第6話 普通の大会
刹那が参加申請を済ませた翌日の夜。
仮拠点のロビーには、三人の姿が揃っていた。
美咲がいつもの椅子に腰を下ろすと、向かいで紅茶を飲んでいたアリスが静かに口を開いた。
「刹那が、大会へ出場することになったわ」
「え?」
脈絡のない急な話に、美咲が目を瞬かせた。
そして、ソファーに寝転がっていた刹那に顔を向ける。
刹那は、同意するように片手を持ち上げた。
「どうして急に?」
「クランの宣伝よ。名前が知られれば、個人的な依頼や共同任務の話が入りやすくなる。すべて受ける必要はないけれど、選択肢が増えることに損はないわ」
美咲は首を傾げ、少し間を置いてから口を開いた。
「つまり、信用を得るための実績を作りたい。そういう話ですか?」
「ええ。その役を刹那が買って出てくれたわ」
「なるほど……」
美咲は素直に頷いた。
アリスがティーカップに口をつける。
表情も、声色も、いつもと変わらない。
昨夜のことを知らなければ、その説明に不自然なところは何もなかった。
美咲は刹那に顔を向けると、目を輝かせた。
「当日、応援に行きますね!」
「おう。優勝景品も、期待しておけ」
「え?」
刹那は、咄嗟に美咲から視線をそらした。
いらんことを言った。
「あー、優勝したら賞金も出るだろ。あれ、拠点資金にあてるつもりだから。な? アリス」
刹那が、説明から逃げるようにアリスを見た。
アリスは無言で刹那を見つめている。
その無言から確かな圧を感じ、刹那は口の端を小さく歪めた。
美咲は、刹那とアリスを交互に見てから、小首を傾げる。
けれども、それ以上は追及せず、机の上に置かれた共用の端末へ視線を向けた。
「大会に出るなら、作戦とか考えないといけないんですよね」
「作戦?」
刹那は面倒そうに上体を起こした。
「まだ誰が出るのか分かんないのに、何を考えるんだよ」
「でも、分かってる範囲で、少しくらい調べておいたほうが……」
「個人開催の小さい大会だぞ。参加者も十六人しかいないし、組み合わせが分かってからで十分だろ」
そう言い切ると、刹那は再びソファーへ横になった。
美咲は納得しきれない様子で、アリスに顔を向けた。
アリスは二人のやり取りに口を挟まず、静かに紅茶を飲み続けていた。
「それに、誰が来ても私がやることは同じだよ」
刹那は天井を見上げ、口元を緩めた。
「倒される前に、相手を倒す。それだけだろ」
「対人戦って、そんなに簡単なんですか?」
「簡単ではない」
「今、簡単そうに言いましたよ?」
「私には、って話だよ」
刹那が当然のように答える。
美咲は呆れたように息を吐き、端末を手に取った。
その時、アリスのティーカップがソーサーに触れる音が聞こえた。
「慢心ね」
「お前まで言うのかよ」
「事実を確認しただけよ」
「自信がある、って言ってくんね?」
刹那がそう返した直後、美咲が口を開いた。
「参加者一覧が更新されたみたいですよ」
「埋まったのか?」
「えーっと」
美咲が画面を下にスクロールしていく。
「はい。十六名、全部埋まってます」
大会へ申請した時点で、刹那を含めた参加者は五名だった。
先着順である以上、刹那の出場はその時点で確定している。
今日の早朝、刹那が確認した時点では、一般参加者がさらに四名申請していた。
「普通の大会だろ?」
刹那が興味なさげに言った。
美咲は参加者一覧を上から順に眺めていた。
「太郎さんって、昨日《月の厨房》にいた方ですよね」
「出るのか、あいつ」
昨日は、静かに食事をして、丁寧に会釈をして帰っただけの男だった。
少なくとも、こういう大会に出るようには見えなかった。
「あの方、ランキング七位みたいですよ! すごい方だったんですねー」
「は?」
能天気に笑う美咲をよそに、刹那は勢いよく起き上がった。
美咲から端末を受け取り、画面へ顔を近づける。
参加者名の横には、過去の大会戦績やランキングが簡単に表示されていた。
参加者名と、その横に表示された順位をもう一度見比べる。
太郎。
対人ランキング七位。
記憶にあったランカーの名前と、昨夜の男がつながった。
「……あいつ、ランカーの太郎かよ」
「知ってるんですか?」
「名前だけな」
嫌な予感を覚え、刹那は一覧を下に滑らせていく。
そこには、掲示板で何度も名前を見たプレイヤー。
対人ランキング上位の常連。
一人。
また一人。
名のあるプレイヤーが、参加者一覧に並んでいた。
そして、最後には見知った名前までもが表示されていた。
「イオさん、この人まで……」
「その方も有名な方なんですか?」
「有名っていうか、昔からの知り合い」
「へー」
状況を理解していないのか、美咲は間の抜けた声を漏らした。
「……てか、なんでこいつらが参加してるんだよ」
刹那の声からは、先ほどまでの余裕がわずかに消えていた。
「強い人が集まってるから、とか?」
美咲の言う通り、一覧の後半にいる上位プレイヤーは、その可能性がある。
疑問なのは、太郎。
刹那が申請した数人後に、太郎も申請している。
単純に優勝景品が欲しかっただけなのか。
これだけでは判断できない。
あの顔で、景品目当てという可能性も十分にあった。
ただ、太郎の名が加わったあたりから、参加者一覧の空気が明らかに変わっている。
誰が誰を見て参加を決めたのかは、もう分からなかった。
参加者は十六名。
そのうち、ランキング上位者や、大会で名前を知られたプレイヤーがすでに四名。
参加者欄の下には、キャンセル待ちとして登録された名前まで並んでいる。
そこにも、見覚えのあるプレイヤーが何人もいた。
「個人開催の小さい大会、でしたよね?」
「そのはずなんだけどな……」
短い電子音が鳴った。
参加者の一人が辞退。
補欠の先頭にいたランキング上位者が、正式な参加者へ繰り上がる。
また一人、一般参加者の名前が消えた。
代わりに、有名な名前が参加者欄へ移動した。
「……逃げたな」
「何からですか?」
「このメンツからだよ」
刹那は端末を机へ置いた。
ソファーへ戻ろうとはせず、そのまま椅子に座り込む。
美咲が遠慮がちに口を開いた。
「作戦……」
「今考えてる」
美咲の言葉を遮るように、刹那が言った。
向かいでは、アリスが何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。
刹那はしばらくアリスを見つめた。
「なあ、アリス」
「なにかしら」
「ちょっと手伝ってくんね?」
アリスがわずかに眉をひそめた。
「事前に作戦を組む必要がないほど、自信があるのでしょ?」
刹那は顔をひきつらせた。
こいつは、今の話が聞こえていなかったのか。
そんなわけがない。
でも、ここで言い返したらアリスの機嫌を損ねる。
刹那は湧き出る不満を飲み込み、愛想笑いを浮かべた。
「じょ、状況が変わったんだよ」
アリスはティーカップへ口をつけた。
「なあ、頼むって」
返事はない。
美咲が隣で心配そうに二人を見つめている。
「あのー、アリス様ぁ?」
刹那が媚びるような声を出すと、アリスが視線だけを向けた。
「そんな不気味な声を出さなくても、聞こえてるわよ」
「じゃあ返事しろよ」
「断ってるのよ」
「まだ断るって言ってねえだろ」
「態度で気づきなさい」
アリスは刹那から視線を外し、端末を操作し始めた。
それでも、刹那は諦めなかった。
「天下のアリス様が率いるクランの代表が、一回戦で負けたら周りはどう思うかね」
「貴女を代表に任命した覚えはないわ」
「こんなの、実質代表だろ。宣伝するんだろ?」
「勝てば、でしょう」
「だから勝つために手伝ってくれって言ってんだよ」
アリスの指が止まった。
刹那が身を乗り出す。
「模擬戦、一回だけでいいからさ」
「貴女の言う一回が、一戦で終わった試しがないわ」
「今回は終わるって」
「信用ならないわ」
「優勝賞金、三十万だぞ」
アリスがゆっくりと刹那へ視線を向けた。
「私を金銭で釣れると思っているの?」
刹那は一瞬、美咲に視線を向けて、わざとらしく肩を落とした。
「せっかく本拠点が近づくかもしれないのに、このわがままのせいで……残念だな……なあ、美咲?」
二人のやり取りを困ったように見ていた美咲は、急に話を振られて勢いよく刹那に顔を向けた。
「え!? なんで急に私に振るんですか!」
刹那は、お前もなんとか言えと言わんばかりに、美咲の肩を肘でつついた。
「えぇ……」
美咲は眉を落とすと、恐る恐る口を開いた。
「アリスさん、手伝ってあげてください。私は、刹那さんが無残に負けるところを見たくないです」
「そんな悲惨なことにはならねえよ」
短い沈黙。
アリスは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……一度だけよ」
「よしきた! そう来なくっちゃな」
刹那は勢いよく立ち上がった。
対するアリスは、心底面倒そうにティーカップを置く。
「準備をするわ」
アリスが立ち上がり、補給室へ向かう。
刹那も自分の装備を確認し始めた。
「えっと……二人とも、どこに行くんですか?」
話の流れに取り残された美咲が問いかける。
刹那は振り返り、楽しそうに笑った。
「どこって、オープンの訓練場だよ」




