第23話 衝撃
荒い呼吸を繰り返しながら、男が部屋へ駆け込んだ。
部屋の奥まで下がり、残っていたマガジンを銃へ叩き込む。
開け放たれた入口へ銃口を向けた。
その直後。
背後で、低い音が響いた。
男が振り返る。
扉も窓もない壁が、わずかに揺れていた。
もう一度、鈍い音。
壁の中央に細い亀裂が走る。
男が銃口を向けた瞬間、壁が内側へ弾け飛んだ。
崩れ落ちる破片。
立ち込める土煙。
その中から、巨大な影が姿を現した。
迷彩色の戦闘服。
手には、身の丈ほどもあるスレッジハンマー。
ボリスは男を目で捉えると、肩を前に突き出し、一気に突進した。
男が咄嗟に引き金を引く。
狭い室内に、連続した銃声が響き渡った。
放たれた弾丸が、ボリスの胸元と肩を捉える。
巨体がわずかに揺れた。
それでも、足は止まらない。
顔をしかめたボリスは、そのまま身体で男を吹き飛ばした。
床を転がった男は、なんとか体勢を立て直し、銃口をボリスに向けた。
だが、次の弾丸が放たれるより早く、ボリスがスレッジハンマーを振り上げた。
巨槌が勢いよく振り下ろされた。
重い衝撃音。
大きく揺れた映像が静止し、画面の中央に文字が表示される。
《WINNER:Bear》
一瞬遅れて、会場から歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。
『ボリス選手! 銃撃をものともせず、そのまま押し切ったぁぁぁ!』
リリアの実況が会場に響き渡る。
ボリスはスレッジハンマーを背中へ戻すと、倒れている対戦相手へ歩み寄った。
その身体を片腕で抱え上げ、何事もなかったかのように部屋を出ていく。
画面の端では、しろが苦笑いを浮かべていた。
『……あの、しろさん』
『はい』
『このゲーム、痛覚ありましたよね?』
『ありますよ』
『で、ですよね……』
リリアの声から、先ほどまでの勢いが消えていた。
────────
控室にいる刹那たちも、中央のモニターを無言で見つめていた。
ボリスの戦い方は知っている。
それでも、銃弾を受けながら突っ込む姿には、刹那もわずかに頬を引きつらせた。
アリスだけは表情を変えず、小さく首を横に振った。
「……声がでかいだけじゃなかった」
ナナが呆然と呟いた。
「だから言っただろ」
ナナはモニターを指さしながら、刹那へ顔を向けた。
「いやいや、あれは引くでしょ」
「刹那さんと同じ近接なのに、全然違うんですね」
美咲の言葉に、刹那は頷いた。
「私は回避重視で、あの人は耐久重視だからな」
モニターでは、対戦相手を抱えたボリスが悠々とフィールドを歩いている。
「しかも、火力が全然違う。同じ相手でも、私は急所を狙わないと一撃じゃ無理だけど、あの人のは当たればどこでも急所だからな」
「でも、刹那さんは食らわないじゃないですか」
ナナの言葉に、美咲も同意するように何度も頷いた。
「私の場合、食らったらほぼ瀕死だけどな」
ナナの口が閉じた。
その時、何も言わずにモニターを眺めていたアリスが、刹那へ視線を向けた。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「次は、貴女が彼と戦うのでしょう」
刹那は短く息を吐き、ソファーの背もたれに身体を預けた。
「特にない。普段通りやるだけだよ」
不安そうに見つめる美咲たちへ、刹那は口元を緩めた。
「捕まる前に決めきる。それだけ」
誰も言葉を返さなかった。
部屋に残ったのは、モニターから聞こえる会場のざわめきだけ。
その静寂を破るように、リリアの明るい声が響いた。
『それでは続いて、1回戦第4試合の対戦カードを発表します!』
画面に、二人の名前が並ぶ。
《なこ VS Bagus》
「あっ!」
美咲が声を上げた。
モニターの映像が切り替わる。
灰色のオーバーポンチョを羽織った、小柄な女性が入場口から姿を現した。
緊張しているのか、その表情は硬く見えた。
「知ってる子?」
「本番前に、刹那さんに会いに来た方です」
なこは落ち着きなく周囲を見回しながら、スタッフの前まで歩いていく。
スタッフが手を上げ、立ち止まる位置を示した。
しかし、なこは気づいていないのか、そのまま数歩通り過ぎていった。
スタッフがもう一度声をかける。
なこは慌てて振り返ると、来た道を小走りで戻った。
何度も頭を下げる姿に、観客席から小さな笑い声が上がる。
『なこ選手、少し緊張しているようですね。大丈夫でしょうか?』
『彼女も、これほど大きな大会は初めてのようですからね。雰囲気に飲まれないといいんですが』
なこは指定された位置に立つと、背筋を伸ばし、両手を身体の前で重ねた。
それでも落ち着かないのか、しきりに足元を確認している。
「可愛い子ねぇ」
マリアが微笑みながら目を細めた。
「ふーん。なんか場違いって感じだけど」
ナナは興味が薄そうに呟き、ソファーへ身体を沈めた。
『続いて、バグース選手の入場です!』
しかし、隣の入場口からは誰も現れない。
数秒が経過しても、動きはなかった。
『……あれ? 遅刻でしょうか? 困りましたねぇ』
リリアが首を傾げる。
その横で、しろだけが片手を額に当て、深く息を吐いていた。
『どうかしましたか?』
『……いえ。私から先に謝っておきます』
『何をです?』
リリアと多くの観客が首を傾げた。
その瞬間。
爆発音が会場を揺らした。
フィールドの端から煙が上がる。
その中から、一人のプレイヤーが勢いよく宙を舞った。
身体が弧を描く。
落下する直前に姿勢を整え、両足で綺麗に着地すると、そのまま片膝をついた。
バグースは顔を上げると、観客席へ向けて片手を高く掲げた。
会場が静まり返る。
歓声も、拍手もない。
聞こえるのは、爆音の残響と、しろの深いため息だけだった。
バグースは掲げていた手を下ろし、周囲を見渡した。
「……あれ? なんか間違えた?」
静寂の中で、小さく吹き出す声が聞こえた。
なこだった。
強張っていた表情を緩め、目を輝かせながら拍手を送っていた。
「す、すごいですぞ!」
バグースが振り返った。
「おっ、分かってくれる?」
「はい! 着地まで綺麗でした!」
「そうだろ! あそこが一番難しくてさ」
バグースが身振りを交えながら、なこへ歩み寄る。
なこも興味深そうに何度も頷いていた。
つい先ほどまでの緊張した様子は、もうどこにもなかった。
二人はこれから戦うことも忘れたように、その場で楽しそうに話し始めた。
しばらくして、会場に低い声が響いた。
『えー、これ以上遅延するなら、お二人とも失格ですよー』
二人の動きが同時に止まる。
顔を見合わせた次の瞬間、慌ててそれぞれの開始位置へ走っていった。
二人が位置につくと、フィールドの景色が書き換わり始める。
舗装の剥がれた道路。
交差点。
まばらに建つ民家と、小さな倉庫。
そして、いくつかの高いビル。
『あ゛ー、あ゛ー……ごほん』
リリアは喉の調子を確かめるように咳払いをすると、いつもの明るい調子へ戻った。
『では、改めまして! 1回戦第4試合──なこ選手対バグース選手!』
『試合開始です!』




