第18話 正解の外
大通りに、ぽっくが倒れていた。
その傍らに立つ刹那は、ぽっくを一瞥すると、静かに背を向けた。
そして、細い通路へ向かって歩き始める。
頭上の大型モニターには、決着直前の映像が映し出されていた。
細い通路へ銃口を向ける、ぽっく。
その頭上から落ちてきた、刹那。
歓声はない。
誰もが、読み込みが終わっていない映像のように固まり、会場は静まり返っていた。
『リリアさん』
静寂の中で、しろの声だけが響いた。
名前を呼ばれ、リリアが瞬きをする。
『……え?』
しろは、大型モニターの下部に表示された刹那の名を指さした。
リリアの視線が、その指先を追う。
大通りに倒れているぽっくに、医療スタッフが駆け寄っていた。
そして、通路へ戻っていく刹那。
リリアの意識が、ようやく目の前の結果へ追いついた。
『しょ、勝者──刹那選手!』
次の瞬間、会場が爆発した。
割れんばかりの歓声が一斉に湧き上がり、観客席を揺らした。
誰もが立ち上がり、手を叩き、目の前で起きた決着に声を上げていた。
『け、決着時間は7分6秒! 刹那選手、一度目の接触でぽっく選手を撃破しました!』
興奮を抑えきれない声で結果を伝えながら、リリアが隣のしろを見た。
『い、今のは……ぽっく選手、刹那選手の接近には気づいていましたよね?』
『ええ』
しろは、再び流れ始めた映像へ目を向けた。
『接近を捉えて、遮蔽物の少ない場所で、通路へ射線を通して待つ。近接相手を迎え撃つなら、ぽっく選手の判断は間違っていません』
『それなら、どうして……』
『刹那選手は、その射線に入らなかった』
大型モニターの中で、ぽっくが空を見上げる。
その時にはすでに、刹那はぽっくの頭上にいた。
『上を取られたと気づいた時には、もう刹那選手の攻撃圏内だった。それだけです』
しろの短い解説を聞きながら、リリアはリプレイ映像へ視線を戻した。
何度見ても、刹那が現れてから決着までの間に、言葉を挟む余地はなかった。
沸き立つ観客席で、美咲は目を丸くしたまま固まっていた。
「ちょっ! 刹那さん、バカカッコイイじゃん!」
興奮したナナが、美咲の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
それでも、美咲の視線は大型モニターから動かなかった。
画面の中では、決着の瞬間が何度も繰り返されていた。
通路へ銃口を向けるぽっく。
その頭上から、刹那が落ちてくる。
れんはリプレイ映像を目で追いながら、苦笑していた。
その隣で、マリアは柔らかく微笑みながら、胸の前で手を叩いていた。
「……あんな勝ち方も、あるんですね?」
揺さぶられるがまま、美咲が隣のアリスへ問いかけた。
アリスは大型モニターを見つめたまま、どこか呆れたように小さく息を吐いた。
「彼女だけよ」
刹那が選手用通路へ戻っても、会場の興奮は収まっていなかった。
背後からは、リリアの実況としろの解説が、歓声に混じって聞こえてきた。
重なり合った声が、通路の壁を震わせている。
観客席から姿が見えなくなったところで、刹那は通路の端にしゃがみ込んだ。
「はぁ……しんど……」
深く息を吐き、項垂れた。
緊張が解けた途端、身体の奥に押し込めていた疲労が一気に押し寄せてきた。
その時、視界の端に黒いコンバットブーツが映り込んだ。
刹那は気だるそうに視線を上げた。
紺色の、丈の長い軍服。
顔を覆う黒いガスマスク。
次の試合を控えたイオが、目の前に立っていた。
「イオさんじゃん。どうも」
刹那は薄く笑い、片手を上げた。
「相変わらず規格外だな、君は」
「褒めてます?」
「呆れているんだよ」
刹那は膝に手をついて立ち上がった。
「次の試合、イオさんですか?」
「ああ。相手はらっと君だ」
その名前に、刹那は昨日の模擬戦を思い返した。
ショットガンを手に、細かく方向を変えながら距離を詰めてきたアンドロイド。
あれが再現していたのは、らっとの動きだった。
自ら距離を詰める高機動型という点は同じ。
ただし、最短距離を突き抜ける刹那に対し、らっとは方向転換を繰り返して相手の狙いを散らす。
「あー、すばしっこい奴か。イオさんが苦手なタイプですね」
「速いと言っても、君に比べれば幾分かはましだよ」
「そりゃどうも」
刹那は控室へ向かって歩き始めた。
「何にせよ、頑張ってください。まあ、イオさんが負けるビジョンは見えないですけど」
「期待されてるのかな?」
刹那はその問いには答えず、肩をすくめた。
イオは、ガスマスク越しにその背中を見つめていた。
「滅多にない機会だ。少なくとも、君と当たるまでは負けるつもりはないよ」
刹那は振り返らなかった。
その足音だけが、通路の奥へ遠ざかっていった。




