離職率80%の組織の末路
王都へ戻る馬車の中、救出された冒険者たちは、配布された「有給休暇申請書」を震える手で握りしめていた。
彼らにとって、それは単なる紙切れではなく、帝國という歯車から解放された「人間としての証明書」に見えたのだろう。
「……リィンさん、これ、王都に着いたらどうするんですか? エデンの息がかかった仲介所が、黙って彼らの移籍を認めるとは思えません」
カイトが不安げに外を見る。
案の定、王都の検問所には、エデンの紋章をつけた騎士たちと、カレン・フォン・シュタインの息がかかった帝國の法務官たちが待ち構えていた。
「……カイト君。事務官の戦いとは、常に『情報の非対称性』を利用したレバレッジの掛け合いです」
「どういう意味ですか?」
「……ルルさん、広場中央の巨大魔導スクリーン、ハッキング……いえ、広告枠の『緊急買い取り』は完了しましたか?」
「……完了済み……。王都の……全モニターを……ラスト・リゾートの……『リクルート・チャンネル』に……強制同期……。……カウントダウン……開始……」
王都の門をくぐった瞬間。
街中の至る所にある魔導スクリーンに、衝撃的な映像が映し出された。
それは、つい数十分前、死の淵で帝國の監視員に見捨てられそうになっていた冒険者たちの姿。
そして、監視員が放った
「新人を突っ込め」
「犠牲は効率のために必要だ」
という音声が、クリアな音質で街中に響き渡った。
『――貴方のギルドは、貴方を「命」として扱っていますか?それとも「備品」として扱っていますか?』
画面が切り替わり、今度はわが社の事務所で、ピート部長にパテを捧げながら満面の笑みで昼寝をするゼクスや、定時で上がって酒場へ向かうシャロンやカイトの姿が映し出される。
『ギルド・ラスト・リゾート。……離職率、0%。……平均残業時間、月3時間以下」
続けて。
「……今なら、エデンからの移籍者に限り、入社祝い金として『特製ポーション』と『ピート部長の肉球スタンプ付き有給チケット』を支給中』
「な、なんだこの不謹慎な広告は!? 今すぐ止めろ!」
検問所の法務官たちが叫ぶが、ルルの組んだ鉄壁のプロトコルは、帝國の技術でも解除には時間がかかる。
「……判定:市場の関心、最大値に到達」
私は馬車から降り、集まってきた野次馬や、エデンの制服を着て顔を伏せていた他の冒険者たちに向かって、静かに告げた。
「エデン、およびシュヴァルツ帝國の皆さん」
一拍。
「……貴方たちが『独占』したのは、依頼の窓口だけです。……ですが、その依頼を完遂するための『冒険者の心』までは、買い取れなかったようですね」
「リィン! 貴様、こんな汚いやり方でエデンの信用を失墜させるつもりか!」
ワイバーンに乗って駆けつけてきたカレンが、ワイバーンから降り立ち、怒りに肩を震わせて詰め寄ってきた。
「汚い? ……いいえ、カレン監査官。 私はただの『求人広告』を出しただけです」
「何を白々しい!」
「……もし、貴方の言う『効率』が正しいのであれば、冒険者たちは誰もわが社になど来ないはず。……ですが、見てください。貴方の後ろにいる部下たちの目を」
カレンが振り返ると、彼女を護衛していたはずの帝國兵や、エデンの残党たちが、羨望の眼差しで私の持つ「採用応募用紙」を見つめていた。
「……離職率80%。……それは、組織が死んでいるという数字です。……死んでいる組織に、市場を独占する資格はありません」
私は、カレンの鼻先に最後の一枚の「精算書」を突きつけた。
「……今、この瞬間を以て、エデンに届いていた全依頼の30%が、依頼主側からの『キャンセル』および
『ラスト・リゾートへの指名変更』に切り替わりました」
畳み掛ける。
「……理由は、『非人道的なギルドに大事な依頼は任せられない』。……さあ、帝國の誇る会計基準で、この『信頼の毀損』を金額に換算してみてください」
カレンの手にあった端末が、エラー音を吐き出し続けた。
それは、帝國が最も恐れる「計算不能な事態」の始まりだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
作者は実際、離職率99%の会社に居ました。新卒で入社した人間、50人が三年後には一人も残らないという凄まじい職場でした。その記憶を基に書いています。現実にはそういう会社が多いんでしょうね。
共感された方は、ブクマと評価をお願いします。




