第13話 ボット君
仮拠点の扉が、勢いよく開いた。
端末を操作していたアリスと、その隣にいた美咲が同時に顔を上げる。
「大会、公認になってた」
刹那は挨拶もせず、開いたままの携帯端末を二人へ向けた。
「え?」
「運営公認。公式配信も入るってよ」
美咲は目を丸くすると、刹那へ駆け寄り、その手から端末を受け取った。
一方、アリスは椅子に座ったまま、手元の端末へ視線を戻す。
「そう」
「反応薄すぎだろ」
「公認になったところで、対戦相手が変わるわけではないでしょう」
「そういう問題じゃねえんだよ。観客は増えるし、全試合が公式配信される。実況までつくらしい」
美咲が刹那の端末を覗き込みながら、顔を輝かせた。
「すごいじゃないですか!」
「お前は喜びすぎ」
「だって、刹那さんの試合をたくさんの人が見てくれるんですよね?」
「人に見られるのは別にいい。けど、私は気軽な個人大会に出るつもりだったんだよ」
数日前までは、どこにでもある個人大会だった。
参加者の顔ぶれが豪華とはいえ、主催も進行もプレイヤー。観客も、PvPに興味がある者が集まる程度のはずだった。
それが今では、公式ページに専用の告知まで用意されている。
美咲が画面をスクロールすると、会場の予想観客数と配信予定が並んだ。
「気軽って規模じゃねえだろ?」
「辞退するのかしら?」
アリスの問いかけに、刹那はすぐさま顔を向けた。
「するわけないだろ」
「なら、問題ないわね」
「あるわ。気分の問題が」
アリスは興味を失ったように、また手元の端末を操作し始めた。
美咲は公式ページを眺めたまま、口元を緩めている。
小さく息を吐き、刹那はソファーへ腰を下ろした。
「結局、朔夜さんって方は見つかったんですか?」
美咲が刹那へ端末を返しながら尋ねた。
「いなかった。居場所も分からん」
「そうなんですね……」
「大会のことを知っただけだったわけね」
「知りたくなかったけどな」
刹那がソファーへ深く身体を沈める。
その時、美咲とアリスが短く視線を交わした。
「でも、ちょうどよかったかもしれません」
「何が?」
刹那が顔を上げる。
美咲は何も答えず、アリスへ視線を向けた。
アリスは端末を閉じると、椅子から立ち上がった。
その手には、小型の記録媒体が握られていた。
「最終調整が終わったわ」
「何の話だよ」
「来れば分かるわ」
アリスはそれだけ言うと、仮拠点の出口へ向かった。
美咲も、どこか楽しそうにその後を追う。
何も聞かされていない刹那だけが、ソファーに取り残された。
「……なんなんだよ」
────────
リヴェラ東部訓練所。
アリスに連れてこられた刹那は、ガラス越しに訓練室を眺めていた。
白一色の空間。
その中央に、人の形をした機械が一体だけ立っている。
滑らかな白い外装。
関節部分から覗く、黒い駆動部。
顔に当たる部分には目も鼻もなく、細い一本の光が横に走っていた。
「……これか?」
「模擬戦用の半自律型アンドロイドよ」
「借りてきたのか」
「ええ。戦闘用の学習機能がついた個体を手配したわ」
アリスは先ほどの記録媒体を、端末の側面へ差し込んだ。
停止していたアンドロイドの顔に、青白い光が灯る。
「刹那さん専用半自律型アンドロイド。通称、ボット君です」
美咲が自信ありげに紹介した。
刹那はもう一度、ガラスの向こうにいるアンドロイドを見る。
「ボット君?」
「呼びやすいかなって。ね? アリスさん」
美咲がアリスを見た。
「それは美咲が勝手に呼んでいるだけよ」
「名前がないと、かわいそうじゃないですか」
「機械だぞ」
刹那が呆れたように言うと、美咲は少し不満そうにボット君を見つめた。
「数日前に行った模擬戦から、貴女の動きを学習させているわ」
アリスが画面を切り替える。
そこには、刹那の接近経路や攻撃の軌道らしき線が、いくつも重なって表示されていた。
「大会参加者の試合映像も、見つけられた範囲で学習させました」
「美咲が集めたのか?」
「はい。公開されている試合だけですけど」
美咲は刹那に褒められるのを待つように、少しだけ胸を張った。
大会まで残された時間は少ない。
それでも、二人は刹那が練習相手を探し回っている間に、別の方法を用意していた。
「お前ら、いつの間にこんなの作ってたんだよ」
「刹那さんに、勝ってほしいので」
「負けた時に、準備不足を言い訳にされても困るもの」
刹那はアリスを半目で見つめる。
「素直じゃねえな」
アリスは刹那の視線を受け流し、訓練室へ続く扉を指した。
「使えるかどうか、確認するのでしょう」
「そうだな」
刹那は口元を緩めると、訓練室へ向かった。
白い部屋へ入る。
備え付けのラバーナイフを二本手に取り、軽く振るった。
『始めるわよ』
部屋の四隅にあるスピーカーから、アリスの声が聞こえた。
訓練室の中央で、アンドロイドが動き始める。
備え付けのラバーナイフを一本手に取り、刹那へ切っ先を向けた。
「ナイフ?」
『反応速度のテストよ』
刹那も両手のラバーナイフを静かに構える。
「なるほどね」
『ワンヒットで終了。いいわね』
「了解」
開始を告げるブザーが鳴った。
刹那が床を蹴る。
アンドロイドは動かない。
ただ、近づいてくる刹那の姿を、顔に走る細い光だけで追い続けている。
残り数歩。
刹那がさらに深く踏み込んだ。
右手のラバーナイフが、アンドロイドの首元へ走る。
乾いた衝突音。
刃先が届くより早く、アンドロイドのナイフが下から刹那の一撃を弾き上げていた。
「へえ」
刹那は弾かれた勢いのまま身体をひねる。
アンドロイドの刃が、すぐさまその背中を追った。
刹那は姿勢を低くし、頭上を通り過ぎた刃の下へ潜り込む。
そのまま床を蹴り、いったん距離を取った。
アンドロイドは追ってこない。
再びナイフを正面へ構え、刹那を待っていた。
「反応だけなら、悪くないな」
『現在の設定では、攻撃より迎撃を優先するようにしているわ』
「なるほどね」
刹那は二本のラバーナイフを握り直した。
もう一度、正面から距離を詰める。
先ほどと同じ軌道。
右手の刃を、アンドロイドの首元へ走らせる。
アンドロイドの腕が動いた。
ナイフが交差し、刹那の右腕が再び上へ弾かれた。
けれども、今度はそれで終わらない。
迎撃を終えたアンドロイドの腕は、まだ上へ流れている。
刹那は弾かれた右腕を戻そうとせず、その勢いのまま横へ踏み込んだ。
身体が沈む。
アンドロイドの視線が、その姿を追いかける。
刹那の左手の刃が、空いた首元を横切った。
終了を告げる電子音。
訓練室の中央に、結果が表示される。
《勝者:SETSUNA》
アンドロイドの動きが止まった。
「いいじゃん。これなら使える」
ガラスの向こうで、美咲が嬉しそうに両手を合わせた。
アリスはすでに次の設定を開き、画面へ指を走らせている。
『まだ一つ目よ』
「分かってるって。次、誰だ?」
その後も刹那は、アリスが用意した仮想の対戦相手と何度も戦った。
アンドロイドが手にする武器は、スナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガンへと次々に変わっていく。
距離が変われば、詰め方を変える。
攻め方が変われば、その場で崩し方を探す。
何度目かの開始音が鳴った。
アサルトライフルを構えたアンドロイドが、刹那へ銃口を向ける。
刹那は射線を外れながら距離を詰めた。
銃口がその姿を追う。
さらに加速した、その瞬間。
視界が一瞬だけ赤く染まった。
【速度情報に同期誤差を検出しました】
【位置情報を再同期します】
踏み出したはずの右足が、床へ縫いつけられたように止まる。
前へ出るはずだった身体だけが、その場へ取り残された。
乾いた銃声。
刹那の脇腹へ、鈍い衝撃が走った。
握っていたラバーナイフが一本、床を跳ねた。
終了を告げる電子音が鳴り、刹那は数歩よろめいて床へ片手をつく。
『刹那さん!』
「大丈夫だ」
刹那はすぐに立ち上がると、ガラスへ張りつく美咲へ片手を上げた。
『今、一瞬だけ動きが止まったわね』
「再同期だよ。速度を上げすぎたせいかな」
アリスが手元の端末へ視線を落とす。
『戦闘ログには残っていないわ』
「システム側の補正だからな。こっちの視界に警告が出るだけなんだよ」
刹那は二、三度その場で軽く跳ね、身体の感覚を確かめた。
違和感はない。
『続けられるかしら?』
「もう戻ってる。滅多に出ねえよ」
刹那は落ちていたラバーナイフを拾い、アンドロイドへ切っ先を向けた。
「次」
一戦が終わるたび、アリスは新たな設定を読み込ませた。
訓練室には、終了を告げる電子音が何度も響いた。
気軽な個人大会に出るつもりだった刹那の準備は、いつの間にか少しも気軽ではなくなっていた。




