魔界からのヘッドハンティング
一月十五日。
王都の冬はさらに厳しさを増し、窓の外では魔導ヒーターの熱気を嘲笑うかのような吹雪が荒れ狂っていた。
わがギルド『ラスト・リゾート』の事務所内は、かつてないほどの活気に溢れている。
エデンから移籍してきた数十名の若手冒険者たちは、今や「定時退社」と「有給休暇」という概念に完全に適応し、かつての死んだ魚のような目は、希望に満ちた輝きを取り戻していた。
「……リィンさん、これ、今月の受注リストの最新版です。エデンとのシェア逆転、ほぼ確実ですよ!」
カイトが興奮気味に報告書を持ってくる。
彼が「幸運」をフル活用して整備した顧客管理データベースには、帝國の圧力を跳ね除けて「信頼」を選んだ商人たちからの依頼が、滝のように流れ込んでいた。
「浮かれてはいけません、カイト君」
彼を軽くたしなめる。
「受注が増えれば、それだけ『事故』のリスクも増大します」
ルルに確認する。
「ルルさん、新規入社組のメンタルヘルス・チェックの結果はどうですか?」
「……良好……。……離職率……現在も……0%を継続……。……ただし……一名の冒険者が……ピート部長の肉球に……魅了されすぎて……集中力を欠いています……」
「判定:部長への過度な依存は業務に支障をきたします。後で指導室(物理)に呼び出してください」
私はペンを走らせながら、ふと視線を落とした。
肩の上で丸くなっているピートが、さきほどから耳をピンと立て、不穏な方向に鼻を動かしているのだ。
窓の外、吹雪の向こう側から、王都の防衛結界すら突き抜けるほどの「圧倒的な威圧感」が近づいていた。
その瞬間、事務所のドアが静かに、しかし抗いようのない力で開け放たれた。
「――失礼。事務的に、かつ致命的に、お邪魔するぞ」
入ってきたのは、吹雪を纏った三人の異質な存在だった。
一人は、身の丈を優に超える巨大な斧を背負い、黒鋼の鎧に身を包んだ巨漢。
一人は、不気味な紫色の魔導書を浮かべ、無数の目が刻まれたローブを纏った痩身の男。
そして中心に立つのは、冷徹な美貌に、禍々しい魔力を放つ紅い瞳を持つ女性。
――斧を背負った男は、魔王軍執行役員、四天王の一人である暗黒騎士バルガスだ。
魔界の四天王は、去年の暮れの騒動から、新しく代替わりしていた。正確には新・四天王だ。
「我らは、新しく魔界四天王となった者だ。存じておろう。あとの一人は留守番をしておる」
「ひえっ!? 四、四天王……! な、なんでここに!?」
アルベルト社長が机の下にダイブし、カイトはあまりの威圧感に腰を抜かした。
ゼクスが反射的に剣の柄に手をかけるが、バルガスは一瞥もくれず、私だけを見つめた。
「……リィン事務官。貴殿の『事務』による魔王軍への損害賠償執行から数ヶ月。……わが社、魔王軍ホールディングス内でも、貴殿の手腕は高く評価されている」
バルガスは懐から、漆黒の羊皮紙に金文字で刻印された書面を取り出し、私のデスクに置いた。
そこには、震えるような文字で『経営統合(M&A)提案書』と記されていた。
「……魔王軍ホールディングス……? 去年の最後で、私が差し押さえに行った『魔王軍』のことですね」
「そうだ。その『魔王軍』だ」
「で……何のご用でしょうか。現在、わが社は繁忙期につき、新たな損害賠償の受付は三時間待ちとなっておりますが」
「……違う。賠償の話ではない。……『合併』だ」
バルガスは椅子を引き、無断で私の対面に座った。
「現在、わが社はシュヴァルツ帝國との競争において、労働力(魔物)の質低下という深刻な課題に直面している」
「それが、わが社と何の関係が?」
「うむ。……一方で、貴殿のギルドは、元エデンの冒険者たちを驚異的な効率で再教育し、市場を席巻している」
「はぁ……」
「……そこで、わが社の株主総会において、驚くべき決議がなされた」
後ろに控えていた魔導師の男――四天王の財務担当、邪賢者ギルが、眼鏡の代わりに無数の「目」を光らせて言葉を継いだ。
「……ククク。……リィン事務官。我々は、貴殿を『魔王軍・最高財務責任者(CFO)』として迎え入れたい」
「……それも、ただのヘッドハンティングではない」
一拍。
「……『ラスト・リゾート』と『魔王軍』の合併。
……つまり、人間と魔族の枠を超えた、世界初の『超・軍事経済共同体』の設立だ」
「……は?」
カイトが口をあんぐりと開ける。
「ま、魔王軍と合併……!? それって、勇者と魔王が同じ給与体系で働くってことですか!?」
「……理屈ではそうなりますね。……ギル様。……合併比率は?」
続ける。
「……時価総額で言えば、差し押さえ後の魔王軍の評価価値は、わが社の昨日の売上高よりも低いと算出していますが?」
私の冷徹な指摘に、ギルが顔を歪めた。
「……ぐ、図星を突く……」
しかし。
「……確かに、わが軍のキャッシュフローは現在、貴殿の差し押さえによって火の車だ」
声に力が入る。
「……だが、我々には広大な領土と、無尽蔵の素材供給源がある!」
そして。
「これを貴殿の事務能力で『商品化』すれば、帝國など一月で買収できるはずだ!」
バルガスが、力強く拳を机に叩きつけた。
「リィン! 貴殿を勇者たちの『小間使い』として終わらせるのは、世界の損失だ!」
さらに、力が入る。
「 ……魔王軍の全資産、全軍事力、そして我ら四天王の『公印』を、貴殿に預ける。共に、この世界の不合理な経済システムを『精算』しようではないか!」
事務所の空気が熱を帯びる。
四天王による、命懸けの「業務提携提案」。
エデンとの市場戦争が激化する中、魔王軍という最大の競合他社が、「敵」としてではなく「子会社候補」として、私の前に跪いたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。
ついに魔王軍ホールディングスからの合併の提案が!?
リィンの判断が世界を変えます。物語も後半へ。
続きは明日の更新で。
ブクマと評価をお願いします。




