魔王軍、世界最大のインフラ企業になる
そこから現れたのは、四天王ですら平伏するほどの、圧倒的な暗黒の波動。
肌は黒く、頭部には巨大な角を持ち、体も漆黒のビロードのようなローブを羽織っている。
するどい眼光が、私に向けて放たれていた。
「――我が軍を『解体業者』に仕立て上げるとは、随分と大きく出たものだな、人の娘よ」
外見から想像されるとおりの重々しい声音が耳朶をうつ。
魔王軍・筆頭執行役員。
四天王のさらに上、魔界の頂点に立つ男
――暗黒魔導師ゼロスが、冷たい微笑を浮かべている。
「合併交渉の続きは、わが魔王城の『監査室』で行おう」
ゼロスは、愉快そうに。
「リィン事務官。君が魔王軍の膿をすべて出し切れるか、私が直々にテストしてやろうじゃないか」
それは、事務官リィンに対する、魔王軍からの「最終面接」の招待状だった。
◇◇◇
王都を包む吹雪が嘘のように、転送された先は「静寂」に支配されていた。
そこは、魔王城の最深部――ではなく、最近改装されたばかりだという
『魔王軍・経営監査室』。
巨大な大理石のテーブルを囲むのは、魔王軍の全権を握る四天王たち。
そしてその頂点に座る暗黒魔導師ゼロスが、冷徹な瞳で私を見据えていた。
「ようこそ、リィン事務官。ここには王宮の目も、エデンの刺客も届かない」
ゼロスの目が光る。
「さあ、合併に向けた『最終デューデリジェンス(資産査定)』を始めようか」
ゼロスが指を鳴らすと、室内の壁一面に膨大な数の「魂の契約書」が浮かび上がった。
それは、魔王軍が数千年にわたって蓄積してきた、魔物や呪い、そして侵略地の利権に関する全記録だ。
「これらすべてを貴殿の『事務能力』で再編し、帝國をも凌駕する経済圏を構築してみせろ」
「経済圏ですか……」
「それができぬなら、貴殿の魂を『未払い債務』の担保として、ここで永劫に働いてもらう」
「……判定:非常に光栄な『圧迫面接』ですね」
私は、動じない。
「ルルさん、録音と並行して、この空間の魔力濃度から『不当な心理的圧力』の数値を算出してください」
ルルに指示する。
「……後に慰謝料として請求に上乗せします」
「……了解……。心理的負荷……最大値……。ただし……リィンさんの心拍数は……通常通り」
続けて。
「……むしろ……やる気に……満ち溢れています……」
私は、目の前に積み上げられた「負の遺産」とも呼べる契約書の山に手を伸ばした。
「ゼロス様。……まず、この『勇者の呪い代行サービス』」
「それが、どうした?」
「……これ、一件あたりの原価計算がされていません」
「!!」
「呪いをかけるための魔導触媒のコストが、呪いによって得られる戦術的優位性を大きく上回っています」
容赦なく指摘する。
「……即座に廃止です」
「な、何だと!? それはわが軍の伝統ある嫌がらせ事業だぞ!」
邪賢者ギルが異議を唱えるが、私は止まらない。
「ガスト様。この『死霊兵の量産計画』」
「そ、それが何か?」
「……骨の維持に必要な防腐剤の価格が高騰しているのに、なぜ固定価格で契約しているのですか?」
「そ、それは我が軍の伝統で……」
「 仕入れ先であるドワーフ工務店との『価格転嫁交渉』を怠ったのは、人事担当としての怠慢です」
「ひえっ、私の骨が震える……! 事務官殿、そんな細かいことまで……!」
「細かくありません。一円の狂いが、一国の滅亡を招く。それが『事務』です」
私は、四天王たちの「聖域」とも呼べる放漫経営の数々を、次々とペン一本で切り捨てていった。
シャロンが魔導カメラを回しながら、
「見て見て! 四天王たちがリィンさんに説教されて、子供みたいにシュンとしてるわ!」
さも面白そうに。
「これ、魔界のトレンド1位確定ね!」
と実況する中、筆頭のゼロスだけが、楽しげに口角を上げた。
「……面白い。だが、リィン。……魔王軍には、数字では測れない『魔王への忠誠』という最大のアセット(資産)がある」
愉快そうに。
「……それを無視して、ただの解体業者として生き残れると思っているのか?」
「忠誠、ですか。……ゼロス様」
私は続ける。
「……忠誠心とは、適切な『報酬』と『福利厚生』の上に成り立つ、最も高価なオプションです」
さらに。
「……空腹の部下が、いつまでも魔王様に忠誠を誓うとお思いですか?」
私は、魔王軍の隠し金庫に眠っていた「予備費」の全額を、ホログラム上で「全従業員の特別ボーナス」へと振り分けた。
「……これが、私の出す回答です」
ゼロスを見る。
「……魔王軍を『侵略者』から『世界最大のインフラ企業』へと転換する」
一拍。
「……それこそが、エデンの市場独占を物理的・経済的に粉砕する、唯一の合併シナリオです」
沈黙。
四天王たちが顔を見合わせ、最後にゼロスが静かに立ち上がった。
彼の手には、魔王軍の全権を示す『暗黒の公印』が握られていた。
「……よかろう。……その狂気、買い取らせてもらおうか」
事務官リィン。
ついに彼女は、人間界を飛び越え、魔界の全権をもその「帳簿」の中に収めようとしていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ついに魔界の全権を掌握したリィン。ここから世界が変わり始めます。
しかし、エデンを傘下におさめる帝国も黙ってはいません。
リィンは無事、有給休暇を取れるのか?
明日の更新をお待ちください。
よろしければ、ブクマと評価をお願いします。




