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エピローグ 火種の後に

 リヴェラ中央区、任務受付広場。


 電子掲示板の前で依頼を選ぶ者。

 報酬額を見比べる者。

 仲間を探して声を張る者。

 任務を終え、疲れた顔で受付へ向かう者。


 その流れを、美咲は少し離れたベンチからぼんやりと眺めていた。


 ふと、一人のプレイヤーが目に留まる。


 そのプレイヤーは困ったように眉を下げ、電子掲示板を見ていた。


 そして、しばらく電子掲示板とにらめっこをすると、歩き出す。


 歩き出したかと思えば、また止まり、同じ場所に戻ってくる。


 それを何度も繰り返していた。


 美咲はその様子を見つめながら、分かる、とでも言うように小さく頷いた。


 あのプレイヤーの気持ちが、痛いほど分かってしまう。


 数日前。


 美咲も、あのプレイヤーと同じようにどうすればいいか分からず、この場所で立ち往生していた。


 そして、意を決して募集を選び、パーティーに加わった。


 最初はどうなることかと思ったが、今はあの時一歩踏み出してよかったと思える。


 美咲は、未だ電子掲示板の前をうろうろするプレイヤーに、胸の内で頑張れと呟き、目を細めた。


「何一人で笑ってんのよ」


 聞き慣れた、少し棘のある声がした。


 美咲が肩をわずかに跳ね上げ、顔を向けると、ナナが立っていた。


 その後ろで、れんが困ったように笑っている。


「び、びっくりした」


 美咲は思わず声を漏らした。


 ナナは美咲の隣に座ると顔を近づけ、美咲と目線を合わせる。


 そして、美咲と同じ方向を見ながら眉をひそめた。


「何見てたのよ」


 ナナが目だけを向ける。


「何でもないです」


「いいじゃん、教えてよ。何見てにやにやしてたのよ」


 ナナが含み笑いを浮かべ、徐々に顔を近づけてくる。


 美咲はその顔を手で押しのけながら言った。


「にやにやなんてしてません」


「いや、してたって」


「しつこいですー」


 二人がじゃれ合っていると、れんが小さく息を吐いた。


 そのため息に、二人の動きがぴたりと止まる。


「仲がいいのは良いことだけどさ、ぱぱっと行かない?」


 二人は同時にれんを見上げた。


 れんは呆れたように、半目で二人を見下ろしていた。


「ごめんなさい! 行きましょう」


 美咲は本来の目的を思い出し、慌てて立ち上がる。


「せっかちねー」


 ナナの言葉に、れんが眉をひそめた。


「あのな……あれ作るのにどんだけ時間かかると思ってるんだよ」


「三日もあれば終わるでしょ」


「終わんないよ! 毎晩やっても、一か月以上はかかるっての」


 ナナは目を丸くし、口を開けた。


「まじ?」


「……一昨日説明しただろ」


 れんは、呆れ気味に額へ手を当てた。


 美咲は二人のやり取りを見ながら、数日前のことを思い出した。


 ──


 反省会の後日。


 三人はARCADIAの仮拠点に集まり、ジャミングバグから手に入れた偽りの映像破片の使用用途について調べていた。


 丸一日使って調べた結果、分かったのは入手先のみ。


 使用用途については、まったく分からなかった。


「やっぱり、買うしかないのかなぁ」


 れんが小さく呟く。


 三人が疲れ果て、机に突っ伏していると、その傍らで紅茶を飲んでいたアリスが端末を操作し始めた。


 しばらくして、頭上にホログラムが浮かぶ。


 三人はうつろな目で、ホログラムに浮かぶ文字へ視線を滑らせた。


 そこには、ガジェット製作の項目が並んでいた。


【パルスシールド】


 ホログラムに書かれたガジェットの名称。


 その必要素材には、確かに偽りの映像破片の文字があった。


 最初に口を開いたのは、れんだった。


「……これって」


「アリスさん、いいんですか?」


 美咲が尋ねると、アリスは再び無言で紅茶に口をつけた。


「てか、知ってるなら最初から言いなさいよ」


 ナナが不満げに目を細める。


 アリスはこれ以上関わる気はないと言わんばかりに、頑なに口を開かなかった。


「……いや、無視かい」


 ぼやくナナの隣で、ホログラムの文字を凝視していたれんの顔が険しくなった。


「どうかしましたか?」


 美咲が首を傾げると、れんは小さく唸った。


「んー……これ、結構大変かも」


 そう言ったれんは、文字を見ただけとは思えないほど疲れた顔をしていた。


 ──


 美咲が顔を上げると、ナナとれんが小言を言い合っている。


 すでに見慣れた光景。


 美咲は苦笑いを浮かべながら、携帯端末を開いた。


 画面に触れ、進行中のクラフト画面に切り替える。


【パルスシールド制作:進行度6%】


 初めてのガジェット制作。


 制作を始めて、すでに三日が経過した。


 このまますんなり進んでも、完成するのは二か月後。


 それでも美咲は、それが途方もないとは感じなかった。


 その画面を見つめながら、美咲は口元を緩めた。


「はい、終わり! ナナに付き合ってると、始めるのが遅くなる」


 れんが早口で言い合いを切り上げ、歩き始めた。


「……逃げたな」


 ナナが小さく呟くと、れんが歩みを止める。


 だが、振り返らずにすぐまた歩き始めた。


 美咲がナナに視線を向ける。


 ナナは勝ち誇ったような、不敵な笑みを浮かべていた。


「毎回こんな始まり方じゃないですか?」


「そう? まあ、賑やかでいいんじゃない」


 ナナは、とぼけた表情を浮かべてれんの後を追う。


 美咲も困ったように眉を下げ、ナナの後に続いた。


 二人がれんに追いついた時、れんが立ち止まった。


 ナナと美咲は、同時に首を傾げる。


「具合でも悪いんですか?」


 美咲がれんの顔を覗き込むと、れんは浮かない顔をしていた。


「……いや」


 れんはそれだけ言うと、また口を閉じた。


 ここ数日、毎日れんとナナには遅くまで付き合わせてしまっている。


 さすがに、疲れが溜まっているのかもしれない。


「連日付き合わせてしまっていますし、疲れますよね。今日はお休みしましょう」


 美咲がれんの体調を気にかけると、れんは首を横に振った。


「いや、そうじゃないんです」


 れんは少しの間を置き、再び口を開いた。


「昨日、リクトから連絡があって」


 その名前を聞いた途端、美咲の胸がちくりと痛んだ。


 ジャミングバグに遭遇した任務を、途中まで一緒にこなしたプレイヤーの名前。


 自分のせいで、彼は途中でパーティーから抜けていったのかもしれない。


 結局、ナナとれんは美咲に詳しい理由を教えてくれなかった。


 あの時、自分が彼を怒らせなければ、彼は今ここにいたのかもしれない。


 ナナと一緒にれんを困らせ、美咲に軽い悪態をついて、一緒に笑っていたのかもしれない。


 そのことが、今でも胸の内に引っかかってはいた。


「あいつ、なんて?」


 ナナの声は、先ほどまで軽口を叩いていた時とは違い、棘があった。


 れんは深く息を吐くと、何かを考えるように額へ手を当てた。


 そして、言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。


「……傭兵って扱いでも構わないから、途中までの報酬をもらう権利はあるだろって」


「はぁ? 馬鹿なの、あいつ」


 ナナが不満げな声を漏らした。


「いや、確認を取らないでリクトを帰らせた俺の責任だよ。その時点で、あいつの言い分も間違ってない」


 れんは振り返ると、頭を下げた。


「あの時、ちゃんとリクトに確認を取るべきだった。ごめん」


 れんの覇気のない声に、美咲は胸が苦しくなった。


 れんは、美咲が何か失敗しても場を和らげてくれる。


 大丈夫。次、頑張りましょう。


 そう優しく声をかけてくれる。


 そんなれんの声は、今まで聞いたことがないほど落ち込んでいた。


「それで?」


 ナナが胸の前で腕を組み、続きを促した。


「これに関しては、俺の一存で決められないから待ってくれって言ってある」


 れんは顔を上げ、二人を見た。


 報酬をリクトに渡すべきか、三人で決めたい。


 れんはそう言いたいらしい。


「渡せば」


 ナナが呆れ気味に言った。


「いいの?」


「その代わり、手切れ金。そう付け足しておいて」


 れんは頷き、美咲に視線を向けた。


 美咲はどうしたいのか。


 れんの目がそう言っている。


 美咲は考えるように視線を落とした。


 もし渡さなかったら、彼はこの三人をどう見るだろうか。


 使うだけ使って、追い出した。


 しかも、報酬も払わない。


 そう思うかもしれない。


 自分がそう思われるのは構わない。


 でも、ナナやれんがそう言われるのは嫌だった。


 そう思われるくらいなら、報酬を渡してほしい。


 それで、れんの心が少しでも晴れるのなら。


 でも。


「……私も、渡していいと思います。手切れ金とか、そういうのは……嫌ですね」


 ナナのため息が聞こえてくる。


 それでも、美咲は言葉を続けた。


「せっかく知り合ったのに、そんな突き放すようなことは、したくないです。お二人にもしてほしくないです」


 美咲が言い終わっても、二人は口を開かなかった。


 ナナは、お人よしだと思うだろう。


 れんは困ると思う。


 でも、これが美咲の本心だった。


 三人の間に、少しの沈黙が落ちた。


「分かった。今回は無理やり追い出したこっちにも責任があるし、払おう。手切れ金の話はなし」


 れんが静かに言った。


 美咲は胸を撫で下ろした。


 ナナはどこか、まだ不満げに眉をひそめている。


「それと、もう一つ」


「まだあんの?」


 れんが一瞬、美咲を見た。


「美咲さんに、きつい言い方して悪かったって、代わりに伝えてほしいってさ」


「え?」


 美咲は驚きのあまり、声を漏らした。


「なにそれ?」


「あいつにも思うところがあったんじゃないかな? 分かんないけど」


 れんは困ったように眉を下げた。


「気まぐれでしょ」


「かもね。でも、確かに伝えましたよ」


 地下で最後にすれ違った時、美咲は何も言えなかった。


 言わせてもらえなかった。


 あの時から、胸の内に糸が絡まっていた。


 でも、美咲は今、それがほどけていくのを感じた。


「あの!」


 気づけば、美咲は声を上げていた。


 二人の視線が美咲に集まる。


「リクトさんに……また誘ってくださいって、伝えてもらえますか?」


 ナナとれんは、驚いたように目を丸くした。


「伝えておきます」


 れんが言った。


「お人よしの、馬鹿」


 ナナは呆れたように言う。


「ば、馬鹿……」


 美咲が肩を落とすと、ナナが呆れたように笑った。


「褒めてんのよ」


 そう言って、ナナが歩き始めた。


 れんは、重い空気を切り替えるかのように腕を伸ばした。


「さてと! 暗い話はこの辺で、続きに取りかかりましょうか!」


 れんの顔には、普段どおりの穏やかさが戻っていた。


 美咲が二人の後を追いかけようとした時、先ほどのプレイヤーの様子が気になった。


 あの人は、どうしたんだろう。


 電子掲示板の辺りを、もう一度見た。


 視線の先では、先ほどまでおろおろしていたプレイヤーが、他のプレイヤーと楽しそうに何かを話していた。


 美咲は目を伏せ、微笑んだ。


「置いてくわよー!」


 遠くでナナが手を振り、声を上げる。


「待ってください!」


 美咲は電子掲示板に背を向け、駆け足で二人の後を追った。

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