第8話 模擬戦
開始までの数字が切り替わる。
美咲の前にある端末へ、二人の映像が映し出された。
右には、無表情のまま前方を見据えるアリス。その立ち姿からは、緊張すら感じられない。
左には、軽く身体をほぐしながら開始の合図を待つ刹那。先ほどまで浮かべていた緩い笑みは消え、鋭く細められた瞳だけが画面の向こうを見つめていた。
短い電子音。
観戦画面が一瞬だけ引き、訓練場全体を映し出す。
中央に積まれた大小のコンテナ。
画面の上下には、遮蔽物のない長い通路が一本ずつ伸びていた。
刹那がアリスへ最短で近づくなら、どちらかを抜けるしかない。
開始を告げるブザーが鳴った。
二人が同時に動き始める。
刹那は迷うことなく、右側の外周へ向かった。
観戦画面が切り替わり、刹那の姿を追う。
遮蔽物のない一本道。
銃を持つアリスへ近づかなければならない刹那には、不利にしか見えない場所。
それでも刹那は速度を落とさず、通路へ踏み込んだ。
その先。
コンテナの陰から、アリスが姿を現す。
「待っていた……?」
美咲は思わず端末へ顔を寄せた。
アリスは流れるような動作で銃口を上げ、刹那へ向けて引き金を引く。
乾いた銃声が連続した。
刹那は左へ跳び、弾道から身体を外す。
着地と同時に地面を蹴り、さらに距離を詰めた。
アリスに驚いた様子はない。
銃口はすでに、次に刹那が踏み込む位置へ向けられていた。
再び銃声。
刹那が地面を蹴った。
跳び上がった勢いのまま、コンテナの側面へ右足を叩きつける。
沈み込んだ膝が、一気に伸びた。
軌道が鋭く折れ、身体が反対側へ弾かれる。
だが、アリスの銃口もその動きを追っていた。
刹那が着地するより早く、数発の弾丸が放たれる。
刹那の身体が大きく沈んだ。
ラバー弾が、刹那の左肩すれすれを抜けていく。
地面へ片手をつき、倒れかけた身体を押し戻す。
残る距離は、半分。
刹那が顔を上げた時には、アリスの姿はコンテナの陰へ消えていた。
観戦画面が再び左右に分かれる。
右の映像では、アリスが中央のコンテナ群へ移動している。
左の映像では、刹那が逆手にラバーナイフを構え、その後を追っていた。
刹那はアリスが消えた物陰へ勢いよく飛び出す。
だが、そこにアリスはいない。
代わりに床へ転がっていたのは、コンカッショングレネードだった。
刹那が跳ぶ。
後ろではなく、前へ。
直後。
コンカッショングレネードが破裂した。
端末の映像が激しく揺れ、音声に短いノイズが混じる。
刹那は爆発から逃れるように、中央のコンテナ群へ身体を滑り込ませた。
直撃は避けている。
それでも衝撃に平衡感覚を揺らされたのか、その足取りがわずかに乱れていた。
前へ進み、切り返す。
別の通路へ入り、また方向を変える。
銃口に捉えられないよう動き続けながら、刹那は視線を忙しなく周囲へ走らせていた。
コンテナの角を右へ曲がった瞬間。
反対側の角から、アリスが飛び出してきた。
刹那は、すぐそばにあった細長いコンテナへ飛び込む。
出入口の扉は、開いたままだった。
銃声は鳴らなかった。
アリスは唯一の出入口へ、銃口を向けている。
刹那が飛び出せば、その瞬間を撃ち抜かれる。
だが、アリスが射線を通すために距離を詰めれば、今度は刹那が一直線に向かってくる。
二人の動きが止まった。
静寂の中に、鉄が転がる音だけが響く。
刹那が投げたスモークグレネードが、コンテナの出入口付近を煙で覆い始めた。
アリスが一瞬だけ、背後へ視線を送る。
そのまま距離を取り直すこともできたはずだった。
けれど、アリスは下がらない。
刹那がいるコンテナに、出口は一つしかない。
アリスは腰のポーチからコンカッショングレネードを取り出すと、入口を覆う煙の中へ投げ込んだ。
炸裂音。
煙が大きく揺れる。
観戦画面の片側では、刹那がコンテナの奥で姿勢を低くしていた。
爆発は届いていない。
アリスはコンテナの内部へ射線を通すため、入口の左側へ回り始める。
このまま煙が晴れれば、刹那の姿が露出する。
出口は一つ。
逃げ場もない。
これで、刹那は出られない。
美咲には、そう見えた。
薄くなり始めた煙の向こうで、何かが動く。
その姿が現れるより早く、アリスは銃口を下げ、右足を一歩後ろへ引いた。
次の瞬間、姿勢を低くした刹那が煙を突き破る。
伸ばされた腕が、アリスの胸元を掠めた。
つかみ損ねた身体が前へ流れ、踏み込んだ片足へ刹那の体重が乗る。
アリスは身体をひねり、その踵を足先で刈った。
刹那の重心が崩れる。
倒れる──。
そう思った瞬間、刹那の片手が床を捉えた。
崩れた勢いをそのまま横へ逃がし、身体を宙で返す。
アリスが振り返った時には、刹那の両足が再び床を踏んでいた。
間を置かず、刹那が地面を蹴る。
アリスが銃口を向けようとする。
けれど、刹那の方が半拍早い。
アリスの懐へ肩から入り込み、勢いのまま胸元をつかんで体勢を崩した。
アリスの背中が床へ触れた時には、銃を握る右手を刹那に押さえ込まれていた。
アリスが刹那を見上げた。
その表情に、動揺はない。
けれど、わずかに細められた目が、何かを訴えているように見えた。
刹那はアリスを見下ろしたまま、逆手に握ったラバーナイフをゆっくりと下ろす。
刃先が、静かに首元へ触れた。
《勝者:SETSUNA》




