↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
120/200

第19話 持たない狙撃手

 選手控室へ戻った刹那は、壁際の椅子に腰を下ろした。


 背もたれに身体を預け、深く息を吐く。


 そこでようやく、全身から力が抜けていった。


 その直後、廊下の向こうから複数の足音が聞こえてきた。


「刹那さん!」


 勢いよく扉が開き、ナナが我先にと飛び込んできた。


 頬はわずかに上気し、興奮もまだ冷めていない。


 その後ろから、美咲とれんが続く。


 少し遅れて、アリスとマリアがゆっくりと控室へ入ってきた。


 美咲は刹那の前まで来ると、両手を胸の前で合わせた。


「1回戦突破、おめでとうございます」


「さんきゅ。始まる前はどうなることかと思ったけど、なんとかなったわ」


「刹那ちゃん、緊張してるみたいだったから、心配だったわよ〜」


 マリアが胸に手を当て、安心したように笑う。


「実際、緊張してましたしね」


 れんの言葉に、刹那は小さく肩をすくめた。


「そういえば、どうして相手の場所が分かったんですか?」


 美咲の問いかけに、刹那は椅子の背もたれから顔を上げた。


「んー。場所が分かってたっていうより、普通なら、複数の通りに射線を通せるあの高台を選ぶだろうと思ってな。私も向かう途中で見つけただけだ」


「屋根を伝って?」


 ナナが片眉を上げた。


「そっちのほうが早いし、意表も突けるだろ」


「実際、上は警戒してませんでしたね」


 れんが納得したように頷いた。


 れんは携帯端末を取り出し、大会の配信画面を開いた。


「そろそろ、始まりますかね」


 画面には、実況席に座るリリアとしろが映っていた。


 刹那も横から画面を覗き込む。


「まだ始まってないのか。なげーな」


「どっかの誰かさんが、予定よりだいぶ早く終わらせたからじゃないですか?」


 ナナが口元に手を当て、半目で刹那を見た。


 刹那は一瞬だけナナを横目で見て、画面に視線を戻した。


 配信画面の下には、第2試合に出場する二人の戦績が並んでいる。


 それを見て、美咲が口を開いた。


「次は、お知り合いの方ですよね?」


「どっちが?」


 ナナが刹那とれんの間に入り、下から端末を覗き込んだ。


「イオさんのほうです」


「へー。こっちの軍服の方が知り合いなんだ」


 れんは画面に映るイオと、刹那を見比べた。


「えっ、イオさんとお知り合いなんですか?」


「まあな」


「あのBCCのイオさんですよ?」


「アリスもマリアさんも知り合いだぞ」


「マジっすか?」


 れんは壁際の二人へ顔を向けた。


 アリスは興味なさそうに、目を閉じて壁へ寄りかかっていた。


 れんの視線に、マリアは柔らかく微笑んだ。


「私たち、みんな初期からやっているのよ。昔馴染みってところねぇ」


 れんが驚きを隠せないまま、もう一度イオの戦績へ目を落とす。


 ナナが刹那を見上げた。


「で、強いんですか?」


「見てれば分かる」


 刹那が答えた直後、画面の中でリリアが手元の端末から顔を上げた。


『──おっと。準備ができたようです!』


 配信画面が、実況席から入場ゲートへ切り替わる。


『皆さん、お待たせいたしました! 1回戦第2試合──両選手、入場です!』


 先に名を呼ばれたのは、イオだった。


 紺色の軍服の裾を揺らし、入場ゲートの奥から姿を現す。


 顔は黒いガスマスクに覆われ、表情を窺うことはできなかった。


 観客席から歓声が上がっても、歩調は変わらない。


 そのまま悠々とフィールド中央まで進み、定位置へ立った。


 続いて名を呼ばれたのは、らっとだった。


 髪を後ろで束ねた、小柄な青年。


 らっとは緊張した様子もなく、軽くスキップしながら入場してくる。


 正面だけを見据えるイオと、へらへらと笑うらっと。


 纏う空気は正反対だったが、どちらの足取りにも迷いはなかった。


 フィールド中央で向かい合うと、らっとが右手を差し出した。


 イオは無言のまま、その手を握り返す。


 対するらっとは、握手を終えても変わらず笑っていた。


 二人がそれぞれの初期位置へ戻る。


 床面を走った光が周囲を塗り替え、何もなかったフィールドに大通りと高層ビル群が形作られていく。


 建物の間には細い路地が伸び、いくつもの窓が大通りを見下ろしていた。


『第2試合は都心マップです!』


 リリアのよく通る声に続き、しろが落ち着いた口調で解説する。


『狙撃を得意とするイオ選手は、地上の高所を取りたい。対するらっと選手は、地下へ持ち込みたいはずです。互いに狙う場所が正反対ですから、位置の探り合いは長引くかもしれません』


 二人の正面に、試合開始までの数字が浮かび上がった。


《00:03》


《00:02》


《00:01》


《BATTLE START》


────────


 開始を告げるブザーが鳴った。


 同時に、イオは初期位置から走り出した。


 正面には、高層ビル群が立ち並んでいる。


 屋上を取れば、複数の通りへ射線を通せる。


 位置を知られても、らっとが距離を詰めるまでには十分な時間があった。


 狙撃手なら、真っ先に高所を目指す。


 少なくとも、らっとはそう考える。


 けれど、イオはビルへ向かわなかった。


 大通りを横切り、地下へ続く階段へ向かう。


 腰のポーチから小型の装置を取り出すと、階段から少し離れた案内板の陰へ貼り付けた。


 センサービーコン。


 周囲を通過したプレイヤーを感知し、その位置を所有者へ知らせる索敵装置。


「……らっと君は怒るだろうな」


 イオは作動を確認すると、足を止めることなく階段を下りていった。


 地下へ入ると、地上の明かりはすぐに届かなくなった。


 天井に残された照明が、一定の間隔で通路を白く照らしている。


 地下街の両側には、シャッターの下りた店舗が並んでいた。


 イオは通路を進みながら、二つ目のビーコンを柱の裏へ置いた。


 そこから離れた分岐にも、もう一つ。


 いずれも、イオが狙撃地点に選んだ場所からは遠い。


 最初のビーコンを見つければ、らっとはその周囲を警戒する。


 だが、そこにイオはいない。


 次も囮だと切り捨てるか。


 それとも、今度こそ近くにいると疑うか。


 どちらでもいい。


 わずかに足が止まれば、それで十分だった。


 イオは地下街の奥へ進み、地下2階へ続く階段を下りていく。


 下りた先には、広い商業区画が広がっていた。


 店舗を隔てていた壁の多くは崩れ、カウンターや陳列棚だけが残されている。


 遮蔽物はある。


 だが、区画の端から奥まで見渡せるほど、視界は開けていた。


 地下でありながら、長い射線を確保できる。


 イオは周囲を見渡し、階段から最も離れた店舗へ向かった。


 残されていたカウンターの奥へ入り、肩に掛けていたスナイパーライフルを下ろした。


 折り畳まれていた二脚を開き、カウンターの上へライフルを据える。


 銃口の先には、先ほど下りてきた階段へ続く通路。


 正面から来るなら、らっとは必ずあの通路を通る。


 地下2階には、ビーコンを置いていない。


 地下1階で最後に反応した位置から、らっとが地下2階へ到達するまでの時間は読める。


 迎撃のタイミングを計るには、それで十分だった。


 イオは一度ライフルから手を離すと、腰のポーチから薄い円盤状の装置を取り出した。


 スタントラップ。


 接触した相手へ電流を流し、短時間だけ動きを奪う。


 イオは出入口へ目を向ける。


 置かない。


 ああいった場所は、真っ先に警戒される。


 通路にも置かない。


 らっとほどのプレイヤーなら、接近しながら足元も確認する。


 イオは、すぐ横の天井を見上げた。


 そこには、金属製の格子がはめ込まれている。


 格子の奥には、地下1階へつながる換気ダクトが延びていた。


 地下2階へ入る経路は、階段だけではない。


 イオは格子の真下──自分のすぐ横へスタントラップを置いた。


 立ち上がると、端末を開いた。


 地上と地下1階。


 離れた場所に配置したビーコンは、すべて正常に作動している。


 端末を閉じ、カウンターの内側で身を低くする。


 ライフルのストックを肩へ当て、通路の奥へ照準を合わせた。


 スコープの中には、まだ誰も映っていない。


 射線に問題はない。


 イオはライフルから顔を離した。


 準備は整った。


 地上では今頃、らっとがイオの姿を探している。


 イオはライフルをカウンターへ据えたまま、立ち上がった。


 ここで待つつもりはない。


 そのままカウンターを離れると、地上を目指して階段を上り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。