帝國、冒険者ギルドの市場を独占する
一月十日。
窓の外は、王都の冬らしい鉛色の空が広がっていたが、わがギルド『ラスト・リゾート』の事務所内は、不気味なほどの「静寂」に包まれていた。
それは、業務が滞っているからではない。
むしろ逆だ。
昨日、エデンから大量に引き抜いた三十名の若手冒険者たちが、私の作成した「新人研修カリキュラム」に従い、整然と座学に励んでいるためだった。
「……リィンさん、これ、マジでヤバいですよ」
カイトが、魔導端末に表示された「王都依頼管理ギルド(中央市場)」のリアルタイム・モニターを指差して、声を震わせた。
「今日の依頼一覧から、うちの名前が完全に消えてます」
やはり来たか。
「本来ならうちが優先的に受けるはずだった『下水路の魔鼠駆除』も『貴族邸の護衛』も、全部エデン……いえ、帝國公認の『新エデン・ホールディングス』に強引に割り振られてます」
「……判定:想定内の営業妨害です」
私は、新しい仲間に支給するための「福利厚生:ピート部長の肉球スタンプ付き名刺」の束を整えながら、淡々と答えた。
カレン・フォン・シュタイン率いる帝國監査部隊は、直接的な事務所封鎖で失敗した後、より狡猾な手段に切り替えたのだ。
すなわち、市場の独占である。
彼らは帝國の強大な資本力を背景に、王都の依頼仲介所に対し「ラスト・リゾートに仕事を回すなら、
帝國製の安価な魔石の供給を止める」という圧力をかけた。
結果として、わが社は「高度な技術とホワイトな労働環境を持ちながら、仕事が一件も入ってこない」という、兵糧攻めの状態に陥っていた。
「おい、姐さん! 暇すぎてゼクスの兄貴が、事務所の裏で魔導ゴーレム相手に素手で喧嘩し始めちまったぞ!」
ゼクスの弟分が駆け込んでくる。
「 このままじゃ、うちはただの『冒険者の保養施設』になっちまう!」
ゼクスの弟分たちが窓の外を指差す。
そこには、仕事がないストレスを筋トレにぶつけ、湯気を上げながらスクワットをするゼクスの姿があった。
「ニャーン(お昼寝の時間が増えて嬉しいけど、パテの在庫が心配だね)」
ピートが私の肩の上で、あくびをしながらグラフを眺めている。
「……安心してください、ピート。わが社のパテ在庫は、半年分は確保してあります」
カイトに向かい、
「……それに、カイト君。市場から『仕事』が消えたのなら、こちらから『市場』そのものを作り直せばいいだけのことです」
「……市場を作る? そんなの、王宮の認可が必要だし、何年もかかりますよ!」
「いいえ。事務官の視点で見れば、現在の依頼市場は『非効率の塊』です」
「えっ」
「……カイト君、今すぐ昨日入社した三十名から、エデン時代の『離職理由アンケート』を回収してください」
ルルに向かい、
「……ルルさん、王都中の全ギルドを対象とした、過去三年の『冒険者離職率および死亡率』の相関図をホログラムで展開してください」
「……了解……。……ビッグデータ……解析開始……。エデンの離職率……昨年比で……200%上昇……」
続けて。
「全冒険者の……80%が……三ヶ月以内に……『精神的損耗』により……引退……または……移籍を希望……しています」
空中に、赤く染まった衝撃的なグラフが浮かび上がった。
最大手ギルド『エデン』。
その華々しい看板の裏側では、帝國式の過酷なノルマ管理により、冒険者たちが文字通り「使い捨ての部品」として消費されていたのだ。
「……。これが、今回の作戦の『資源』です」
私は、眼鏡を指先でクイと押し上げ、瞳に鋭い光を宿した。
「カイト君、よく聞きなさい。帝國は『依頼(仕事)』を独占しましたが、その仕事をこなす『人材』を軽視しました」
続ける。
「……彼らは、どんなに高い報酬を積まれても、自分が死ぬような職場には長く留まれません。……逆に、わが社はどうですか?」
「……えっと、有給があるし、リィンさんの事務サポートで死亡率はゼロに近いし……。正直、一度入ったら二度と辞めたくないレベルですね」
「その通り。……つまり、現在、王都の冒険者市場では『仕事は余っているが、まともな労働環境が枯渇している』という、深刻なミスマッチが起きています」
続ける。
「……ならば、私たちはエデンが独占している『依頼主』に対し、直接こう提案すればいいのです」
私は、用意しておいた一通の「提案書」を、カイトの前に置いた。
「――『その依頼、エデンに任せれば期限内には終わりますが、担当する冒険者の精神が崩壊し、後味の悪い結果になります。わが社に任せれば、幸せな冒険者が、笑顔で、完璧に完了させてみせます』と」
「……リィンさん、それ、営業トークっていうか……ただの宣戦布告ですよ!」
「いいえ。これは『ブランド戦略』です」
「ブランド戦略?」
「……カイト君、あなたの『幸運』を使って、今日これから王都で最も『依頼の失敗(炎上)』が起きそうなエデンの現場を特定しなさい」
「あ、はい!」
「……私たちは、彼らが使い潰した冒険者の『後始末』という名目で、市場に強引に割り込みます」
その時、事務所のドアが勢いよく開いた。
容赦のない帝国の圧力、国家相手にリィンはどう戦うのか?
ブランド戦略って具体的に何?と思われた方はブクマと評価をお願いします。
続きは明日、更新です。




