第11話 暇つぶし
午後八時。
仮拠点へログインした刹那は、室内を見渡した。
端末を操作するアリス。
その隣では、美咲が銃を布で拭いている。
刹那は二人に短く挨拶をすると、ソファーに腰を下ろした。
大会まで、あと一週間。
携帯端末を取り出し、今朝確定した参加者一覧を開く。
参加者一覧には、見覚えのある名前が並んでいた。
IO──イオ。
Bear──ボリス。
二人の実力は、刹那もよく知っている。
さらに、ランキング七位──太郎。
直接戦ったことはない。
名前を聞いたことがある程度だが、順位だけを見ても軽視できる相手ではなかった。
ほかにも、七十七位、八十九位と、百位以内の参加者が続いている。
並のプレイヤーが相手なら、今のままでもそうそう負けない。
その自覚はある。
だが、誰でも参加できる個人大会にしては、今回の顔ぶれは妙に粒が揃っていた。
刹那は振り返り、アリスを見つめた。
あいつは、ない。
いくら大会まで時間がないとはいえ、あんなのに毎晩付き合っていたら、身体が持たない。
刹那は美咲に視線を移した。
銃の掃除が終わったのか、マガジンを差し込み、満足げに銃を掲げていた。
そして、刹那の視線に気づき、恐る恐る顔を向けて口を開いた。
「私は無理ですよ」
さすが、察しがいい。
「そうか? やってみないと分からなくないか」
「無理です。無理です。私が相手しても、何の練習にもなりませんって」
美咲が勢いよく首を振った。
「そもそも、刹那さんに銃口を向けたくないです」
「回復弾の入った銃口は向けるのにか?」
「あれは、痛くないって知ってますので……」
刹那は「それもそうか」と納得し、頭をかいた。
美咲に声をかけたのは、半分は冗談だった。
それを除けば、刹那は完全に手詰まりだった。
練習相手になってくれる知り合いはいなくはないが、あまり大会の話はしたくない。
できることなら、今回の件を知っている人物か、口の堅い信用できるプレイヤーが好ましかった。
刹那はもう一度アリスを見た。
アリスなら、誰かそういった人物を知っているかもしれない。
「なあ、アリス──」
「いないわよ」
刹那が言い切る前に、アリスは顔すら向けず言葉を被せた。
「貴女にいないのに、私にいると思っているの?」
確かにアリスの言う通りだった。
それほど大差はないが、交友関係はまだ刹那のほうが広い。
それなのに、刹那は無神経なことを聞こうとしていた。
刹那は小さく息を吐くと、アリスに優しく微笑みかけた。
「すまん」
アリスが端末から顔を上げ、わずかに目を細めた。
「今、とても失礼な謝罪が聞こえた気がしたのだけれども」
刹那はアリスから視線をそらし、両手を大きく上げた。
「さて、どうするかなー」
「練習相手を探しているんですよね?」
美咲が首を傾げ、刹那が頷いた。
「そう。それで、できれば内密にやりたい」
「マリアさんとかに聞けばいいんじゃないですか? マリアさん、お知り合い多いですよね」
美咲の提案に、刹那はマリアを思い浮かべた。
間延びした喋り方。
おっとりとした性格。
ゲーム歴も長くて、周りからの信頼も厚い。
確かに、ここにいる三人より圧倒的に知り合いは多い。
けれども、マリアには聞けない。
「あの人は無理」
「え、どうしてですか?」
「あの人、私が大会に出るから練習相手を見繕ってくれなんて言ったら、近所中に自慢する母親みたいに言いふらすだろ」
美咲は視線を上げて、少しの間を置き、苦笑いを浮かべた。
「た、確かに」
「はぁ……どっかに都合のいい練習相手いないかねぇ……」
「刹那さん、本音が漏れてます」
刹那がソファーに身体を沈めた時、来訪者を知らせるブザーが鳴った。
「私が出ます」
美咲が立ち上がり、拠点の入り口を映し出しているモニターに向かった。
「はい。あっ、ナナさんとれんさん。こんばんは」
『やっほー! 暇つぶしに遊びに来たー!』
画面越しにもかかわらず、ナナの無駄に元気な声が聞こえてきた。
美咲は振り返り、アリスを見た。
アリスは気にした様子もなく、淡々と端末を操作している。
「入っていいみたいです」
美咲はそう言い、目の前の端末を操作した。
すぐに、ロビーの扉が開いた。
「おじゃましまーす!」
高い位置で結ばれた薄水色のサイドテールを揺らしながら、ナナが部屋に飛び込んでくる。
その後ろから、黒髪を短く整えた青年、れんが気まずそうに顔をのぞかせた。
「おじゃまします」
一か月前、美咲が知り合った二人。
初めて美咲から紹介された頃は、仮拠点でもまだどこかぎこちなかった。
けれど今では、まるで自分の家のようにやってくる。
裏表のない性格のナナ。
少し生真面目なれん。
ナナはアリスの背後に忍び寄ると、アリスが操作する端末を覗き込んだ。
「相変わらず、無表情で難しそうなことしてるわねー」
アリスは変わらず、端末を操作している。
「きいてるー? もしもーし」
ナナが指でアリスの肩をつつくと、アリスの手が止まった。
「邪魔をするなら、出ていきなさい」
「おーこわ」
ナナは肩をすくめ、逃げるようにアリスから離れていった。
「今日はどうしたんですか?」
美咲がれんに問いかけた。
「暇だったんで、美咲さんがどこかに出るなら一緒に行こうかって話になって、出ないなら出ないで雑談もいいかなって」
「事前に連絡してくれれば、私から行きましたのに」
「いいんです。ナナがアルカディアの仮拠点に行きたかったみたいなんで」
「ここに?」
美咲が首を傾げると、ナナが不満げに声を上げた。
「ちょっと、れん。余計なこと言わないでくんない?」
「事実だろ?」
「これだから。ノンデリは……」
「その言い方はひどくね?」
二人がじゃれ合い始めると、美咲が間に割って入った。
「もう。来て早々、喧嘩しないでくださいよ。アリスさんが怒りますよ」
ナナとれんはアリスを見るが、アリスは気にした様子もなかった。
そんなやり取りを、静かに眺めていた刹那が口を開いた。
「なあ。お前ら、プレイ歴ってどのくらいだ?」
ナナとれんが顔を見合わせた。
「お互い二年ぐらいです」
二年。
そのプレイ歴は、今の刹那にとって悪くなかった。
「なるほどね」
刹那はソファーから立ち上がり、二人に歩み寄った。
二人は話の流れをつかみ切れないまま、揃って首を傾げている。
「先輩の頼みごと、聞いてほしいんだけど」
刹那が屈託のない笑顔を二人に向けた。
「はい! 私でよければ!」
ナナが勢いよく手を上げた。
その隣で、れんが嫌な予感を覚えたのか、刹那から視線をそらした。
「俺は遠慮しときたいなぁ」
「まあ、そう言わずに聞けって」
刹那は近くの椅子を二脚、二人の前へ引き寄せると、座るように促した。
そして、二人の前に立った。
「さっき暇って言ってたよな?」
「はい」
「まあ……はい」
「雑談でもいいってことは、そうじゃなくてもいいんだよな?」
「はい。何でもいいです」
ナナが返事をするだけの機械になっている横で、れんが嫌そうに顔を歪めた。
「できれば……まともなことがいいです」
「心配するなって、慈善事業だから」
刹那が口の端を吊り上げると、れんの顔がますます歪んでいく。
「あの、簡潔にお願いします」
「そうだな。これから二人には、対人の練習相手になってもらう」
その言葉に、ナナは目を輝かせ、れんは頭を抱えた。
「すみません。話の流れが見えてこないんですけど」
「お前が簡潔に言え、って言ったんだろ」
「そこまで話が飛躍するとは、思ってませんでした」
刹那は端末に大会概要を表示すると、二人の前に差し出した。
大会に出場すること。
思いのほか、出場者が粒ぞろいで、練習相手に飢えていること。
アリスを練習相手にすると、身体が持たないこと。
そして、出場することを知られたくないこと。
刹那はこれまでの経緯をかいつまんで、二人に説明した。
「対人経験は?」
刹那の問いかけに、ナナが元気に手を上げた。
「一時期はまってやってました!」
「……それに付き合わされてました」
「驚いた。二人とも完璧じゃねえか。よし、善は急げ。今から訓練所行くぞ」
刹那は二人の返事も聞かず、足早にロビーから出ていった。
「ちょっと興奮してきた」
ナナが口元を緩めながら、その後を追った。
二人が出ていくのを見送って、れんが美咲に顔を向けた。
「なんで止めてくれなかったんですか……」
美咲はいつの間にかアリスの隣へ避難し、ぴったりと身を寄せたまま、れんから視線をそらした。
「私が、止められると思ってるんですか」
「おい、れん! 時間ねーぞ!」
ロビーの外から、刹那の声が聞こえてきた。
れんはアリスを見るが、アリスは顔すら上げない。
「私も一緒に行きますから。ね?」
れんは諦めたように大きく息を吐き、悲しげに呟いた。
「俺、対人苦手なんですよ」




