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第21話 ネズミ

 地下へ降りると、らっとはすぐに速度を落とした。


 天井に残された照明が、人気のない通路を白く照らしている。


 両側に並ぶ、シャッターの下りた店舗。


 崩れた壁。


 倒れた陳列棚。


 身を隠せる場所はいくらでもある。


 だが、どこにもイオの姿はなかった。


 らっとはショットガンを構えたまま、階段からゆっくりと離れていく。


 待ち伏せをするなら、地下へ降りた直後。


 そう考えていたが、銃弾は飛んでこない。


「また鬼ごっこかよ……」


 喉まで出かかった悪態を飲み込み、通路を進む。


 最初の分岐へ差しかかったところで、柱の裏に小さな光が見えた。


 そこに取り付けられた、小型の装置。


 センサービーコン。


 気づいた時には、すでに感知範囲へ入っている。


 今さら壊しても意味はない。


 らっとは装置から視線を外し、そのまま奥へ進んだ。


 少し離れた分岐にも、同じ装置が置かれていた。


 ここを通ったことも。


 さらに奥へ進んでいることも。


 イオには、すべて知られている。


「……舐めやがって」


 らっとは奥歯を噛みしめた。


 こちらの位置を知るためだけじゃない。


 こうして足を止め、考えさせることまで含めて、イオの狙いだ。


 分かっている。


 分かっていても、腹の奥に溜まった苛立ちは消えてくれなかった。


 やがて、地下2階へ続く階段が見えてきた。


 らっとは壁へ背を寄せ、わずかに顔を出す。


 階段の先には、遮蔽物の少ない通路が延びていた。


 そのさらに奥。


 広い商業区画に、崩れた店舗と倒れたカウンターが見える。


 身を隠せる場所はある。


 だが、階段から区画の奥まで、長い射線が通っている。


 正面から下りれば、その瞬間を狙われる。


 イオがいるとすれば、階段から最も離れた場所。


 こちらが地下2階へ踏み込むのを、すでに待っている。


 らっとは階段から離れ、先ほど通った通路へ視線を戻した。


 天井近くの壁に、金属製の格子がはめ込まれている。


 換気口。


 通路に沿って延びたダクトは、地下2階にもつながっているはずだった。


 らっとはポーチから球体を取り出すと、階段の先へ放り投げた。


 数秒後。


 白い閃光と激しい破裂音が、地下2階を塗り潰した。


 らっとはその音に重ねて跳び上がる。


 振り上げたショットガンの銃床を、換気口の格子へ叩きつけた。


 留め具が弾け、格子がダクトの内側へ倒れ込む。


 着地と同時にもう一度跳び、縁へ手をかけた。


 らっとは壁を蹴って、換気口へ身体を滑り込ませた。


 狭い。


 四つん這いになり、ショットガンを片手で押しながら奥へ進む。


 身体を動かすたび、薄い金属板がわずかに沈んだ。


 できるだけ音を立てないよう、ゆっくりと体重を移していく。


 途中にある格子から、地下1階の通路が見えた。


 さらに進むと、ダクトが緩やかに下り始める。


 その先から、地下2階の白い照明が差し込んでいた。


 らっとは呼吸を抑え、光の漏れる格子へ近づいた。


 わずかな隙間から、階下を覗き込む。


 広い商業区画。


 倒れた椅子。


 崩れかけたカウンター。


 その奥に、黒い装備が見えた。


 イオ。


 カウンターの陰で身を低くし、二脚を立てたスナイパーライフルの銃口を、地下2階へ続く階段へ向けている。


 予想どおり、正面から来るらっとを待っている。


 見つけた。


 ようやく、見つけた。


 金属製の格子へ足を叩きつける。


 激しい音とともに格子が外れ、床へ落ちた。


 イオの顔が上がる。


 スナイパーライフルから両手を離し、身体だけを横へ逃がした。


「捕まえたぞ! 陰キャ野郎!」


 らっとは換気口から飛び込み、落下の勢いを乗せて右足を突き出した。


 イオの身体が横へ動く。


 だが、逃げきるよりも先に、らっとの蹴りが胸元へ突き刺さった。


 イオの身体だけが後方へ弾き飛ばされる。


 並んでいた椅子を巻き込み、そのまま床を転がった。


 二脚を立てたスナイパーライフルは、階段へ銃口を向けたまま、カウンターに取り残されている。


 らっとは両足で床を捉えた。


 イオはまだ起き上がっていない。


 追撃を入れるなら、今しかない。


 床を蹴った、その瞬間。


 足元で、短い電子音が鳴った。


「──ッ!」


 青白い電流が、右足から全身へ駆け抜ける。


 筋肉が一斉に強張り、踏み込んだ姿勢のまま身体が止まった。


 指一本、動かせない。


 らっとは視線だけを足元へ向けた。


 踏み出した右足の下で、薄い円盤状の装置が明滅している。


 スタントラップ。


 換気口の真下。


 イオがいた、すぐ横。


 飛び込む前に床へ視線を向けていれば、気づけた。


 それなのに、見落とした。


 目に入っていたのは、イオだけだった。


 ダクトから来ることも。


 真上から飛び込むことも。


 蹴りを当てたあと、追撃へ踏み込むことも。


 すべて、想定内。


 そう言われているようだった。


 ようやくイオの読みを上回ったと思った。


 その手応えすら、最初から用意されていた罠の中にあった。


「……っざ……けんな……!」


 今まで押し込めてきた苛立ちが、一気に燃え上がる。


 床へ倒れていたイオが、椅子を押しのけた。


 片手を床につき、身体を起こす。


 もう片方の手が腰へ伸びた。


 引き抜かれたハンドガンが、ゆっくりと持ち上がっていく。


 その銃口がらっとを捉えるよりも先に、全身を縛っていた電流が消えた。


 動く。


 イオとの距離は10メートルもない。


 スナイパーライフルは、らっとのすぐ後ろ。


 イオの手にあるのは、ハンドガンだけ。


 態勢を立て直される前に距離を詰めれば、まだ間に合う。


 普段なら、左右へ動きを散らして照準を絞らせない。


 だが、もう一手も読み合いに付き合う気はなかった。


 今度こそ。


 ここで仕留める。


 らっとはイオへ向かって、一直線に床を蹴った。


 10メートル。


 8メートル。


 ショットガンを持ち上げる。


 まだ遠い。


 散弾の威力を通すには、あと数歩。


 それでも、らっとは引き金を引いた。


 轟音が地下街に響く。


 広がった散弾が、イオの左肩口から胸元へ食い込んだ。


 その身体が大きく仰け反り、らっとの頭部を捉えていた銃口が横へ流れる。


 一拍も置かず、乾いた銃声が轟音に重なった。


「ぐッ!」


 らっとの左肩を、鋭い衝撃が貫く。


 撃たれた勢いに引かれ、ショットガンの銃口が落ちた。


 だが、止められてはいない。


 前方では、イオの身体が背中から床へ倒れていく。


 押し切れる。


 らっとは走る速度を緩めなかった。


 痺れる左腕でフォアエンドを掴み、強引に引き寄せる。


 空薬莢が宙を舞う。


 そのまま押し戻し、次弾を装填した。


 イオは起き上がろうとはしなかった。


 床へ倒れた勢いのまま、身体を横へ転がす。


 らっとの正面から、その姿が外れた。


 ショットガンの銃口を振り、床を転がるイオを追う。


 あと数歩。


 次で、倒しきる。


 転がったイオが床へ片肘をついた。


 低い姿勢のまま、ハンドガンを持ち上げる。


 らっともショットガンを構え直した。


 銃口が、イオの胸元を捉える。


 イオの銃口も、らっとへ向く。


 その腕に、もう揺れはなかった。


 らっとの指が、引き金へ力を込める。


 そのわずかに前。


 乾いた銃声が響いた。


 額の中心に、鋭い衝撃が走る。


 視界が大きく跳ね上がり、ショットガンの銃口がイオから外れた。


 身体から力が抜ける。


 止まりきれなかった勢いのまま、らっとの身体が前へ崩れた。


 床へ触れるよりも先に、視界が暗転する。


 暗闇の中で、試合終了を告げる電子音が響いた。


《MATCH FINISHED》


《WINNER:IO》


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