第7話 十秒前
リヴェラ商業区。
表通りから一本外れた路地に、控えめな看板を掲げた飲食店があった。
席のほとんどは埋まっている。それでも店内に響くのは、食器の触れ合う音と、常連たちの静かな話し声だけだった。
「何か面白い話ないかな~」
その隅の席で、青い髪をノーブルショートに整えた女性プレイヤーが、料理を前にしたまま携帯端末を眺めていた。
画面に表示されているのは、個人開催の小規模大会。
参加者一覧を追っていた視線が、ある名前で止まる。
「太郎さん?」
大きく開かれた目。
よく通る声に、近くの客が一瞬だけ顔を向けた。
女性は気づかないまま、料理のことも忘れて画面へ顔を寄せ、指先で一覧を下へ送る。
「イオさんまでいるじゃん!」
さらに追っていくと、聞き覚えのある名前がいくつも並んでいた。
「何この大会……」
女性は眉をひそめ、画面をにらみつける。
「……絶対面白いやつじゃん!」
静かだった店内に、明るい声が響き渡った。
何人かの客が迷惑そうに視線を向けたが、女性は気にした様子もない。
大会ページを閉じると、別の連絡画面を開く。
「ちょっと企画に投げてみよーっと」
冷め始めた料理をそのままに、女性の指が軽やかに画面を走り始めた。
────────
アリスの準備が終わると、三人はリヴェラの東に位置する演習区へ向かった。
中央広場を離れ、さまざまなクランが拠点を構えるクラン居住区を抜けていく。
先ほどまで聞こえていた街のざわめきが遠のき、代わりに無骨な灰色の建物が立ち並び始めた。
二人の後ろを歩く美咲は、忙しなく視線を巡らせていた。
やがて、少し離れた場所に、ひときわ高い建物が見えた。
オフィスビルにも見えるほど、周囲から頭ひとつ抜けてそびえ立っている。
「美咲、こっち来るの初めてか?」
刹那が振り返った。
「はい。よくよく考えたら私、街の北側か西側にしか行ったことなかったです」
「まあ、こっち側はなんもねーからな」
刹那は、つまらなそうにぼやいた。
けれど、その言葉とは裏腹に、足取りだけはどこか軽やかに見えた。
しばらくして、三人は訓練所に到着した。
美咲は立ち止まり、その外観を見上げる。
建物は巨大な工業施設そのものだった。
けれど、ロビーへ足を踏み入れると印象が変わる。
高い天井を露出した鉄骨が横切り、床には磨かれた石材。壁際には案内端末とベンチが規則正しく並んでいた。
広い。
けれど、思っていたより静かで、整っている。
美咲がロビーに目を奪われている間に、刹那とアリスは案内端末へ向かっていた。
美咲も慌てて二人の後を追う。
「空きあるか?」
「ええ」
アリスが端末を操作し、利用申請を済ませる。
画面には、割り当てられた部屋番号《D-1》が表示された。
それを確認すると、アリスは迷いなく左手の通路へ向かった。
三人は、《C~D》と表示された通路を進んでいく。
通路に面した各部屋は、強化ガラスで仕切られていた。
待機室のさらに奥には、それぞれ訓練場が広がっている。
一人で黙々と的を狙う者。武器を整備する者。誰かと撃ち合っている者。
美咲はそれらを横目に、通路の奥へ進んだ。
《D-1》に入ると、そこは訓練場に付属した少し広めの待機室だった。
部屋の奥には、もう一枚の扉と設定用の端末。
訓練場に面した壁はガラス張りで、その向こうには真っ白な空間が広がっていた。
刹那は備え付けのラバーナイフを手に取り、軽く振るう。
そのすぐそばで、アリスは腰のホルスターからハンドガンを抜き、マガジンへラバー弾を込めていった。
「タイムは無制限。マップは《コモン》。ワンヒットで終了。武器やガジェットに制限はつけていないわ」
「オッケー」
短い確認だけを済ませ、二人は奥の扉へ向かった。
「お二人とも、頑張ってください」
この場の空気に引かれるように、美咲も真剣なまなざしを二人へ向ける。
刹那は口元を緩め、片手を上げて訓練場へ入っていった。
アリスも無言のまま、その後に続く。
ガラス越しに、二人の姿が遠ざかっていく。
やがて、離れた位置でアリスと刹那がそれぞれ武器を構えた。
『始めるわよ』
アリスの声と同時に、白一色だった空間が、瞬く間に薄暗い倉庫へと書き換わっていく。
まばらに置かれた木箱と、巨大なコンテナ。
それらが次々と二人の姿を遮っていった。
普段は肩を並べて戦っている二人が、今、目の前で対峙している。
その事実に、美咲の胸が微かに高鳴った。
目の前の端末に、数字が表示される。
《模擬戦開始まで、十秒》




