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静かなる反乱

現れたのは、昨日追い出したはずのシグルドとハンス……ではなく、彼らが連れてきた「帝國の被害者」の一人だった。


「……リィン、さん……。助けて、くれ……」


その冒険者は助けを求めた。


「……俺の班の連中が、帝國の無茶な命令で……『ランク外の危険地帯』に送り込まれたんだ……」


彼は続ける。


「エデンの本部に言っても『効率のために犠牲はつきものだ』って……!」


泥まみれで駆け込んできたその冒険者の背後には、帝國が独占したはずの依頼が「大炎上」している火の手が見えていた。


「ピート部長、出動の準備を。これより、わが社は『エデンの不始末』を全件買い取ります」


私は、未だかつてないほど「事務官らしい」冷徹な微笑を浮かべた。


離職率80%という数字は、ただの統計ではない。


それは、帝國という巨大なシステムが崩壊するための、致命的な「綻び」だった。


「……さあ、帝國の皆さん。……『人件費』をケチった代償が、どれほど高くつくか……精算の時間ですよ」


◆


王都から馬車で一時間、霧深い『嘆きの渓谷』。


かつては中級冒険者の稼ぎ場だったこの地は今、帝國の「効率至上主義」が生み出した地獄絵図と化していた。


「……ひどい。これはもはや『攻略』ではなく『資源の乱獲』です」


現場に到着した私は、思わず眉をひそめた。


視界に入るのは、帝國の監視員に急かされ、休息も取らずに魔物を狩り続ける冒険者たちの群れ。


そして、その中心で「炎上」していたのは、ランク外の巨大魔獣『大地の多足類(ギガ・センチピード)』の討伐現場だった。


「おい、そこ! 盾職(ガーディアン)が倒れたなら予備の新人(パーツ)を突っ込め! 討伐完了まであと三分だ、遅延は報酬から差し引くぞ!」


帝國の会計士風の男が、拡声用の魔導具を手に怒鳴り散らしている。


その足元には、防具がボロボロになり、過呼吸で動けなくなった若い冒険者が転がっていた。


「ゼクスさん。……判定:労働基準法第36条(時間外労働)の著しい逸脱、および安全配慮義務違反。……即座に介入し、現場の『強制終了(シャットダウン)』を」


「合点だ、姐さん! 待ってな、今すぐその『非効率な暴力』を止めてやるぜ!」


ゼクスが大剣を引き抜き、戦場の中央へと飛び込む。


帝國の監視員が「何だ貴様らは! これはエデンと帝國の独占案件だぞ!」と叫ぶが、私はピートを肩に乗せたまま、悠然と歩み寄った。


「独占案件、結構」


私は続ける。


「……ですが、このままではあと一分以内に、貴方の管理下にある冒険者が全滅し、帝國は『一億枚相当の人材損失』と『周辺地域への被害賠償』という特大の赤字を抱えることになります」


「なに!」


「……事務官として、その損失は見過ごせません」


「な、なんだと……?」


「ルルさん、スキャン結果を」


「……了解……。……多足類の……外殻硬度上昇……。……帝國の指定した……安価な模造剣では……これ以上のダメージ不可能」


ルルが報告する。


「……あと三十秒で……反撃の……酸ブレスが……来ます……。……冒険者の……生存率……0.02%……」


ルルの淡々とした死の宣告と同時に、巨大な魔獣がその身をくねらせ、緑色の毒液を溜め込んだ。


「ひ、ひいいいっ! 全員退避だ! 撤退しろ!」


監視員が真っ先に逃げ出そうとするが、私はその襟首を掴んで引き留めた。


「逃げるのは『精算』が終わってからです。……カイト君、今です!」


「うわああ、もうヤケクソだ! 行け、俺の『超幸運(ハイ・ラッキー)』!」


カイトが投げた「ただの小石」が、風に煽られ、跳ね返り、偶然にも多足類の最も脆い節の隙間に吸い込まれた。


一瞬の硬直。その隙を見逃さず、ゼクスの一撃が魔獣の急所を断ち切った。


静寂が訪れる。


全滅の危機を免れた冒険者たちが、泥まみれのまま地面にへたり込む。


彼らの目は、救われた喜びよりも、明日もまたこの地獄が続くのかという絶望に染まっていた。


「……さて。カレン監査官の代理人である貴方に、提案があります」


私は、震えている監視員の鼻先に、あらかじめ用意しておいた『債権譲渡および労働者派遣契約書』を突きつけた。


「今、貴方が見捨てようとしたこの冒険者たちの『管理権』を、わが社が買い取ります」


続けて。


「……代金は、先ほど私が救った彼らの命の価値――すなわち、帝國が支払うはずだった遺族補償金の半額で手を打ちましょう」


「ば、バカな! 人材を売るなんて権限、俺には……」


「ありませんか? ……ですが、このまま彼らが『過労』で全滅した報告書を帝國に送れば、貴方の首(物理)が飛ぶのは明白です」


間を置いて、


「……それとも、私の『人道的救済』という名目の裏帳簿に乗りますか?」


監視員は、私の後ろで魔力を滾らせるルルと、血濡れの大剣を担ぐゼクス、そして。


「ニャッ(判子押せよ)」


と威嚇するピートを見て、震える手で羽根ペンを握った。


「……分かった、分かったよ! 彼らはもう『ラスト・リゾート』の好きにしろ!報告書には『名誉ある戦死、または行方不明』と書いて処理してやる!」


「契約成立です。……カイト君、彼らに『有給休暇申請書』を配ってください。……今日から皆さんは、わが社の正社員です」


泥まみれの冒険者たちが、信じられないものを見る目で、手渡された真っ白な書類を見つめていた。


これが、リィンによる「エデン解体作戦」の本格的な第一歩。


――現場からの、静かなる反乱の始まりだった。

効率化のために人命を軽視する。

リィンはそれを許しません。


人間のパフォーマンスはホワイトな労働環境でこそ上がるもの。

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続きは次の土日に更新します。

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