逆転
※痛快リーガル・ファンタジーです。
再び来た。
『魔界金融・王都法務支部』。
黒い壁。静かな圧。空気が“契約書の匂い”してる。
そして――
「フンフフ〜ン♪」
いた。
ベリアル。
昨日の件なんて知らない顔で、鼻歌まじりに書類を整えている。
机の上には――
『身柄引渡書』
完全に“回収モード”。
「……性格わっる」
私はドアを閉めながら呟いた。
ベリアルが顔を上げる。
「おや、リィン様」
にっこり。完璧な営業スマイル。
「金貨六百万枚、ご用意できましたか?」
一拍。
「それとも――」
ペンを止める。
「ゼクス様を“退職金代わり”に差し出す覚悟ができましたか?」
「いいえ」
即答。
「私は“契約の欠陥”を潰しに来ただけです」
空気が変わる。
私はファイルを叩きつけた。
バン。
「……まず一点」
指を一本立てる。
「あなたの売った聖剣――魔導回路に重大な瑕疵があります」
「ほう?」
まだ余裕。
「どのような?」
「吸収率」
私は資料をスライドさせる。
「規約では“九〇%徴収”」
「ですが実測値――九八%」
沈黙。
「……誤差でしょう」
「誤差?」
笑う。
「八%が?」
「金貨換算でいくらになるか、計算してみます?」
ベリアル、無言。
「通信ロスじゃない」
一歩踏み込む。
「意図的な“中抜き”です」
ピクリ。
初めて眉が動いた。
よし、刺さった。
「さらに――」
次のカードを切る。
「あなた、ゼクスの“健康寿命担保”」
「再保険かけてますよね」
「……」
「転売先――」
資料を叩く。
「『ルシファー・バンキング』」
空気が一瞬で凍る。
「……何の話でしょう」
「とぼけないでください」
私は肩をすくめる。
「シャロンの営業網、舐めましたね?」
◇
――回想。
「リィンちゃーん聞いて!!」
「サキュバスが全部喋ったわ!!」
◇
現実に戻る。
「あなたの債権管理、穴だらけです」
「そして――」
一枚の紙を滑らせる。
「今、ルシファー側は金融当局への通報準備中」
「……」
「つまり?」
私はニコッと笑う。
「あなた、もう“詰み”です」
ベリアルの指が止まる。
完全停止。
追撃。
「もしこの案件が表に出たらどうなるか」
「信用格付け――暴落」
「株価――崩壊」
「市場――全部ルシファーに奪われる」
一拍。
「ねえ、耐えられます?」
「……!」
机を叩く音。
「だが契約は成立している!」
きた。
反論。
「本人の署名がある! 我々は法的に――」
「アウトです」
即切断。
「は?」
「錯誤」
「詐術」
「ダブル適用です」
指でカウント。
「民法第五条――錯誤」
「第六条――詐欺」
「さらに」
私はルルのデータを叩きつける。
「この剣――設計寿命一ヶ月」
「……なに?」
「つまり」
一歩、さらに近づく。
「最初から壊れる前提の高額商品を」
「永遠ローンで売りつけた」
沈黙。
「……これを何て言うか知ってます?」
一拍。
「詐欺です」
ドン。
帳簿を机に叩きつける。
重い音。
空気が揺れる。
「ベリアルさん」
低く言う。
「あなた、私を“受付嬢”だと思ってますね?」
「……」
「アップデートしてください」
眼鏡を押し上げる。
「私は――」
一拍。
「事務で人を潰す側です」
◇
さらに一歩。
逃げ場を消す。
「ちなみに」
軽く言う。
「魔王軍の経理部長」
「経費精算だけで三日潰しました」
ベリアルの喉が鳴る。
「……」
背後のガーゴイルに視線。
呼ぶつもりだ。
「無駄です」
即カット。
「通信、全部ジャミング済み」
「なっ!?」
「ルル製です」
ドヤ顔はしない。
当然だから。
「“力”で来るなら――」
帳簿を持ち上げる。
「“手続き”で潰します」
一歩。
もう目の前。
「さあ」
腕章を取り出す。
バサッ。
「強制監査、開始です」
ベリアル、後ずさる。
机にぶつかる。
「……サインを」
紙を差し出す。
『債権放棄同意書』
「条件は三つ」
指を立てる。
「一、借金ゼロ」
「二、契約無効」
「三――」
ニコッ。
「慰謝料、金貨十万枚」
「なっ!?」
絶叫。
「逆だろう!? こちらが――」
「損切り」
一言で黙らせる。
「今、十万で済ませるか」
「全部失うか」
沈黙。
私は時計を見る。
「残業カウント、進んでます」
コツ、コツ。
秒針の音がやけに大きい。
「あと一分」
一歩近づく。
「合理的に考えてください」
「あなた、エリートですよね?」
ベリアルの手が震える。
汗が落ちる。
ポタ。
「……リィン様」
かすれ声。
「あなたは……何者ですか」
私は微笑んだ。
「ただの事務員です」
一拍。
「定時退社を守るためなら、世界でも潰しますけど」
沈黙。
完全な沈黙。
そして――
カタ。
ペンが動く。
震える手。
ゆっくりと。
サラサラと。
『債権放棄』
サイン完了。
私はそれをひったくる。
確認。
完璧。
「はい、終了です」
息を吐く。
「……」
ベリアル、崩れ落ちる。
そのまま椅子に沈む。
私は背を向けた。
「シャロン」
「はい!」
「振込確認」
「もう来てる!」
「ルル」
「ロック解除……成功」
「ゼクス」
遠くから。
「うおおお動けたぁぁぁ!!」
うるさい。
でも生きてる。
「……帰るわよ」
私はドアに手をかけた。
一瞬、止まる。
振り返らないまま言う。
「次はちゃんとした商品、売ってくださいね」
「競争、嫌いじゃないので」
ガチャ。
扉を開ける。
光が差し込む。
「……さて」
小さく呟く。
「今度こそ――有給、取るわよ」
※次回へ続きます。
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