第22話 時と運
銃声から一拍遅れて、控室に大歓声が流れ込んだ。
画面には、床へ倒れ込むらっとと、片肘をついたままハンドガンを構えるイオの姿が映っている。
『決まったぁぁぁ! 勝者、イオ選手ー!』
リリアの声が、歓声を突き抜ける。
やがて画面が切り替わり、最後の撃ち合いがスローで再生された。
床を転がるイオを、らっとのショットガンが追う。
先にイオの胸元を捉えたのは、らっとだった。
遅れて持ち上がったハンドガンの銃口が、らっとへと向く。
だが、先に火を噴いたのは、イオのハンドガンだった。
『こうして見ると、らっと選手のほうが先に狙っていたように見えますが……どうしてイオ選手が先に撃てたのでしょうか?』
『先に銃口を向けたのは、らっと選手です。ただ、照準を合わせてから引き金を引くまでの動作は、イオ選手のほうが速かった』
『狙うのはらっと選手が先で、撃ったのはイオ選手が先だったと?』
『はい。らっと選手は走りながらショットガンを振り、銃口を止めてから引き金を引こうとしています。対するイオ選手は、銃口が相手へ向くと同時に撃っている。そのわずかな差ですね』
映像が、イオのハンドガンから弾丸が放たれた瞬間で静止する。
『本当に一瞬ですね……』
『その一瞬で、勝敗が決まりました』
画面が切り替わり、フィールドをあとにするイオの姿が映し出された。
「惜しかったですね」
美咲が残念そうに呟く。
「一撃は入れてたのにね」
ナナも画面を見つめたまま続けた。
「刹那さん」
「ん?」
「イオさん、かなりらっとさんの行動を読んでいたように見えましたけど、実際どうなんですか?」
れんに尋ねられ、刹那は少しだけ考えた。
「知らん」
そう答えると、部屋の後ろへ視線を向ける。
刹那につられ、全員の視線がアリスへ集まった。
壁に背を預けていたアリスが、わずかに目を細めた。
「……どうして私を見るのかしら」
「どうしてって言われても、な?」
刹那が同意を求めるようにナナを見る。
「解説担当でしょ?」
「貴女たちの解説担当になった覚えはないのだけれども」
「いいから。実際、どうなんだ?」
刹那に急かされ、アリスは小さく息を吐いた。
「すべての行動を読んでいたわけではないはずよ。イオが読んでいたのは、何を見せれば、らっとがどう動くかということよ」
「何を見せれば?」
「自分の姿よ。狙撃手のイオが自分から姿を見せて、らっとの得意な地下へ逃げ込む。罠だと分かっていても、追わずにはいられないでしょう」
美咲が試合映像を巻き戻す。
市街地を走るイオ。
その姿を見つけ、あとを追うらっと。
そして、地下へ続く階段。
「センサービーコンも、わざと見つけさせたんですか?」
「ええ。位置を知るだけなら、もっと見つかりにくい場所へ置けばいい。あえて見せて、相手の動きを把握していると示したのよ」
「じゃあ、換気口を選んだところまで、イオさんは読んでいたんですか?」
「いいえ。そこは、らっとの読み勝ちよ」
「でも、換気口の下に罠があったじゃん」
ナナが画面を指さす。
「あれは換気口に備えて置いたものではないわ。イオの近くまで迫られた時の、最後の保険よ。どこから侵入しても、イオを見つけたら、らっとは一気に距離を詰めるでしょうから」
「じゃあ、らっとさんは一度、イオさんの読みを外していたんですね」
「ええ。だから、最後の撃ち合いまで持ち込めたのでしょうね」
れんは巻き戻された映像を眺めながら、しばらく考え込んだ。
「イオさんは、地下に入ってから、あれを全部考えたんですか?」
アリスも画面へ視線を向け、少しだけ間を置いた。
「……おそらく、始まる前からよ」
アリスが言い終えるのとほとんど同時に、画面からリリアの明るい声が響いた。
『それでは大会はここで、2時間の休憩に入りまーす!』
画面が切り替わり、再開までの残り時間が大きく表示される。
「2時間か。私たちも外の空気でも吸いに行くか」
刹那が立ち上がると、美咲が思い出したように顔を上げた。
「そういえば、レイナさんと楓さんも来ているみたいですよ?」
「そうなのか。なら、顔ぐらい出すか」
反対する者はいなかった。
6人は荷物をまとめ、揃って控室をあとにした。
通路へ出た途端、幾重にも重なった声が押し寄せてきた。
試合前から多くの観客が集まっていたが、その熱気はさらに増している。
まだ2試合しか終わっていないとは思えないほどだった。
行き交う者たちは、先ほどの試合について興奮した様子で語り合っている。
その中の何人かが、刹那たちとすれ違う際に足を緩めた。
「次も楽しみにしてるぞー!」
少し離れたところから声が飛んでくる。
刹那は声のしたほうへ片手を上げ、そのまま歩き続けた。
会場から離れるにつれ、人の密度は少しずつ薄れていく。
けれど、出店区画へ入ってしばらくすると、流れが再び詰まり始めた。
「……なんか、人増えてねえか?」
「あれが原因じゃないですか?」
ナナが前方を指さした。
その先には、《月の厨房》の看板が掲げられている。
店先では、レイナが料理を載せた器を両手に持ち、客の間を忙しなく行き来していた。
店へ向かう者。
順番を待つ者。
料理を受け取って離れていく者。
食べ終えた器を返しに来る者。
いくつもの流れが店の前で交わり、その一帯だけが混沌としていた。
奥の厨房では、楓が絶え間なく手を動かしている。
こちらに気づく余裕など、どう見てもなさそうだった。
「……あれ、声かけられる雰囲気じゃねえな」
「邪魔になっちゃいそうですね」
「今はやめとくか」
「そうねぇ」
6人は《月の厨房》へ向かう流れから外れ、人通りの少ないほうへ歩き始めた。
人が多ければ道を変え、賑やかな店があれば通り過ぎる。
そうして、どこへ行くとも決めないまま、しばらく歩き続けた。
「いつまで歩くんですか?」
ナナが不満そうに尋ねる。
「知らん。静かなとこが見つかるまでだろ」
答えた刹那自身も、いい加減歩くのが面倒になっていた。
通りの先へ視線を向け、目についた店を指さす。
「もう、あそこでいいだろ」
そこには、通りに面した小さな店があった。
張り出した屋根の下には横長のカウンターがあり、その奥が調理場になっている。
店の周囲には簡素なテーブルがいくつか置かれていた。
外観に目立った特徴はない。
客の姿もまばらで、6人で腰を落ち着ける場所には困らなそうだった。
「すみませーん」
マリアがカウンター越しに声をかける。
店の奥から現れたのは、若い女性の姿をした店主だった。
6人がそれぞれ注文を済ませ、外に置かれたテーブル席へ向かおうとした時だった。
「あの!」
一番後ろにいた刹那が足を止める。
「はい?」
振り返ると、女性店主は胸元で指を絡ませながら、伏し目がちに刹那を見つめていた。
わずかな沈黙。
女性店主は意を決したように、大きく息を吸った。
「しょ、初戦、かっこよかったです! 次も頑張ってください!」
思いのほか大きな声が出たのか、女性店主は慌てて自分の口を両手で塞いだ。
「ありがとうございます」
刹那が小さく笑う。
女性店主は顔を真っ赤にすると、逃げるように店の奥へ消えていった。
そのやり取りを見ていたナナが、不満そうに目を細める。
「……なに、あれ?」
「刹那ちゃん、かっこいいからねぇ」
マリアは、そのやり取りを微笑ましそうに眺めている。
アリスと美咲は特に気にした様子もなく、すでにテーブル席へ着いていた。
ほどなくして、各々が注文したものが運ばれてきた。
「それじゃあ、ゆっくりしましょうか〜」
マリアがそう言った直後、大きな声が通りの向こうから聞こえてきた。
アリス以外の5人が、一斉に声のしたほうを見る。
少し離れた店の前で、大柄な男が一人のプレイヤーと話していた。
「あれって、ボリスさんですよね?」
美咲が刹那へ尋ねる。
「だな」
「何か、揉めてません?」
れんが腰を浮かせかけた。
刹那は片手を振り、座っているように促した。
「放っとけ。揉めるような人じゃないから」
「大丈夫なんですか?」
「声がでかいだけだ」
れんは戸惑いながらも、もう一度椅子へ腰を下ろした。
ナナ、美咲、れん、マリアの4人は、心配そうに二人の様子を眺めていた。
やがて話が終わったのか、男性プレイヤーが小さく頭を下げた。
ボリスは大きく手を振って相手を見送った。
ふとこちらへ顔を向け、刹那と目が合う。
そのまま、6人のいる席へ向かって歩いてきた。
大柄な身体。
大小いくつものポーチが取り付けられた防弾ベストを身につけ、背中には大型のスレッジハンマーを背負っている。
一歩近づくたび、その威圧感が増していく。
「……本当に大丈夫?」
ナナが小さな声で呟いた。
それが聞こえたのか分からない。
ボリスは豪快に笑うと、大きな声を響かせた。
「おう、刹那! 1回戦、見事だったな!」
「ありがとうございます」
「次も楽しみにしてるぞ!」
ボリスは刹那の肩を叩こうと手を伸ばし、途中で思い直したように引っ込めた。
れんが先ほどボリスのいた店へ視線を向ける。
「さっき、何かあったんですか?」
「ん? ああ、あの兄ちゃんが、大会に出るなら先に並べって、俺に順番を譲ろうとしてな!」
ボリスは豪快に笑った。
「先に並んだ奴が先だろ! 変な気を使うなって言ってただけだ!」
「それで、あんなに大きな声を……」
「普通に話してたつもりなんだがな!」
その声も、十分すぎるほど大きかった。
ボリスは気にした様子もなく、刹那へ顔を向けた。
「俺が初戦で勝てたら、次は俺とお前だな!」
「勝つでしょ」
刹那が当然のように言うと、ボリスは笑みを消し、静かに首を横へ振った。
「いや。対戦は何があるか分からん。その時の運もある」
「まあ、それはそうですけど」
「勝つつもりではいる。だが、終わるまでは分からん!」
そこで再び笑うと、ボリスは来た道へ身体を向けた。
「じゃあ、勝てたら次の試合でな!」
「はい。待ってます」
ボリスは大きく手を振り、先ほどの店へ戻っていった。
遠ざかっていく大きな背中をしばらく見つめていたナナが、ぽつりと呟く。
「……声がでかいだけだった」
「だから言っただろ」




