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バニースーツを経費で落とします

深夜二時。

事務所の空気は、インクと絶望の匂いで満ちていた。


デスクの上には――山。

いや、山脈だ。


エデンによる『買収監査』に備えた資料が、

紙の津波みたいに積み上がっている。


そして、その頂上で。


「……シャロンさん」


私は静かに言った。


「今すぐ、この領収書の山を“論理的に”説明しなさい」


「えへへ……」


笑うな。


笑う場面じゃない。


営業担当シャロンは、

完全に徹夜で魂が抜けた顔のまま、ふにゃっと笑った。


「いやだなぁリィンちゃん。全部ちゃんと意味あるのよ?

その……会社の利益を最大化するための……先行投資的な……?」


「ほう。投資」


私は一枚、領収書をつまみ上げた。


「では聞きます。

『魔界産・超弾力シルク製バニースーツ(耳・しっぽセット)』金貨三枚」


机に叩きつける。


「これのどこが“投資”ですか」


「ひっ……!」


「潜入先はどこでした?」


「お、王宮騎士団の装備品在庫管理室……」


「バニーで?」


「う、うん……!」


「どうやって」


「正面から堂々と! 差し入れ持って! バニーで行けば警戒されないかなって!」


「されます」


即答。


「むしろ警戒度MAXです。門前で捕まります」


「そんなぁ……!」


「というか、あなたのその発想、監査官に見せた瞬間に終わります」


私は冷たく言い放つ。


「“公私混同による資金流用”。一発アウトです」


シャロンの顔がみるみる青ざめた。


「え、え、ちょっと待って、それは困るんだけど!?」


「困るのはこっちです」


私はこめかみを押さえた。


現状はシンプルだ。


絶望。


魔王軍から。

魔界金融から。


合法的に毟り取った金が、全部“疑惑”に変わっている。


エデンはそこを突いてくる。


一つでも穴があれば――終わり。


資産凍結。

強制管理。

事実上の乗っ取り。


「リィンさん……」


床から声。


「……シャロンさんのロッカー……

まだ……あります……」


這い出てきたルルが、追加の爆弾を置いた。


ぺらっ。


『最高級・魅了の香水(アフターファイブ用)』


ぺらっ。


『光る魔法のヒール(歩くと火花演出)』


ぺらっ。


『自撮り用魔導リングライト(美白モード付き)』


「…………」


私は公印を握りしめた。


ミシッ、と音がした。


足元ではピートが、バニー耳を噛んで遊んでいる。


カジカジ。


やめなさい。


余計に腹が立つ。


「シャロンさん」


低い声で言う。


「もう一度だけ聞きます」


間。


「これ、全部。仕事に関係ありますか?」


「あるわよぉ!!」


逆ギレした。


「隊長から情報引き出すには美貌が必要なの!

魅了の香水もヒールも全部“情報の仕入れ原価”なのよ!」


「原価じゃありません」


「営業は見た目が命なの!!」


「監査は中身が命です」


即座に切る。


「……いいでしょう」


私は椅子にもたれた。


「そこまで言うなら、明日、直接説明してください」


「へ?」


「エデンの監査官に」


「は?」


「“これは正当な経費です”と」


「む、無理無理無理無理!!」


「では不正です」


「ちょっとぉ!!」


シャロンが泣きそうになる。


「シグルド様たちにこれ見せるとか、死刑宣告でしょ!?」


「そうですね」


あっさり頷く。


「公開処刑です」


「ひどっ!!」


「当然の帰結です」


横でゼクスが鼻をほじった。


「リィン、お前さ……性格わりぃな」


「黙りなさい、リボ払い勇者」


私は一瞥する。


「あなたの“聖剣修繕費の過大申告”も後で洗います」


「寝るわ!!!」


秒で布団に潜った。


逃げ足だけは一流。


私はため息をつき、書類を整え直す。


――ここで切り捨てるのは簡単。


だが、それでは負ける。


エデンの狙いは“粗”。


なら。


粗を――武器に変える。


「……シャロンさん」


「ひっ」


「泣くのやめて」


「はい……」


「そのバニースーツの仕様、全部書き出しなさい」


「え?」


「機能、用途、想定シナリオ。全部」


「いや、可愛い以外ないけど……」


「作りなさい」


即答。


「今、この瞬間から」


「は!?」


「ルルさん」


「……はい……」


「魔導回路、組み込みます」


「……無茶ですね……でも……やります……」


ルルの目が光る。


私はペンを走らせた。


【項目:潜入用特殊迷彩装具】

【付加機能:耳型高感度センサー】

【付加機能:視線誘導型注意攪乱】

【付加機能:近距離魅了補助(香水連動)】


「いいですか」


顔を上げる。


「明日、監査官の前で――実演です」


「実演!?」


「これはコスプレではない」


トン、と書類を叩く。


「“最新鋭の偵察装備”です」


「無理だってぇ!!」


「一ミリでも破綻したら」


私は微笑んだ。


「全額、自腹返済です」


「鬼ぃ!!」


「事務です」


淡々と返す。


「リィンちゃん……それ、営業じゃなくて特攻じゃ……」


「仕事は命懸けです」


静かに言う。


「特に、不正経費を通そうとした人間はね」


沈黙。


夜明け前。


カツン。


公印が鳴る。


その音が、やけに重く響いた。


有給休暇という名の楽園が、また一歩遠ざかる。


……バニーの耳の向こう側へ。

※次回へ続きます。

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