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魔王軍、労働の喜びに目覚める

「……異議あり!我が輩の『猛毒の吐息(ポイズン・ブレス)』が、なぜ時給金貨一枚相当にまで買い叩かれねばならんのだ!」


リノベーション工事が中盤に差し掛かった頃、地下四階の「中央広場(旧・虐殺の間)」で大規模なストライキが発生した。


中心にいたのは、エメラルド・ドラゴンの変異種である大トカゲの魔物だ。


彼の周囲には、コボルトやオークといった中級魔物たちが、武器の代わりに「賃金改善」と書かれたプラカード(解体工事で出た廃材)を持って集まっている。


「判定:その吐息は、現在の物流業務において『資産』ではなく『環境リスク』に該当します」


私は、魔力で増幅した声を広場に響かせ、騒然とする魔物たちの前に立った。


「貴公の吐息は、防護服なしでは一分で全従業員の健康を害します」


続ける。


「つまり、貴公が働けば働くほど、わが社の『労災補償費』が増大し、利益を圧迫する」


さらに、


「本来ならマイナス査定ですが、特殊な用途――例えば『害虫駆除の期間限定契約(アウトソーシング)』であれば、別途特別手当を支給する余地はあります」


「……う、害虫駆除……。我ら誇り高き毒竜の血筋が、ゴキブリの退治をせよと!?」


「誇りでは納税できません」


私が冷徹に告げると、今度はオークのリーダーが鼻息を荒くして前に出た。


「リィン! 俺たちの筋力はどうだ!」


リーダーが聞いてくる。


「さっきバルガス部長に、この重い箱をあっちからこっちに運べと言われたが、一日中こんなことをして、たったのこれだけか!」


彼が指し示したのは、私が提示した「初任給(魔物用)」の試算表だ。


「……オークの皆さん。貴方たちの筋力は確かに素晴らしい」


「そ、そうだろう!」


「ですが、貴方たちは先ほど、箱を三つほど『握り潰して』中身のポーションを全損させましたね?」


「うっ、それは……」


「 わが社における評価指標(KPI)は『運んだ量』ではなく『無事故で届けた量』です。……ルルさん、彼らの『損害期待値』を表示してください」


「……了解……。現在の……運搬精度では……利益の……80%が……商品弁償代で……消えます……」


「ううっ……」


「……研修(トレーニング)……未修了につき……時給は……見習い価格……です……」


空中に、オークたちが箱を壊すたびに赤字が積み重なる無慈悲なシミュレーションが表示された。


魔物たちは、自分たちが「強い」ことが、現代の物流ビジネスにおいて必ずしも「価値(バリュー)」に直結しないという現実に、愕然としていた。


「……。皆さんに、理解していただきたいのは、ここはもう『弱肉強食のダンジョン』ではなく『信用第一の物流センター』であるということです」


優しく。


「……ですが、安心してください。……私は貴方たちを見捨てはしません」


私は、新しい「職能評価制度」のホログラムを展開した。


「……コボルトの皆さん。貴方たちの鋭い嗅覚は、魔物の索敵ではなく『食品の鮮度チェック』および『不審物の検知』に特化してください」


そして。


「……ガーゴイルの皆さんは、天井の死角を活かした『全自動・在庫管理カメラ』としての役職を。……そして、大トカゲの貴公」


私は、毒竜の末裔の前に歩み寄った。


「その吐息に含まれる成分を分析した結果、微量であれば『魔導具の洗浄剤』として、極めて優秀であることが判明しました」


「ほ、本当か?」


「……明日から、貴公を『機材メンテナンス部門・主任』に任命します。……もちろん、主任手当として時給は1.5倍、かつ専用の『喉ケア用ポーション』を支給します」


「……主任?我が輩が……主任、だと……?」


魔物たちの間に、それまでとは違う「ざわめき」が広がった。


誰かに利用され、捨てられる「駒」としてではなく、自分の個性が「名前のある役職」として認められ、正当な対価(と福利厚生)が与えられる。


それは、魔王への忠誠心とも、冒険者への憎悪とも違う、新しい感情――「帰属意識」の芽生えだった。


「……。さあ、ストライキは終わりです」


私は宣言する。


「……一分の遅延は、一分の損失。全員、配置に戻ってください」


魔物たちがそれぞれの持ち場に戻っていく。



「バルガス部長、彼らの『適正配置』の最終確認をお願いします」


「……うむ。……リィンよ、貴様の言う通りだ。……戦場より、この『シフト表』を埋める方が、よほど高度な戦術を要求されるな」


バルガスが感銘を受けたように頷き、魔物たちを統率し始める。


だが、その時。


迷宮の入り口から、けたたましい魔導サイレンの音が響き渡った。


「――そこまでだ! 『ラスト・リゾート』および魔王軍子会社!王都検察庁、およびエデン合同捜査本部だ!」


するどい叫び声。


「 このダンジョンの『違法なリフォーム』および『魔物の強制労働』の疑いで、家宅捜査を行う!」


霧を切り裂いて現れたのは、帝國の法服に身を包んだカレンと、武装したエデンの精鋭騎士団だった。


彼らは、リィンが完成させたばかりのスロープを土足で踏み荒らし、完成間近の物流センターへと乱入してきた。


「……判定:不法侵入、および業務妨害の現行犯です」


私は、眼鏡の奥で瞳を冷たく光らせた。


外堀を埋めてもなお、直接的な「公権力」を振りかざしてくる帝國。


だが、私は既に、この「捜査」すらも想定内の「宣伝活動」に変える準備を終えていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


労働の喜びに目覚め始めた魔王軍。


そして、ついに現れた帝国に、リィンが取った行動は?


気になる方は、ブクマと星一つでもいいので評価をお願いします。


感想も大歓迎です。

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