魔王軍を子会社にして、世界を清算します
魔王城の最深部、重厚な石造りの調印式場。
私が「魔王軍ホールディングス」との合併契約書に最後の一筆を加えようとした、
その瞬間だった。
「――待ちなさい! その契約、帝國経済法および国際独占禁止法に基づき、即時凍結を命じます!」
轟音と共に、転送魔法の光を纏って現れたのは、シュヴァルツ帝國の筆頭監査官カレン・フォン・シュタインだった。
彼女の後ろには、帝國の法務騎士団がずらりと並び、魔王城の冷気に震えながらも鋭い視線をこちらに飛ばしている。
「リィン事務官……。まさか、人類の敵である魔王軍と手を組むなんて、正気なの!? 」
カレンが指弾する。
「これは明らかに『市場の公正な競争』を著しく阻害する不当な企業結合よ! 今すぐその公印を置きなさい!」
私は、カレンの必死の叫びを柳に風と受け流し、カチリとペンを置いた。
「……判定:時間外の不法侵入です。カレン監査官。ここは現在、わが社の『魔界支店・研修センター』」
「相手は魔族なのよ!?」
「アポイントなしの訪問は、警備外注先のバルガス様が物理的に対応することになりますが?」
「バルガスが何よ! 帝國は既に、王都仲介ギルドを通じて『魔王軍関連の全取引』を違法と認定したわ」
「随分と急なお話しですね」
「この合併が成立した瞬間、貴方のラスト・リゾートは国際指名手配の対象になる。……それでもサインすると言うの!?」
カレンが勝ち誇ったように書類を突きつける。しかし、私は静かに首を横に振った。
「カレン様。……貴方は大きな誤解をしています」
「どこが誤解なの!」
「……わが社は魔王軍と『軍事同盟』を組んだのではありません」
続ける。
「……魔王軍を『わが社のボランティア・清掃部門』として、全額出資の子会社化しただけです」
「……はぁ? ボランティア部門……?」
私は、ルルに指示して新しい組織図を展開した。
そこには、四天王たちの役職が
「環境美化部長」
「地域医療・供養担当」
「魔法インフラ保守責任者」
と、驚くほど平和的な名称に書き換えられていた。
「魔王軍がこれまで行ってきた『侵略』」……これを精査した結果……」
さらに続ける。
「それらはすべて『老朽化したインフラの強制解体』および『人口過密地域の再開発』という、極めて公共性の高い(しかし手続きに不備のある)ボランティア活動であったと再定義しました」
「な、何?」
「……よって、彼らは今後、わが社の監督下で『非営利・災害復興支援団体(NPO)』として活動します」
「そんな滅茶苦茶な屁理屈、通るわけがないでしょ! 彼らは魔物なのよ!?」
「魔物であっても、適切な納税と社会貢献を行えば、経済主体としての権利は保証されます」
ゼロスを見る。
「……ゼロス様、例の『納税証明書』を」
ゼロスが、忌々しそうに、しかし完璧な書式で作成された。
「魔王領三千年の未納分・遡及納税申告書」をカレンの前に叩きつけた。
「……リィンという娘に言われ、過去三千年の略奪品をすべて『寄付金』および『地方税』として計上し直した」
ゼロスは続ける。
「……現在、わが軍は王都にとって最大の『優良高額納税者』だ。……カレンよ」
「優良って!?」
「納税者を武力で排除すれば、帝国の税収にどれほどの穴が開くか、貴様なら計算できるだろう?」
カレンの眼鏡が、衝撃でずり落ちた。
魔王軍が、リィンの「事務的洗浄」によって、一夜にして「王都の財政を支える慈善団体」に生まれ変わったのだ。
「……さらに、カレン監査官。……貴方が独占しようとしていた『冒険者市場』ですが」
「……今後、わが社のボランティア部門(魔王軍)が管理するダンジョンは、すべて『ラスト・リゾート認定証』を持つホワイトな冒険者にのみ、安全に開放されます」
さらに。
「……帝國の基準に従うブラックなギルドは、入山禁止です」
「……っ!! 市場の供給源そのものを……抑えるつもりなのね……」
「市場の健全化、と呼んでください。……さあ、調印は終わりました」
私が立ち上がると、四天王たちが私に従い、カレンたちに向かって整然と頭を下げた。
かつて世界を滅ぼしかけた魔王軍が、一人の事務官の下で「最高の効率とコンプライアンス」を誇る組織へと変貌を遂げた瞬間だった。
「……リィン事務官……。貴方は、数字で世界を支配するつもりなの……?」
「支配ではありません。……私はただ、この世界の不合理を『精算』したいだけです」
魔王城の窓の外には、暗雲を突き抜けて朝日が差し込んでいた。
エデンと帝國の野望は、魔王軍を味方(子会社)につけたリィンの圧倒的な「組織力」の前に、もはや風前の灯火だった。
「……。さて。バルガス部長、ガスト課長、ゼロス次長。明日から、全魔物の『有給休暇取得状況』の監査に入ります。一分の遅延も、許しませんよ?」
「「「……ハッ!(事務官、恐るべし……)」」」
最強の事務官リィン。
彼女の戦場は、もはや王都だけではない。
世界そのものが、彼女の「帳簿」に記された数字通りに、正しく動き始めようとしていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
ついにリィンは、魔王軍を子会社にしてしまいました。
でも、解決しなければならない問題もまだまだ山積みです。
リィンとその仲間たちの活躍をご期待ください。
次の土日に更新です。ブクマと評価をいただければ嬉しいです。
ではでは!(笑)




