↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/72

魔王軍、正社員となる

「――そこまでです、カレン監査官。

土足で人の『物流拠点』に踏み込むのは、帝國の礼儀作法に反するのではないですか?」


私は、検察庁の令状を突きつけるカレンの前に、事務官としての完璧な姿勢で立ち塞がった。


彼女の背後では、エデンの騎士たちが


「不潔な魔物を労働させるなど、公衆衛生上の脅威だ!」


と叫びながら、せっかくゼクスたちが調整したコンベア・ラインを破壊しようとしている。


「リィン事務官! 往往生際が悪いわよ!魔物を組織的に使役するのは『反社会勢力支援』に該当するわ!」


カレンは決めつける。


「それに、この劣悪な地下環境での労働……これは明白な『魔物権(モンスター・ライツ)』の侵害よ!」


明らかな言いがかりだ。


「 強制労働の現行犯で、この施設を即時閉鎖します!」


カレンの叫びに、周囲の騎士たちが一斉に武器を抜く。

しかし、私は動じない。


「判定:事実誤認、および調査不足です。

……ルルさん、全従業員の『入社時合意書』の原本を展開してください」


「……了解……。全3,400体分……デジタル署名……および……血判……完了済み……」


続ける。


「……クラウド・サーバーに……バックアップ……保存されています……」


空中に、膨大な数の羊皮紙が、ホログラムとなって浮かび上がった。


そこには、コボルトの肉球印から、オークの荒々しい署名、さらには先ほど「主任」に昇格したばかりの毒竜のサインまでが、整然と並んでいた。


「……カレン監査官。彼らは『使役』されているのではありません」


私は微笑を浮かべる。


「自らの意思でわが社のビジョンに共感し、適正な対価を得るために契約を結んだ『個人事業主』および『正社員』です」


そして。


「……ほら、そこにいるオークの労働契約書を見てください」


書類を示す。


「第8条『プロテインの現物支給オプション』、第12条『週休二日制の保証』。……これのどこが強制労働ですか?」


「なっ……!魔物が契約書を理解するはずがないわ!貴方が偽造したに決まって――」


「失礼なことを言うな、人間の小娘!」


割って入ったのは、バルガス部長だった。


彼は、騎士たちが壊そうとしていたコンベアの部品を拾い上げ、カレンを睨みつけた。


「俺たちは、この女事務官に『数字』を教わった」


バルガスが話す。


「奪うよりも、届けることで得られる報酬の方が、はるかに安定的で、しかも『パテ』が美味いということをな!」


「なんですって!」


「 邪魔をするなら、帝國の法ではなく、俺の『勤労の義務』を妨害した罪で叩き伏せるぞ!」


バルガスの咆哮に合わせ、迷宮中の魔物たちが、ピッキング用のカゴや検品用の魔導具を武器のように掲げて前進してくる。


その目には、盲目的な忠誠心ではなく、「自分の職場を守る」という労働者のプライドが宿っていた。


「……。さらに、カレン監査官。貴方が仰る『公衆衛生』ですが。

ルルさん、現在の迷宮内の空気清浄度を表示してください」


「……数値……0.003。……王都の……高級住宅街よりも……クリーンです……。除菌・防臭魔法……完全稼働中……」


カレンは、手元の魔導測定器が示す「異常なほどの清潔さ」を示す数字に、言葉を失った。


「……現在、わが社は王都建築局より『地下空間の有効活用および環境改善モデル地区』としての特別許可を受けています」


「そんな、バカなっ!」


「……貴方がたが、これを無理やり閉鎖すれば、王都の物流は即座に停止し、明日には市民に食料が届かなくなります」


「……その『精算』、帝國で引き受けられますか?」


カレンの顔が歪む。


「……っ……。く……、リィン……事務官……!」


カレンは、私たちが作り上げた


「物流センター」


という名の要塞が、もはや物理的な武力や法的な嫌がらせでは崩せないほど、社会のインフラとして深く根を張ってしまったことを悟った。


「撤退よ……!……けれど、覚えておきなさい」


カレンはリィンを睨み付ける。


「……次は、現場ではなく『帳簿』で、貴方を地獄へ突き落としてあげるわ!」


カレンたちは、泥を吐くように捨て台詞を残して去っていった。


静寂が戻った迷宮内で、魔物たちが一斉に勝利の勝ち名乗りを上げる。


「……。バルガス部長、ゼクスさん。喜びは、今日のノルマを終えてからにしましょう。遅延は、明日への負債です」


「……へいへい、姐さん。厳しいねぇ」


ゼクスが苦笑しながら、再びレンチを握る。


不採算ダンジョンのリノベーションは、こうして完遂された。


かつて死を振りまいた迷宮は、いまや王都の豊かさを支える「心臓」へと生まれ変わったのだ。


「……さあ、次は彼らの雇用手続きを、さらに厳密に詰めるとしましょうか」


私は、ピートの満足そうな喉鳴りを聴きながら、次なる「労働契約」の山へと挑むのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。


リィンの快進撃はまだまだ続きます。


次回も『事務無双』をお楽しみください。


リィンの活躍をもっと見たい方はブクマと評価をお願いします。


感想もぜひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
というか、「帳簿」という、事務官にとっては「ホーム」で、監査官が「宣戦布告」しても、なんのゆるぎも無く、圧倒的に叩き潰されるよね? 「正規雇用」されたら、強制労働ではなくなる。その「契約書」の不備を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。