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帝國を赤字にした事務官

「……嘘……嘘よ……! 帝國の予算が、これっぽっちの小規模ギルドの接収ごときで、限界に達するなんてありえない……!」


カレンの碧眼が絶望に揺れていた。


彼女が手元の魔導端末を確認すると、そこには帝國財務省からの緊急暗号通信が届いていた。


『カレン・フォン・シュタイン。

貴殿の執行している資産接収において、異常な支出を検知した」


「な、……」


「現在、王都のあらゆる高級宿やレストランから、帝國への請求が秒単位で殺到している」


「そんな、バカな」


「直ちに接収を解除せよ。さもなくば、貴殿の家名および全資産をこの損失の補填に充てる』


「……判定:時間切れです」


私は冷徹に告げ、空中に表示された請求書の山を指先で弾いた。

 

「ルルさん。帝國の予算サーバーに、最後の『追い込み』を」


「……了解……です」


「……わが社の魔王(管理番号001)が、ストレスによって『帝國の紋章が刻まれた結界』を三枚破壊しました」


続けて。


「この損害賠償金、一億枚を即時自動引き落としに設定」


「……了解……。……シュヴァルツ帝國……国家予算の……予備費……残りゼロ。……これ以上の……接収継続は

……帝國の……デフォルト(債務不履行)を……招きます……」


「わ、分かったわ! 解除するわよ! だからその『請求書(暴力)』を止めて!」


カレンが叫びながら魔導スクロールを無理やり閉じると、事務所を覆っていた漆黒の光が霧散した。


窓から差し込む夕日は、勝利したわが社の面々を黄金色に照らし、敗北した帝國の会計士たちを惨めに浮き彫りにした。


「……ふう。ようやく換気ができますね。

……アルベルト社長、お酒の匂いが籠っています。窓を全開に」


「あ、ああ! さすがリィンちゃん!

国家を破綻の危機に追い込む事務官なんて、君くらいだよ!」


アルベルト社長が感動して震える中、カレンは力なく膝をついた。


彼女の部下たちは、すでに戦意を喪失し、リィンの作成した『適正な予算執行マニュアル』を後学のために必死でメモしている。


「……リィン事務官。貴方のやり方は……卑怯よ。

……数字を武器に、システムそのものをハックするなんて……」


「卑怯、ですか? ……カレン監査官」


私は表情を変えずに言う。


「私はただ、貴方が提示した『帝國のルール』を厳格に適用しただけです」


淡々と。


「……接収した空間の維持費、および被接収者の生存権の保証」


そして。


「……それを考慮せずに強行突破を図ったのは、貴方の『効率』の計算が甘かった」


一拍。


「……ただ、それだけのことです」


私はデスクから立ち上がり、カレンの前にゆっくりと歩み寄った。


ピートが私の肩に飛び乗り、カレンの眼鏡に向かって


「ニャッ(出直してこい)」


と短く鳴く。


「……ですが、貴方の『効率への執着』そのものは嫌いではありません」


「執着ですって……」


「……ただ、貴方は数字の裏にある『生きたコスト』を見誤った」


「……」


「……人は、パテ一枚で動き、有給休暇一日で限界を超えたパフォーマンスを発揮する」


そして、続ける。


「……それを計算に入れられないのであれば、貴方は一生、わが社の事務を越えることはできません」


カレンは唇を噛み締め、私を見上げた。


その瞳には、敗北への屈辱と共に、事務官としての得体の知れない「敬意」が混じり始めていた。


「……今回は、私の負けよ」


カレンは負けを認める。


「……けれど、帝國は諦めない。エデンの債権を握っている限り、私たちは何度でも貴方たちの前に現れる」


そして、告げる。


「……次こそは、完璧な『再編案』を持ってきてあげるわ」


「お待ちしております。ただし、次回の来訪時は、軍用ドラゴンではなく『民間配送便』をご利用ください」


私はきわめて事務的に一礼する。


「……ドラゴンの騒音被害に対する、慰謝料請求書を作成する手間が省けますので」


カレンは部下たちを連れ、逃げるように事務所を去っていった。


事務所に残されたのは、静寂と、カイトが幸運で引き当てた「一等賞:最高級肉のパテ一年分」の目録だけだった。


「……やった、リィンさん! これでピートのパテ代、一年間は帝國に請求しなくて済みますよ!」


「……カイト君。そのパテは『雑所得』として計上しますので、後で納税申告書を書いておいてください」


続けて。


「……ルルさん、サーバーの復旧を確認」


「了解……です」


「……ゼクスさん、待機していた冒険者たちに『明日から二倍働け』と伝えてください」


そして。


「……休んだ分は、利益で返してもらいます」


「げっ、結局ブラックじゃねえか!」


ゼクスの叫びが響く中、私は再びペンを手に取った。


帝國との初戦は、わが社の完全勝利に終わった。


しかし、エデンの債権を巡るマネーゲームは、これからが本番。


かつての仲間たちが帝國の影に隠れて、さらなる策を練っているのは明白だ。


「……ピート。次の有給休暇は、もう少し先になりそうですね」


「ニャーン(まあ、パテがあるならいいよ)」


最強の事務官リィン。


彼女の手にペンがある限り、この世界のあらゆる不当な買収(支配)は、一銅貨の狂いもなく「否決」されるのである。

読んでいただき、ありがとうございます。

来週の土日に続きます。

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― 新着の感想 ―
これっぽっちって言うけど、そんなんじゃすまないんだよなぁ。 効率は提案だけで結果を見ずに言う、事務はその提案でどうなるのか、それを結果として表す。 結果を見ず行った事は、約9割が失敗する。 事務…
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