間に隣接する部屋も、一つずつ確認していく。
だが、なこの姿はどこにもなかった。
「逃げた……?」
爆発から、まだそれほど時間は経っていない。
逃げたにしては早すぎる。
なにより、建物から離れていく反応はなかった。
バグースは広間へ戻り、もう一度周囲を見渡した。
瓦礫の隙間に、片側の車輪が潰れた小型BOTが転がっていた。
ひしゃげた球体。
その形には、見覚えがある。
デコイBOT。
「まじかよ」
バグースはすぐに端末を取り出した。
モーションセンサーの反応を確認しようとした瞬間、隣の部屋から甲高い金切り音が響いた。
耳を塞ぎたくなるような騒音が、崩れかけた建物内を満たしていく。
Callガジェット。
直後、建物の外から、鉄が地面を掻く音が聞こえてきた。
一つではない。
同じ音が次々と重なり、四方から建物へ近づいてくる。
窓を乗り越え、入口から押し合うようにして、機械生命体が次々と姿を現した。
バグースは端末をしまい、アサルトライフルを構えた。
「これで罠にはめたつもりかな」
先頭の一機が、瓦礫を蹴り上げながら迫ってくる。
バグースは短く引き金を引いた。
放たれた弾丸が、頭部の赤い球体を砕く。
崩れ落ちる機体を盾にして、右から回り込んできた一機へ銃口を向けた。
数発の銃声。
膝の関節が弾け、前のめりに倒れた機械生命体の首へ、さらに一発撃ち込んだ。
窓から飛び込んできた小型機を撃ち落とし、空になった弾倉を捨てる。
新しい弾倉を叩き込み、背後へ振り返った。
銃声と金属音が、途切れることなく建物内に響き続けた。
数分後。
最後の一機が、バグースの足元へ倒れた。
銃口から細い煙が上がっている。
いつの間にか、金切り音も止まっていた。
「爆弾しか使えないと思ったか?」
バグースは肩で息をしながら、簡易マップを開いた。
建物から離れていく反応が、一つ。
Callガジェットを使った作戦に失敗し、逃げているらしい。
機械生命体を処理している間、なこは一度も撃ってこなかった。
銃を撃てる状態ではない。
おそらく、爆発で負った傷も軽くはない。
簡易マップ上で動く反応の先に、C4の表示があった。
先ほど、なこが一度通り過ぎた場所。
今まさに、その上を通ろうとしている。
「王手ってやつだな」
バグースは薄く笑うと、端末の画面を切り替えた。
なこの足元のC4を選択した。
────────
なこは痛む身体を無理に動かし、建物から離れる道を走っていた。
手にしたハッキング端末には、建物内に残してきた別のC4──その受信設定の書き換え状況が表示されている。
99パーセント。
なこは足を止めず、背後の建物へわずかに視線を向けた。
「──チェックメイトですぞ」
【ACCESS COMPLETE】
その直後、端末に新たな表示が重なった。
【C4ブロック──起爆信号受信】
なこの足元では、何も起こらなかった。
一拍遅れて、背後で二度目の爆発が起きた。
辛うじて建物を支えていた柱が、折れた。
傾いた上階が、轟音とともに崩れ落ちていった。
《WINNER:なこ》




