最強の事務官vs最大手ギルド
※痛快リーガル・ファンタジーです。
『サタン・クレジット』のオフィスを出た瞬間、
ようやく、肺の奥に溜まっていた空気を吐き出した。
手の中には、まだインクの匂いが残る一枚の書類。
――和解成立通知書。
「……終わり、ですね」
ぽつりと呟く。
金貨六百万枚の債務は、完全に消滅。
それどころか。
端末がチカチカと光る。
【入金確認:金貨一〇〇,〇〇〇】
「……事務手数料、回収済み、と」
私は軽く肩を回した。
「ふぅ……やっと、
不毛な金利計算から解放されました」
夕焼けに染まり始めた王都の街並み。
ほんの一瞬だけ、立ち止まる。
――でも。
休憩、終わり。
◇◇◇
事務所の扉を開けると。
「……あ、リィン。おかえり」
そこには――
パンツ一丁の勇者がいた。
毛布ぐるぐる巻き。
湯気の立つカップを持って、ちびちび何か飲んでいる。
「……何してるんですか」
「いや、このコーヒー、マジで苦ぇ……」
ルル製・地獄仕様だ。
「で、どうなんだ? 俺」
ゼクスが恐る恐る聞いてくる。
「魔界の炭鉱、行かなくていいのか……?」
「ええ」
私はバッグを机に置いた。
「債権放棄、取り付けました」
「マジか!!」
「その代わり」
一拍。
「あの聖剣と鎧は没収です。
不当利得の証拠として」
「いいいいい!!」
即答。
「むしろ助かった! あれ拷問器具だろ!?」
バンバン床を叩く。
「やっぱこれだよな! 革鎧! ボロ剣!」
……さっきまでパンツ一丁だったくせに。
でも、その顔は――
完全に安堵していた。
「……はぁ」
小さく息をつく。
バカはバカなりに、理解していたらしい。
自分が“売られる寸前”だったことを。
「リィンちゃーん!」
そこへシャロンが飛び込んできた。
「お疲れ様! これでまた黒字よ黒字!」
目がキラキラしている。
「ね、今夜打ち上げ行きましょ!
王都一高い焼肉店『ドラゴン・カルビ』予約済み!」
「却下です」
即答。
空気が、凍った。
「……え?」
「シャロンさん」
私はゆっくり振り向く。
「忘れたんですか?」
一拍。
「明日の朝、何が来るか」
沈黙。
全員の視線が、自然と一点に集まる。
机の上。
黒い封書。
――エデンからの買収通告。
「……忘れるわけないじゃない」
シャロンが唇を噛む。
「でもさ、お金あるし……なんとかなるでしょ?」
「逆です」
私は首を振った。
「お金があるから、狙われたんです」
「ルルさん、スクリーン」
「……表示します」
壁に光が走る。
業界シェアグラフ。
圧倒的に大きいのは――エデン。
その端っこに、小さな点。
ラスト・リゾート。
だが。
「……何これ」
シャロンが息を呑む。
その点が――
直角に近い角度で跳ね上がっていた。
「魔王軍との和解」
「魔界金融への制裁」
「短期間での巨額キャッシュ」
私は淡々と並べる。
「そして、魔界とのパイプ」
にこり、と笑う。
「そりゃ目立ちますよね」
ゼクスが低く言った。
「……リィン」
珍しく真顔だ。
「これ、最初から狙ってたのか?」
「まさか」
即答。
「私はただ」
肩をすくめる。
「有給を守るために、目の前のゴミを処理しただけです」
一拍。
「……結果、大元が出てきただけ」
その瞬間。
――カチャ。
扉が、静かに開いた。
ノックなし。
音も、ほとんどない。
入ってきたのは――
“別格”。
純白の装備。
国宝級の輝き。
空気そのものが重くなる。
「――久しぶりだな、リィン」
中心に立つ男。
見間違えるはずがない。
「……シグルド様」
かつてのリーダー。
私を“荷物”と呼んで切り捨てた男。
「明日の九時では?」
「前倒しだ」
即答。
「君たちが妙な工作を始める前にね」
ドン。
机に叩きつけられる書類。
営業停止命令。
王宮+神殿、二重封印。
「本日より」
シグルドが言い放つ。
「ラスト・リゾートは我々の管理下に入る」
「拒否権はない。王命だ」
シャロンが息を呑む。
社長が椅子の下で震える。
そして――
視線。
昔と同じ。
見下す目。
……だけど。
「……王命、ですか」
私は一歩前に出た。
「随分と丁寧な根回しですね」
足元にピートがすり寄る。
軽く撫でる。
そして。
引き出しを開ける。
取り出すのは――
有給休暇申請書。
「シグルド様」
静かに言う。
「一つだけ、計算違いをしています」
「ほう?」
「圧倒的な武力と国家権力に勝てる、とでも?」
「ええ」
私は頷いた。
「あなたたちは」
紙を持ち上げる。
「私を“追放”した」
ビリッ。
真っ二つに破る。
「……!」
空気が揺れる。
「私はもう」
破れた紙を床に落とす。
「あなたたちの不祥事を揉み消す必要がない」
一歩、詰める。
「明日、監査に来るならどうぞ」
静かに笑う。
「ただし」
一拍。
「覚悟してください」
まっすぐ見据える。
「あなたたちの“裏帳簿”」
「全部、覚えてますから」
シグルドの表情が変わる。
完全に。
「……リィン」
低い声。
「何をする気だ」
「簡単です」
私は答えた。
「ブラック企業の解体」
「事務手続きで」
「何だと!?」
空気が張り裂ける。
夕闇の中。
視線がぶつかる。
火花が散る。
「……定時退社は諦めました」
小さく息を吐く。
そして。
「――徹底的に監査します」
静かに、宣言する。
勇者の不祥事も。
魔界の借金も。
全部、前座。
ここからが本番。
最強の事務官 vs 最大手ギルド。
王国を揺らす“訴訟戦争”が――
今、始まる。
「さあ」
眼鏡を押し上げる。
「完膚なきまでに、お掃除しましょうか」
※次回へ続きます。
※現在、順次文章をスマホ最適化しています。内容に変更はありません。




