魔物労働組合の結成(準備中)
「……納得がいかない!なぜ、あっちの人間(冒険者)どもには『昼食休憩』があるのに、俺たちスケルトンには『油差し休憩』しかないんだ!」
物流センターとなった『嘆きの迷宮』地下二階、検品エリア。
怒声を上げたのは、社員番号0214、通称「骨川さん」ことスケルトン兵だった。
彼は支給されたばかりの事務用アームカバーを放り出し、カタカタと顎を鳴らして抗議している。
その背後では、帝国の法服に身を包んだカレン・フォン・シュタインが、勝ち誇ったような笑みを浮かべてメモを取っていた。
「聞いたかしら、リィン事務官。
これは明白な『種族による差別的待遇』よ」
そして。
「労働基準法第3条、均等待遇の原則に抵触しているわ」
さらに。
「人間には肉のパテを出し、不死族には潤滑油しか与えない……」
続けて。
「この『待遇の非対称性』は、魔物労働組合(結成準備中)に対する不当な弾圧として、帝国労働局に報告させてもらうわ」
カレンの隣には、どこで丸め込まれたのか、不満げな顔をしたオークの「大倉さん」や、スライムの「粘田さん」たちが控えていた」
そして。
「彼らの手には、カレンが夜なべして作成したであろう『権利の要求書』が握られている」
「……判定:カレン監査官、
貴方の煽動は『現場のニーズ』を完全に無視した、机上の空論です」
私は、手に持っていたクリップボードをパチンと鳴らし、骨川さんの前に歩み寄った。
「骨川さん。……貴方は、人間と同じ『肉のパテ』が食べたいのですか?」
「……貴方の消化器官(存在しませんが)で、それを摂取した場合、どのような事象が起きるか計算済みですか?」
「それは……。
……腹のあたりを素通りして、地面に落ちるだけだが……」
骨川さんは強弁する。
「……しかし、隣の人間たちが美味そうに食っているのを見るのは、精神的な苦痛だ!」
「……。ルルさん、骨川さんの『精神的苦痛』の正体を、魔力共鳴解析で特定してください」
「……了解……。……解析結果……。空腹ではなく……『集団への所属感の欠如』に起因する……疎外感……と判定……」
続けて。
「……解決策……栄養の摂取ではなく……『報酬の可視化』が有効です……」
私は、カレンが突きつけてきた要求書を指先で弾き飛ばし、新しい「福利厚生案」を提示した。
「骨川さん、および不死族の皆さん。
……貴方がたには『食事』の代わりに、最高級の『魔力研磨石』のサブスクリプション権を付与します」
さらに。
「……これは人間の食事代よりも高価な資産ですが、わが社が全額負担します」
「おおっ」
「さらに、作業服のカスタマイズとして、骨の関節部分に『金箔のデコレーション』を施す権利も認めましょう。……これで不満はありますか?」
「き、金箔……!?
骨に……デコレーションだと!?……それは、魔王軍でも幹部クラスにしか許されなかった贅沢……!」
骨川さんの瞳(の炎)が、パッと明るく燃え上がった。
隣で見ていた大倉さん(オーク)も、鼻息を荒くして身を乗り出す。
「お、おい! 俺たちのパテはどうなる! 人間と同じ量じゃ、この体は維持できねえぞ!」
「大倉さん。
……貴方には、筋力量に応じた『高タンパク・特別給食』を支給します」
「本当か!?」
……ただし、これには条件があります。……週に一度の『健康診断』と、会社が指定する『ビジネスマナー研修(物流用語編)』の受講です」
「ビジネスマナー研修?」
「……これをクリアしたオークには、『物流主任』への昇進試験の受験資格を与えます」
「しゅ、主任……。俺が、ホワイトな肩書きを持つ男に……!」
魔物たちは、カレンが煽った「権利の闘争」などよりも、リィンが提示した「具体的で魅力的なキャリアパス」に一瞬で心を奪われた。
彼らにとって必要なのは、人間と同じ権利ではなく、自分たちの種族としての特性を認めた上での「誇り」と「実益」だったのだ。
「リィン! 貴方、またそうやって『数字』と『物欲』で彼らを懐柔して……! これは根本的な解決になっていないわ!」
「カレン監査官。
根本的な解決とは、労働者が『明日もこの場所で働きたい』と思える環境を作ることです」
一拍。
「……貴方の言う『均等待遇』は、個性を殺し、非効率を招く毒でしかありません」
さらに。
「……例えば、そこにいるスライムの粘田さんに、人間と同じ『椅子』を用意することが平等ですか?」
「そ、それは……」
「 ……いいえ、彼には『高密度の振動吸収マット』の方が、よほど幸福な労働環境を提供できる」
私は、呆然とするカレンを無視し、魔物たちに向かって力強く告げた。
「……本日、三千名分の労働契約書を『種族別・個別最適化バージョン』へ更新します」
「……署名した者から、順次、個別の福利厚生セットを支給します」
「「「おおっ!!」」」
「……さあ、仕事に戻ってください。……遅延は、皆さんの『賞与』に響きますよ」
「「「「了解っス、リィン事務官!!」」」」
魔物たちが、それまで以上の熱気で持ち場へと戻っていく。
カレンは、自分の用意した「労働組合」という武器が、リィンの作成した「完璧なシフト表と福利厚生リスト」の前に粉々に砕け散ったことを理解し、ワナワナと唇を震わせた。
「……信じられない……。……魔物を、本当に『社会』に組み込むつもりなのね……」
そして。
「……けれど、リィン。……法的な手続きはまだ終わっていないわ。
……彼らの『給与振込口座』はどうするの?」
さらに。
「 ……王都の銀行が、魔物の口座開設を認めるはずがないわ!」
「……。判定:遅すぎます、カレン監査官」
私は、眼鏡を直し、デスクから一通の「銀行設立認可証」を取り出した。
「口座がないなら、作ればいいだけのこと」
「何ですって?」
「……本日付で、わが社は『魔界・ラストリゾート信用金庫』の設立を申請し、王宮財務局の認可を得ました」
「ま、まさか……」
「……筆頭株主は魔王軍ホールディングス、監査役は私です」
「……な、ななな……っ!?」
事務官リィン。
私のペンは、もはや労働契約の枠を超え、
世界の「金融システム」そのものを書き換えようとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
リィンの快進撃は、まだまだ続きます。
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