バニーは兵装です(断言)
痛快リーガル・ファンタジー
午前九時。
約束の時間は、一秒の狂いもなくやってきた。
カチリ。
時計の針が揃った、その瞬間。
ギィィ……。
王都の路地裏にある、我がギルドの古びたドアが、
まるで城門みたいに重々しく開いた。
空気が変わる。
冷たい。重い。張り詰める。
「……随分と活発な経済活動をされているようですね。リィン」
来た。
『黄金の聖域』――改め、大手ギルド『エデン』の財務監査チーム。
先頭に立つのは、冷徹な理詰めで数多のギルドを潰してきた男。
財務官、ハンス。
そして、その後ろ。
「クク……」
嘲るように笑う男。
勇者シグルド。
……最悪の組み合わせだ。
「ハンス様。遠路はるばる、ご苦労様です」
私は笑った。
完璧なビジネススマイル。
寝不足? 知らない。
「わが社の“健全な”運営状況をご確認いただくには、
絶好のタイミングかと」
事務所の空気が、凍りつく。
アルベルト社長は椅子の陰で震え、
ゼクスは無駄に筋肉を緊張させ、
そして――
シャロンは、バニー姿のまま硬直していた。
地獄か。
「挨拶は不要です」
ハンスが一刀両断する。
「直近一週間の経費精算書を拝見します」
さらに、淡々と追撃。
「特に……『娯楽用衣装代』。
その正当性について、納得のいく説明を期待していますよ」
パチン。
指が鳴る。
同時に、配下の魔導師たちが一斉に帳簿をスキャンし始めた。
速い。
嫌な予感しかしない。
そして――
「――ありました」
やっぱりだ。
「支払先『魔界産高級シルク店』」
めくる音。
「摘要『潜入用バニースーツ』」
止まる。
「金貨三枚」
静寂。
「……リィン」
ハンスが顔を上げる。
冷たい目。
「あなたほどの者が、ここまで露骨な公私混同を見逃すとは」
一歩、踏み出す。
「失望しました」
領収書が、突きつけられる。
真正面。
逃げ場なし。
シグルドが笑う。
「ククク……バニーだと?」
肩を揺らしている。
「潜入用? 酒の席の冗談か?」
さらに一歩。
「リィン。君を追放した判断は正しかったようだ」
吐き捨てるように。
「無能な仲間と戯れて、ついに横領犯に成り下がったか」
「…………」
私は、無言で背後を指差した。
視線が流れる。
そこにいるのは。
真っ赤な顔で震える、バニー姿のシャロン。
「ひっ……」
「説明します」
私は一歩前へ。
「ハンス様。それは『バニースーツ』ではありません」
一拍。
「……何?」
「わが社が独自開発した」
さらに一歩。
「最新鋭の――」
「超近接型・非殺傷潜入兵装」
はっきりと言い切る。
「ラビット・ワンです」
空気が止まった。
「……いま、何と?」
「兵装です」
「バニーが?」
「兵装です」
押し通す。
「……証明を」
ハンスが低く言う。
「実演を行います」
私は振り返る。
「シャロンさん。起動してください」
「えぇぇぇぇっ!?」
涙目。
だが逃げ場はない。
「や、やるしかないの……?」
「今です」
「うぅぅ……!」
覚悟を決めたシャロンが、バニーの耳を――
パチン。
弾いた。
次の瞬間。
『システム起動』
低い電子音。
『周囲三〇〇メートルの魔導波を遮断』
バニーの耳が、ビクンと動く。
『聴力補完モード開始』
空気が、変わる。
音が、澄む。
「なっ……!?」
ハンスの表情が崩れた。
「その耳には」
私は淡々と説明する。
「高感度・指向性集音魔導回路を内蔵」
「壁越しの会話、心拍、密談の検知が可能です」
「ば、馬鹿な……!」
魔導師が叫ぶ。
「報告! 音場解析精度、異常値です!」
「実用レベルを大きく超えています!」
ざわめき。
完全に空気が揺らぐ。
「……続けます」
私は指を動かす。
「しっぽをご覧ください」
「まだあるの!?」
シャロンが半泣き。
「振ってください」
「もう嫌ぁ!!」
ヤケクソで振る。
ブンッ。
バチバチッ!!
紫電が走る。
「っ!?」
「魔力攪乱装置です」
私は一切ブレずに言う。
「接近時に防御結界をショートさせる機能」
「侵入成功率を大幅に引き上げます」
魔導師たちが騒ぎ出す。
「この回路密度……おかしい!」
「防御性能も高い! 衝撃吸収構造です!」
「ドラゴン級……!」
「な……!」
ハンスの眼鏡がずり落ちた。
「……さらに」
私は最後の一手を打つ。
「シルク製である理由」
間。
「衝撃吸収装甲です」
静かに言い切る。
「物理攻撃の九割を減衰」
完全沈黙。
「……そんなものが」
ハンスが呟く。
「金貨三枚で……?」
「ええ」
私は微笑む。
「通常なら金貨一千枚規模の開発になります」
肩をすくめる。
「ですが今回は試作ですので」
「コストを抑えました」
完全に流れが変わった。
「以上より」
私は領収書を指で弾く。
「これは正当な“潜入装備の開発費”です」
「決して、私的利用ではありません」
チラッとシャロンを見る。
「むしろ、これを調達した彼女の営業努力は評価に値します」
「そ、そうよぉ!!」
シャロンが乗っかる。
「これ重いし! 全然楽しくないんだから!」
必死。
シグルドの顔が、赤く染まる。
「……リィン」
低く唸る。
「最初からこれを仕組んでいたのか……」
「監査、続けますか?」
私は遮る。
「次の項目です」
ページをめくる。
「勇者ゼクスの『装備維持費』について」
「……それはどういうことだ」
ハンスが食いつく。
「なお」
私はさらっと言う。
「彼のリボ払い問題については、すでに対抗処理済みです」
「敵対的金融行為への防衛策として、公式に処理完了しています」
「なっ……」
ハンスの手が震える。
ページをめくる。
そして――止まる。
「……待て」
嫌な沈黙。
「これは何だ」
読み上げる。
「接待交際費」
さらに。
「『ドラゴン・カルビ』」
シャロン、硬直。
「一回につき、金貨十枚」
静寂。
「……これは」
ハンスがゆっくり顔を上げる。
「どう見ても、ただの飲食だろう」
シグルドがニヤリと笑う。
「さあ、リィン」
勝ち誇った顔。
「今度はどう言い訳する?」
空気が張り詰める。
全員の視線が、私に集まる。
私は――
静かに、目を細めた。
※毎日12時30分更新予定
※タイトル・あらすじ・第1話~第12話を大幅改稿しました
※次回へ続きます。




