第16話 残酷なくらいに
控室を出てしばらく歩くと、通路の先から地鳴りのような音が聞こえてきた。
幾重にも重なった声が、通路の壁を震わせている。
美咲は足を止めかけた。
「これ、全部……観客の声ですか?」
「ええ。始まる前から随分と騒がしいわね」
アリスはそう答え、足を止めずに通路を進んでいく。
やがて、二人の前に観客席へつながる扉が現れた。
アリスが扉に手を触れる。
開いた隙間から、白い光と歓声が一気に流れ込んできた。
美咲は思わず目を細める。
視界いっぱいに広がる観客席。
頭上を飛び交う、いくつものホログラム。
選手の名前を掲げる者や、端末に表示された対戦表を見ながら声を上げる者。
中央の戦闘フィールドを取り囲むように並んだ席は、そのほとんどが埋まっていた。
「……こんなに人が来るんですね」
「参加者の半数近くが、上位選手か名前の知られたプレイヤーよ。注目を集めないほうが不自然でしょう」
「でも、最初は個人開催の大会だったんですよね?」
「最初は、ね」
アリスは巨大なスクリーンへ視線を向けた。
画面には、大会名と16人分の参加者一覧が映し出されている。
《Code:VIR運営公認・PvPチャレンジカップ》
個人開催という言葉が、どこにも似合わない光景だった。
「美咲ー! アリスー!」
聞き慣れた声が、少し離れた場所から飛んでくる。
声のほうを見ると、ナナが大きく手を振っていた。
その隣には、れんとマリアの姿もある。
二人は人の間を抜け、ナナたちが確保していた席へ向かった。
「お疲れさまです。刹那さん、もう準備に入ってました?」
「はい。ただ、途中で控室を通り過ぎてしまって」
「通り過ぎたんですか?」
「考え事をしていたようね。私が止めなければ、そのまま会場を一周していたでしょう」
「刹那さん、緊張してるの?」
ナナが驚いたように目を丸くする。
「本人は否定するでしょうね」
アリスがナナの隣へ腰を下ろした。
美咲もアリスの隣へ腰を下ろす。
すると、反対側に座るマリアが柔らかく微笑みかけた。
「美咲ちゃん、渡せたかしら〜?」
「はい。ちゃんと渡せました」
「渡すって、何を?」
すぐさまナナが身を乗り出した。
「あっ、いえ。その……ちょっとしたものです」
「なによ。気になるじゃない」
「もう始まるわ」
アリスの一言に、ナナの動きが止まった。
会場を照らしていた照明が、ゆっくりと落ちていく。
観客たちの声も次第に小さくなり、中央の巨大スクリーンだけが暗闇に浮かび上がった。
そこへ、実況席に立つ青い髪の女性が映し出された。
手にしたマイクを高く掲げ、満面の笑みを浮かべる。
『皆さーん! 大変長らくお待たせいたしましたー!』
明るく弾んだ声が、会場中へ響き渡る。
静まりかけていた観客席が、再び大きく揺れた。
『16人の選手が、1対1で最強の座を奪い合う! 運営公認、PvPチャレンジカップ! 実況は私、リリアがお送りしまーす!』
リリアが大きく腕を広げる。
歓声が一段と大きくなった。
「リリアさん、すごい人気ですね」
美咲が声を張って言うと、れんが頷いた。
「公式イベントでも実況を担当している人ですからね。この大会を運営へ持ち込んだのも、リリアさんらしいですよ」
「リリアさんが?」
「はい。実況も自分から買って出たとか」
巨大スクリーンの映像が切り替わる。
リリアの隣に座っていたのは、長い髪を後ろで束ねた、線の細い男性だった。
賑やかなリリアとは対照的に、穏やかな笑みを浮かべている。
『そして解説は、PvPランキング第10位! しろさんです!』
『よろしくお願いします』
しろが席に座ったまま、軽く頭を下げる。
『しろさん。いやあ、すごい人の数ですね! 当初は個人開催のはずだったなんて、とても信じられません!』
『リリアさんが運営へ持ち込んだ結果ですよね』
『そこは私の功績ということで!』
『では、何か問題が起きた場合もリリアさんの責任ということで』
『どうしてそうなるんですか!?』
観客席から笑い声が上がった。
しろは変わらず穏やかな表情のまま、目の前の端末を操作している。
『冗談はさておき、まずは大会ルールを確認していきましょう!』
巨大スクリーンに、対戦表と大会形式が表示された。
『本大会は、16人による1対1のトーナメント戦! 制限時間はありません! どちらかが敗北を認めるか、大会システムが戦闘続行不能と判断した時点で決着となります!』
画面が切り替わり、いくつもの武器と装備品が並ぶ。
『そして使用できる武器、防具、ガジェットは、すべて運営が用意したものだけ! ユニーク装備を含む私物は持ち込み禁止です!』
『ただし、効果を持たない装飾品は認められています』
『参加者全員が、同じ装備一覧から構成を選びます。貸出装備の強化段階も共通です』
『つまり、会場へ持ち込めるのは自分の腕前だけ!』
『平等ですね。残酷なくらいに』
しろの穏やかな声に、観客席から小さなどよめきが起きた。
美咲は表示された装備一覧へ目を向ける。
刹那が普段使っている赤い高周波ブレードは、どこにもなかった。
いつもの武器も、装備性能による優位もない。
それでも、美咲には刹那が不利になったようには思えなかった。
『続いて、今回使用されるフィールドはこちら!』
スクリーンが四分割される。
木々が密集する森林。
薄暗い通路が幾重にも伸びる地下研究所。
高層建築と地下モールを備えた都心部。
低い建物と広い道路が入り交じる郊外。
『使用マップは、この4種類から試合ごとにランダムで選ばれます! 各マップの地上範囲は、およそ東京ドーム1個分! 地下モールを含む都心部は、総探索面積が4マップ中最大となっています!』
『かなり広いですね。相手を探すだけでも苦労するでしょう』
『時間無制限なら、ずっと隠れていればいいのでは? そう思った皆さん! もちろん、そんなに甘くはありません!』
リリアが指を鳴らす。
マップの各所に、赤い点が浮かび上がった。
『フィールドには、一定時間ごとに複数のエネミーが出現します! しかも彼らは、選手のおおまかな位置を把握済み! 同じ場所に留まり続けると、エネミーのほうから少しずつ近づいてきます!』
『隠れていても、向こうから会いに来てくれるわけですね』
『嬉しくない人気者です!』
『人気者は大変ですね』
『しろさん、他人事だと思って楽しんでません?』
『少しだけ』
しろが微笑むと、再び観客席に笑い声が広がった。
『さらに試合が長引くほど、出現するエネミーの数と索敵能力は上昇します。最終段階では、両選手の位置を常時捕捉するようになります』
『時間制限はありませんが、待ち続けるほど戦況は悪化する! 戦う相手は目の前の選手だけではないということですね!』
『ええ。対戦相手を直接倒す必要もありません。エネミーの群れへ追い込み、戦闘続行不能にさせても勝利です』
「自分で倒さなくても、勝ちになるんですね」
美咲が思わず呟く。
「ええ。相手を撃つだけが、倒す方法ではないわ」
アリスは巨大スクリーンを見つめたまま答えた。
画面上の四つのマップが消え、回転する光の輪へと変わる。
『それでは、記念すべき第一試合! 使用マップを決定しましょう!』
回転する光が徐々に速度を落としていく。
森林。
地下研究所。
都心部。
郊外。
四つの文字を何度も通り過ぎ、最後に一つだけが残った。
《郊外》
巨大スクリーンに、低層の建物が並ぶ街並みが映し出される。
二階から四階ほどの建物。
その間を走る、幅の広い道路。
駐車場や空き地、小さな商店と集合住宅。
都心部ほど建物は密集していない。
けれど、遠くまで見渡せるほど開けてもいなかった。
『第一試合の舞台は、郊外マップです!』
『遮蔽物の多い建物内と、身を隠しにくい道路が混在しています。近距離と遠距離、どちらか一方が有利とは言い切れないマップですね』
『つまり、選手の腕前がそのまま出やすい!』
『そうですね。選んだ装備と地形を、どう結びつけるかが重要になるでしょう』
郊外マップの映像が左右へ分かれ、二人の名前が表示される。
《刹那 VS ぽっく》
美咲の隣で、ナナが身を乗り出した。
れんも表情を引き締め、スクリーンを見上げている。
アリスだけは、先ほどから何も変わらない。
静かに、刹那の名前を見つめていた。
『さて、しろさん。まずは両選手を見ていきましょう!』
画面に、二人の戦績と戦闘傾向が並んで表示される。
『ぽっく選手は、これほど大きな大会への出場経験こそありませんが、これまでにも複数の大会へ参加しています』
『試合そのものには慣れている選手ですね。中距離から遠距離まで対応でき、ガジェットもきちんと立ち回りへ組み込む。これといった穴がありません』
『対する刹那選手は、今回が大会初参加。立ち回りも近距離に特化しています』
リリアが画面上の情報を見比べ、僅かに首を傾げた。
『こうして比べると、刹那選手が少し不利に見えますが?』
『いえ。刹那選手の速攻が決まれば、ぽっく選手は自分の形を作る前に倒されます』
『……ずいぶん言い切りますね。刹那選手をご存じなんですか?』
『どうでしょう』
しろは穏やかに答え、画面へ視線を戻した。
その曖昧な返事に、リリアは「むむっ」と眉をひそめ、しろを見つめた。
『ただ、大会の空気に慣れていない点は明確な弱みです。刹那選手がそれを掴む前に、ぽっく選手が先手を取れるか』
『つまり、最初から目が離せない?』
『ええ。この試合は、一度目の接触で流れが決まるでしょう』
そして、会場の照明が完全に消える。
一瞬の静寂。
次の瞬間、二本の光が入場口を照らし出した。
『それでは、第一試合──』
リリアが息を吸い込み、マイクを強く握り締める。
『刹那選手対ぽっく選手! 両選手、入場です!』




