魔王軍の労働環境、思ってたよりひどかった
「ニャーン(……美味しそうな話だけど、事務作業が十倍になりそうだね)」
ピートが、魔王軍の提案書の上に、わざとらしく肉球を押し当てた。
「……。バルガス様、ギル様。……非常に興味深い提案です」
「おお、そうであろう!」
「……ですが、事務官として、二つだけ確認させていただきたい」
「何だ?」
「……第一に、魔王様の『厚生年金』の滞納分、これをご自分たちで清算する覚悟はありますか? ……そして第二に」
私は、四天王たちの目を真っ直ぐに見据えた。
「――わが社のピート部長を、魔王軍の『全序列の最上位』として登録することを、株主は許可しますか?」
四天王たちの間に、戦慄が走った。
それは、世界を揺るがす「史上最悪の合併交渉」の始まりだった。
◆
「……ククク、やはりこの女、ただ者ではない。魔王軍の『負債』に真っ先に触れるとはな」
四天王の財務担当、邪賢者ギルが青白い顔で笑う中、事務所の影からもう一人の「役員」が姿を現した。
死霊侯爵ガスト。
青白い炎を瞳に宿したスケルトンの貴族であり、魔王軍における「人事・労務」を司る死霊術師だ。
彼は埃っぽいマントを翻し、シャロンの魔導カメラにポーズを決めながら、私の前に跪いた。
「お初に、いや二度目ましてかな、美しき清算人。……私はガスト。わが軍の『死後も働ける終身雇用システム』の責任者だ」
そして。
「……シャロン君、今の角度、私の骨の光沢が一番綺麗に映るように頼むよ」
「ハイハイ、バッチリ録れてるわよ『死霊人事』さん!視聴者からは『ホワイトな死後を!』ってコメントが殺到してるわ!」
シャロンが楽しげに端末を回す。ガストは優雅な仕草で、私のデスクにさらに一束の書類を積み上げた。
「リィン事務官。合併の条件として、わが軍の『アンデッド労働力』の権利を貴殿に譲渡しよう」
「アンデッド労働力……?」
「彼らは食事不要、睡眠不要、文句も言わぬ。……まさに事務官にとって理想の『備品』だと思わないかね?」
私は、ガストが差し出した書類を一瞥し、即座にシュレッダーの起動ボタンに指をかけた。
「――判定:組織犯罪的、かつ会計学的に見て『最悪の粉飾』です」
「……な、何だと!?」ガストの顎の骨がガクガクと震える。
「ガスト様。……この『アンデッド雇用契約書』」
「何だね?」
「……『死亡した時点で退職金は消滅し、以降は無給の役務提供に切り替わる』とありますね」
「それが、何か問題かね?」
「……これは、帝國法どころか、この大陸の全生命倫理に反する『簿外債務の隠蔽』です」
私は、ルルが解析した魔王軍の連結決算書をホログラムで投影した。
「……さらに、ギル様。……この『魔王城の維持費』」
私は、続ける。
「……昨年度、金貨三千万枚を『福利厚生』として計上していますね」
「そうだが……」
「しかし、内訳が『魔王様の玉座の金メッキ貼り替え』と『四天王のプライベート・ドラゴン維持費』」
「それは……当然の……」
「……これに対し、前線のゴブリン兵への支給食糧は、一日あたり乾燥芋一欠片。これで『経営統合』など、笑わせないでください」
「ぐ、ぐぬぬ……。だが、それは過去の慣習で……」
「事務官に『過去の慣習』という言い訳は通用しません」
「ううっ……」
「……ルルさん。魔王軍のキャッシュフローを再計算してください」
ルルに指示を出す。
「現在の『無駄な重役報酬』と『非生産的な破壊活動コスト』を全カットした場合、どれだけの黒字化が見込めますか?」
「……計算完了……。……四天王の……贅沢を禁止し、軍事行動を……『災害復興・解体業』へ……事業転換した場合」
驚異的な数字が浮き彫りになる。
「初年度から……純利益……一億五千万枚……。帝國の……国家予算を……上回ります……」
事務所内の空気が一変した。
魔王軍の執行役員たちが、信じられないものを見る目でルルの端末を見つめる。
「……事業転換だと? 我ら魔王軍に、壊すのではなく『直せ』というのか!?」
バルガスが巨大な斧を鳴らして叫ぶ。
「いいえ、バルガス様。……『壊す』のも立派な事業です」
「なに?」
「……ただし、無報酬の侵略ではなく、王都から『老朽化した建物の解体依頼』として受注し、適切な廃棄物処理費用を請求する」
「なんと!」
「……これが私の提案する『魔王軍ホールディングス・再生計画』です」
私は、ガストが持ってきた「死霊契約書」を真っ二つに引き裂いた。
「ガスト様。アンデッドたちには『適切なメンテナンス費用』と『供養手当』を支給してください」
「何だと!」
「そうでなければ、彼らの負の魔力が蓄積し、いずれわが社の『減価償却資産(魔王様)』の価値を下げてしまいます」
「……。……。ク、ククク。……面白い。……この女の骨格、実に整っていると思っていたが……」
ガストは続ける。
「その思考回路は我ら魔族よりもよほど冷酷で、合理的だ」
ガストが、不気味な笑みを浮かべながら身を乗り出す。
「リィン事務官。君の言う通りにしよう」
ガストは決断した。
……ただし、合併(M&A)の最終判断を下すには、もう一人の『大株主』の承認が必要だ」
「……大株主?」
ブウゥゥゥゥゥゥン!
その時、事務所の床に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
読んでいただき、ありがとうございます!
魔王軍のブラック体質に、リィンがメスを入れるとどうなるか。
そして、魔王軍の大株主とは!?次回明らかに!
次の土日に更新します。
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